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  Growin'up to something -SECOND BIRTH- 作者:剣崎 輝
第一章 2.1
 毛足の長い絨毯が敷かれた長い廊下を、エルファンドは歩いていた。
 行き違う召使達は立ち止まり、エルファンドに頭を下げる。
「お帰りなさいませ、アルスルーン様」
「ただいま」
 エルファンドは召使に軽く微笑み、答える。
 エルファンドは一つの扉を通り過ぎ、慌てて戻ってきた。いつも扉際に立っている近衛兵がいないので、思わず部屋を間違えたのだ。
 エルファンドは近衛兵の立っていた少し擦れている床を見詰め、溜め息を吐いた。ここにも病魔の爪痕がある。
 エルファンドは扉を二回拳裏で軽く叩いた。
「ただいま戻りました」
 扉が開き、召使がエルファンドを迎え入れた。
「お帰りなさいませ、アルスルーン様」
「ただいま」
 エルファンドは召使に微笑み、ふんだんに薄絹を使った天幕付きベッドに向かって行く。
 ベッドには、初老の男性が、力なく横たわっていた。
 エルファンドは一年前と比べ物にならないくらい老けやせ衰えた父親、ガエシャル・ルマンド・ウナルバを見詰め、眉尻を下げた。
「――父上」
 ガエシャルの眉が微かに動き、ゆっくりと目が開く。
「父上、ただいま戻りました」
 ガエシャルは目を見開き、エルファンドを見詰め、瞳を潤ませた。
「おお、エルファンド……」
 エルファンドはベッドの脇に跪き、差し出された手をしっかりと握り締めた。
「父上、ご心配をお掛けしました」
 ガエシャルは首をゆっくり振り、エルファンドの手を握り返して来た。
「エルファンド…… よく生きて帰ってきた…… 私はお前もダメかと思っていた」
「父上。気を落とさないで下さい。私とヨシャルナがいるではありませんか」
 ガエシャルは首を振った。
「お前はともかく、ヨシャルナは頼りにならん」
「ヨシャルナはまだ若いですし、これからですよ」
 エルファンドは思わず心にもない事を口にしていた。だが、気落ち激しいガエシャルには、これ以上酷な事は言えなかった。
 ガエシャルはゆっくりと起き上がろうとしていた。エルファンドはガエシャルの身体を支え、枕を重ね、背凭れを作り、父親を寄り掛からせた。ガエシャルの顔色が最初に見た時より良くなっている。
 エルファンドはその顔色を見て、無理を押して帰って来て良かったと思っていた。
 召使がエルファンドに椅子を勧める。
 エルファンドはガエシャルを見て微笑んだ。
「父上、座ってもよろしいですか?」
 ガエシャルは不思議そうにエルファンドを見つめていた。
「座ってもかわまんが…… お前、まだ肺を患っているのか?」
 エルファンドは椅子に座り、首を振った。
「患ってはいません。ただ、先週、病巣の全摘出、肺の再構成手術を受けたばかりで」
 ガエシャルは眉を(ひそ)めた。
「なんと…… 本当に良く生還してくれた」
「いえ。私は悪運が強かっただけですよ、父上」
 ガエシャルは溜め息を吐いた。
「悪運か…… 私もそうなのかもしれんな。で、どうなんだ? 帝王領は、直轄区は」
「直轄区は人口が多い分、死者はかなりの数になったようです。病魔が最大に猛威を振るっていた時は、戦禍と間違えるほどだったそうです。血清が行き届いた後も、しばらくは血の匂いが消えなかったみたいですし」
 ガエシャルは眉間に皺を寄せた。
「血清……」
「どうかされましたか?」
「いや。私はその血清のお陰で助かった。だが、マルシャレールが死んだ午後に血清が届いた…… もう少し早ければ、マルシャレールは死なずに済んだかもしれないと思ってな」
 エルファンドは黙って膝頭を見詰めた。大の大人である自分ですら、喀血と喀血に伴う呼吸困難、高熱と筋肉の痛みから、意識混濁が続く病状。だが、血清が有効に利くのは第二段階まで。壊疽速度が早くなる第三段階に入ったら、血清有効率が著しく下がる。血清は壊疽を止めるわけではない。壊死の原因となる病原体を排除するのだ。
「――父上」
「分かっておる。血清が間に合ったとしてもマルシャレールは助からなかった。分かっておる。私も摘出手術は受けた。肺を三分の一持っていかれてしまったよ」
 ガエシャルはそう言って胸の中央を撫でる。
「父上、再構成手術は?」
 ガエシャルはエルファンドに苦笑いを浮かべた。
「エルファンド、お前は万能医者に手術をしてもらったな」
「え、あ、はい」
 ガエシャルは寝間着を(はだ)け、エルファンドに胸元を見せた。喉元下辺りから真っ直ぐに伸びた開胸手術痕。
「万能医者はメス無しで手術をするが、大多数の町医者や主治医はメスを使い、手術をする。再構成なんて無理な話だ。あとはゆっくり待つしかない」
 エルファンドは改めてティコの凄さを思い知らされた。だが、そのティコでさえ、今回の流行病には苦汁を飲まされた。

『たまにこういう結果が出ると、俺の腕はまだまだだって突付けられるよ』

 術後の経過を診察しにきたティコが、苦笑いを浮かべてそう言っていた。
 あの人は病気全てにおいて、医者としての責任を感じてしまうのかもしれない。
 エルファンドはこれからの事を、考えていた。
「エルファンドよ。しばらく養生するといい」
 エルファンドはガエシャルに首を振った。
「いえ。父上こそゆっくり休んで下さい。父上のように上手く采配は振れないと思いますが、やるだけの事はやってみます」
 エルファンドの言葉にガエシャルは涙ぐんだ。
「――エルファンド。お前が私の子である事を誇りに思う。だが、無理はするな。お前は私の息子だが、ロウ様はもとより国を守護する責務もある。なにより身体が資本だ。絶対に無理だけはしてくれるな。もう頼れるのが、お前しかいないのだから」
 ガエシャルの言葉にエルファンドはゆっくり頷いた。
「分かりました。体調と相談しながら、復興に努めたいと思います」
 エルファンドはガエシャルの手を握り締め、もう一度大きく頷いて、父親の寝室を後にした。
 エルファンドはその足で召使長の部屋に向かった。まずは城内人事の把握と、ヨシャルナの事だ。本来なら執事長に聞くべきところだが、執事長はすでにこの世にいない。新しい執事長も立っておらず、召使長が兼任をしているという。
「アル様。どちらに行かれるのです?」
 エルファンドの背後からそんな声が聞こえてきた。エルファンドをアルと呼ぶのは、召使長しかいない。
 エルファンドは振り返り、初老の召使長のロッティアに微笑んだ。
「ロッティアに会いに行こうと思ってね」
「仮にもアル様は次期ウナルバ伯爵なのですよ。アル様が私共召使を探してウロウロされては、威厳が保てません。これからは、必ずお呼びください」
 エルファンドはロッティアに苦笑いを浮かべた。
「相変わらず手厳しいね、ロッティア」
 ロッティアはエルファンドに微笑んだ。
「そうですか? それより、アル様のご無事なお姿を拝見出来、安心いたしました」
 エルファンドはロッティアを軽く抱き締め、頬に口付ける。
「ただいま、ロッティア」
「お帰りなさいませ、アル様」
 ロッティアの鋭い目許に涙が堪っていた。
「アル様。お部屋にお戻りになられてから、お話をお伺いいたします」
 エルファンドはロッティアに頷き、自室に足を向けた。



 エルファンドはロッティアから城内の話を聞き、眉間に深く皺を寄せていた。思っていた以上に荒れている。
「ったく、自分勝手にやりたい放題だな、ヨシャルナのヤツ」
「左様ですね」
「まずはヨシャルナを出す」
 ロッティアは驚いたようにエルファンドを見た。
「バルハン様を出すとは?」
「私はまだヨシャルナに会っていない。この大変な時期にあいつは花街に入り浸っているんだろ?」
 ロッティアは苦笑いを浮かべた。
「よくお分かりで」
「父上が病に()し、私の安否が不明。カルフェスも死にマルシャレールも死んだ。となれば、あいつの天下だ。家の金を使い放題、家の権力を使い放題だと勘違いしている馬鹿野郎だ。金と権力が手に入ったバカがするといえば豪遊だろ。酒に博打に女。バカ貴族がやる事はどこも似たようなもんさ」
 ロッティアは黙って苦笑いを浮かべていた。
 エルファンドは片眉を上げる。
「まさか、あいつ召使達にも手を出したのか?」
「――何人かは」
 エルファンドは大きく溜め息を吐いた。
「腐れ根性叩き直さなきゃやっぱりダメだ。義母上が甘やかし過ぎた結果だな」
「して、出すとは?」
「騎士寮に放り込む」
 ロッティアは頷いた。
「なるほど。すでに帝国戦士入隊試験には合格していらっしゃいますものね」
「そう。あいつは騎士寮に入るのが嫌で、父上と義母上に泣き付き、ここに止どまっていられた。だが、私は父上や義母上のように甘くはない」
 ロッティアはエルファンドの顔を見て、微笑んだ。
「アル様もご立派になられて…… (わたくし)、大変嬉しゅうございます」
 エルファンドはロッティアに苦笑いを返した。
「ロッティアに掛かったら、父上でさえ可愛い坊っちゃまだもんな。俺なんてまだまだだよ。で。ヨシャルナが手込めにした召使の事なんだけど」
「皆、暇を取らせました」
 エルファンドは手厳しいロッティアに苦笑いを浮かべる。
「そう…… そこまでしなくても良かったのに」
 ロッティアはエルファンドに微笑んだ。
「風紀が乱れますからね。それに彼女達も顔を会わせたくないでしょう」
 手厳しいだけがロッティアではなかった。彼女達の事も考えての結果だ。
「慰謝料を払わなくてはね。もし、再び、ウチで働きたいのなら快く受け入れるつもりだよ」
 ロッティアはエルファンドに頷いた。
「畏まりました。して、執事長はどなたを立てられます?」
 エルファンドは顎を撫でた。
「取りあえず…… 召集かけるか」
 ロッティアは首を傾げた。
「召集とは」
 エルファンドは立ち上がり、ロッティアに笑い掛けた。
「召使、執事、近衛兵、厨房。二日に分けてそれぞれ召集掛ければ、仕事にも支障来さずに全て把握出来るだろ?」
 ロッティアはエルファンドに微笑み返した。
「では、さっそく集めましょう」


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