第三章 1.1
ミルーナはダーリと共に、二週間一般区民に聞き込みをしていた。警邏だけではなく、区民の行方不明者の正確な数の把握と近状の洗い直しが行われている。だが、ようとして事件の概要しか掴めていなかった。
「ああ、もう!」
ミルーナは大声を張り上げ、大通りが交差する大辻の脇の公園に大股で進み、長椅子に腰を下ろし、頭を抱えた。
「どうした、ミルーナ」
ミルーナは頭を擡げ、ダーリを見る。
「どうもこうもないわよっ! なに、この行方不明者の数! しかも後期感染者ばっかりじゃない!」
ダーリは左人差し指の瑠璃色の石が填まる指輪に、右手を重ねた。
「この指輪をした人間達は、今のところ二週間前の六人だけみたいだけど」
ミルーナはダーリを見詰め、腕を組んだ。
「うーん…… 犯人に指輪がバレた? いや、マックスウェルさんがバレるような事するはずないしなあ…… 後期感染者が多過ぎるのかなあ」
「後期感染者はさ、前期感染者と何が違うんだろう」
ダーリは首を傾げた。
ミルーナは思いっきり立ち上がり、ダーリの胸元を鷲掴みにした。
「今なんて言った!」
ダーリは思いっきり前後に身体が振られ、頭がガクガク揺さぶられた。
「ま、ま、ま、待って、ミルーナ! そ、そんな揺さぶったら、脳震盪起こす!」
ダーリは慌ててミルーナの腕を掴み、激しい振動から開放された。
「ダーリ、なんて言った!」
ミルーナの鬼気に近い意気に、ダーリは思わず背中を反らした。
「え、だから、後期感染者と前期感染者は何が違うんだろうって……」
ミルーナはダーリの胸元から手を勢い良く離し、ダーリを指差す。
「それだ!」
ミルーナはそう言って、いきなり走り出した。ダーリは慌ててミルーナの後を追い、ミルーナと並んで走り出す。
「何がそれなんだ?」
「だから、後期感染者と前期感染者の違いよ!」
「で、どこに向かってるんだ?」
「決まってるじゃない! ティコさん! 万能医者のトコロよ! あの人なら分かる!」
ダーリはミルーナの言葉に頷いた。
「なるほど」
感心して思わず足を止めたダーリは、慌ててミルーナの後を追った。
ダーリはミルーナの走る背中を見詰めながら、警邏姫と呼ばれる実力を痛感していた。自分が口にしなくても、ミルーナだったら、すぐにそこに気が付いただろう。自分はただ疑問だけで答を探る術を考え付かなかったが、ミルーナは糸口をいとも容易く見付けた。
「――なんでミルーナは女なんだろうね」
「は? なに、言ってんのよ、今更」
「女にしておくの勿体ないって言いたいんだよ」
ミルーナはダーリの顔を一瞥し、前に向き直り苦笑いを浮かべた。
「あたしも男に生まれたかったよ。男だったら、深夜も動けるし、今は相方がダーリだからいいけど、相方選びに気を揉まなくてすむしね」
ダーリはミルーナの横顔を見て、頷いた。ミルーナの相方はかなり頻繁に変わる。ミルーナと組みたがる男警邏は、大抵下心あり過ぎる連中が多い。
「噂には聞くけど、そんなに酷いのか?」
「酷いっていうか、しつこい」 ダーリはミルーナの険しい横顔を見て苦笑いを浮かべた。
「しつこいのか。で、深夜回りたい場所って何処なんだ?」
「繁華街よ、繁華街。たとえ直轄区の繁華街でも夜は怪しいでしょ。そもそも女警邏は深夜勤務は内勤のみで、外回りは禁止されてるじゃない。それにあたしじゃ顔が割れてて、話もしてくれないし。だから、警邏姫なんて冠、嫌なんだよね」
ダーリは顎を撫でた。
「なるほど。じゃあ、今夜辺り行ってみるよ」
「ダメ! ダーリは帰らなきゃダメ! エルマとハルマちゃんが待ってるでしょ!」
「だがな、エルマだって警邏だ。その辺は分かっている」 ミルーナは立ち止まり、ダーリを見た。
「ダーリ。気持ちは嬉しいけど、今回の山は普通の山とは違うんだよ。お願いだから、自分の保身も考えて」
ダーリはミルーナを見詰めた。
「――ミルーナ。何か引っ掛かるのか?」
ミルーナは即座に首を振った。
「何が引っ掛かっているのか分からない。私は警邏としてこの山を追っているけど、エルファンドは帝国戦士としてこの山に絶対に絡んでくる」
ダーリはいきなりエルファンドの名前が出てきた事に首を傾げた。
「なんで、幼馴染みのエルファンドさんがそこで出てくるんだ?」
ミルーナは足下を見た。
「――エルファンド、六年前に変わった。まるっきり別人みたいな時があるんだ。ここのトコロ、急に護衛騎士団の頭達と頻繁に絡む様になってね…… なんか、知らない人みたい。六年前のエルファンドだったら、別に気にしなかった。でもね、今のエルファンドが絡んでくるとね、なんかとてつもなく大きい流れが、動いている気がするの」
ダーリはミルーナの言葉が前半しか理解出来なかった。
「ミルーナはさ、一体どっちが好きなんだ?」
ミルーナは驚いたようにダーリを見た。
「へ?」
ダーリは歩き出しながら、ミルーナに苦笑いを浮かべる。
「へってよ。エルファンドさんと装飾鍛冶の熊男さんと」
「な、何言ってんのよ、決まってるでしょ! あたしは剣を振る人より飾る人が好きなの!」
ミルーナは大股でダーリの横を歩いていた。
ダーリは肩を竦ませる。
「だってよ、さっきの言葉、まるでエルファンドさんの恋人みたいな言葉だったぜ? 幼馴染みとはいえ、そこまで心配する事ないけどな、恋愛感情がなきゃ」
「愛情は恋愛だけじゃなく、他にもいろいろと湧くもんさ」
ミルーナとダーリはその声に驚いて振り返った。後ろには全身真緑の万能医者ティコが微笑んで立っていた。
「びっくりした! ティコさん、人が悪いよ! 全く気配感じさせないんだもん!」
「そうか?」 ティコはダーリを見ると、ダーリは大きく頷いていた。
「ですよ。でも、万能医者、ミルーナの言葉聞いてたんですよね?」
「聞いてたよ。うんまあ、エルファンドが知らない人に見えたって事は、ある意味新鮮な発見があったわけで、それをどう処理するかは今後のミルーナ次第。今のミルーナは安定していたはずの関係がいきなり安定しなくなって、ユラユラと揺れ動いているって事さ」
ティコはそう言いながら、掌を地面に向け広げ、小指と親指を交互にゆっくり上下させた。
ミルーナとダーリはティコをただ見詰めている。反応がない二人をティコは一瞥して、肩を竦ませた。
「なんだよ、二人して」
「いや、さすが万能医者だなあって思いまして」
ダーリは頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「あ、あたしは揺れてなんかない!」
ティコはゴーグル越しにミルーナを一瞥し、口の端を上げた。
「そう? じゃあ、本格的に迫られたか? エルファンドも本気だしゃかなりいい男だからね」
「せ、迫られてもない! ティコさんの意地悪!」
ミルーナは大股で前に進み出した。
ティコは肩を竦ませ、同じように立ち止まっているダーリを見た。
「意地悪した覚えないんだけどなあ。ところで何してるの? 聞き込み?」
ダーリはティコを少し見上げ、ある大きな建物の入口を指差した。
「万能医者に聞きたい事がありまして、病院を訪ねてきたんですけどね……」
ティコはミルーナの背中を見て、ダーリに苦笑いを浮かべた。
「よっぽど、不安定なんだな」
「よく分からないですが、万能医者がいうならそうなんでしょう」
ダーリは肩を竦ませた。
「それもミルーナの人生だ。ミルーナ! 俺に用があったんじゃないのか!」
ティコがそう叫ぶと、ミルーナは立ち止まり、慌てて戻ってきた。
「っだよ! ティコさんが変な事言うから忘れちゃってたじゃない!」
ティコはダーリに苦笑いを浮べ、病院の通用門を開いた。
「どうぞ」
ミルーナとダーリはティコに通された部屋を見渡した。診察室に通されると思っていた二人は、一般区民達の家と同じような応接室に通され、少し戸惑っていた。
「今、ティー淹れてくるから、適当に座ってろ」
ティコは二人を残し、部屋を出ていった。
ミルーナは部屋を見渡す。
「へえ、面白い形の武器」
ミルーナは壁の上部に飾ってある数本の湾曲した刀を見上げていた。ダーリはその刀を見上げ、目の色を変える。
「珍しい、刀だ」
「刀?」
「そう。剣は基本両刃なんだけど、刀は片刃なんだよ」
ミルーナはその飾られている湾曲した幅広い刀を再び見上げた。
「実用性あるの?」
ダーリも刀を見上げ、首を振る。
「これ、刃が潰してある。たぶん、飾りだね」
「なんだ、二人とも。座っていりゃいいのに」
ティコがカップを三つ手にして、部屋に入ってきた。
ミルーナは振り返り、飾ってある刀を指差した。
「これが珍しくて見てたの」
ティコはカップをテーブルに置き、ソファに腰を降ろした。
「ああ、珍しいだろ?」
ミルーナとダーリはティコの向かい側に座った。
「確かに見た事なかった。これ、刀っていうんでしょ?」
「そう。刀にもいろいろと種類があってな。こいつらは柳葉刀の一種だよ。刀身が柳の葉の形に似てるだろ? で、柳葉刀の中でも柄に青龍の細工がされているだろ? こいつらは青龍柳葉刀って呼ばれる刀だ」
ミルーナとダーリは青龍柳葉刀を振り返り、柄に施されている青龍を見上げた。
「かなり値が張りそう」
ダーリはティコに向き直り、笑い掛けた。
「あれって両手持ちですか?」
「どっちでも可能だけど、基本片手持ちかな」
ティコはダーリに笑い返し、カップを口に付けた。
ミルーナはようやくティコに向き直り、青龍柳葉刀を指差した。
「あれ、クーイットに見せたい」
「今度連れてくればいいよ」
ミルーナは嬉しそうに手を合わせた。
「やった! クーイット、喜ぶぞ! でも、ティコさん、ティコさんが振るの、あれ?」
ティコは首を振った。
「まさか。あくまでも飾りモノ。で、俺に聞きたい事って?」
ミルーナは顔を引き締め、大きく頷いた。
「前期感染者と後期感染者の違いってなに?」
ティコはミルーナとダーリに首を傾げた。
「捜査に必要なのか? そもそも、何の捜査してるんだ?」
ダーリとミルーナはティコに事のあらましを話し出した。
ティコは煙草に火を点け、紫煙を噴かしながら、二人の話を聞いていた。
「――って訳なの。だから、前期と後期の違いを知りたい」
ティコは顎を軽く撫でた。
「――なるへそ。うんまあ、前期と後期の違いは、投薬の時期の違いだな。生きている前期感染者は、大抵第二段階の後期で投薬されている連中。後期感染者は第一段階か、もしくは第二段階の前期で投薬されているよ」
ミルーナはその言葉を聞いて、身体を前に乗り出した。
「その後期感染者の投薬時期知りたいんだけど、全員、今すぐ」
ティコは噎せ込み、紫煙を勢い良く吐き出した。
「そんな殺生な」
「殺生もクソもないの! 罪もない帝国民が次々攫われているんだよ! 攫われる原因を突き止めなきゃ!」
ティコはミルーナとダーリを見詰め、顎を撫でた。
「んー…… 攫われた連中の名前とか分かってるのか?」
ダーリは腰にぶら下がっている紙束を取り、目を通しながら頷いた。
「えーっと、六十三人は分かっています」
「六十三人か…… 明日の朝まで時間をくれれば、その六十三人なら調べられる」
ミルーナとダーリは顔を合わせ、ティコに頭を下げた。
「お願いします!」
ティコは顔を上げたダーリに紙と羽根ペンとインク壺を差し出した。
「書いてくれ」
ダーリはさっそくその六十三人の身元を書き出し始めた。
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小説『グロッサム』後書き
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