第二章 3.6
アンデッド達にグルッと囲まれたガイル達。マックスウェルの指示で広場中央に集まりはしたが、ガイルはマックスウェルが何をしたいのかさっぱり分からなかった。ジリジリとアンデッド達の囲い輪が縮まっていく。
「――で、マックスウェルさん。中央に俺達集めてどうするんですか?」
マックスウェルはアンデッド達を見渡し、ガイルに微笑んだ。
「んー、もう、全て集まったかな。めんどくさいから、一掃してしまおうと思ってね。サンプルは手に入れたし、こいつらはもう用無しかな」
「だからって、中央に集まっ――」
ガイルは言葉途中で、背中にゾクっと寒気が走った。今の現状に似た話を昔聞いた事ある。まだ、自分が元服する前、キースと共に小剣を届けるお使いをした時に旅の道すがら聞いた話。
ガイルは慌ててエルファンドを見た。
「エルファンドさん」
エルファンドは苦笑いを浮かべながらガイルに頷いた。
「そうだと思うよ」
ガイルは再び周囲を見渡すと、アンデッド達はさっきよりもさらに囲い輪を縮めていた。
アンデッドとガイル達の間に、張り詰めた重い空気が流れている。
アンデッド達は、中央にいる人間達の品定めをしているかのように、舌なめずりをし、一方、ガイルとエルファンド、キャロルと竜王、マックスウェル以外の人間達は、得体のしれないアンデッドの姿と被食側に立たされた心情で、顔が青くなっていた。
ガイルはふとレアン達が気になり、三人の姿を探した。
レアンは剣の柄を握り締め、体の震えを押さえようとし、ルアンはルファーナに抱き付き、必死に立っていようとしている。ルファーナはルアンを抱き締め、アンデッド達を睨み付けていた。
アンデッド達が痺れを切らしたのか、いきなり咆哮を上げた。その咆哮に恐怖感に我慢出来なかったルアンの悲鳴が広場に響き渡る。
それが合図だったように、悲鳴に色めいたアンデッド達が諸手を上げ、一気に襲いかかってきた。
「――飛んで火に入るなんとやら」
マックスウェルがアンデッドを見つめたまま口の端を上げた。
咄嗟に身を引いたガイルの目の前で、瞬間冷凍したかのようにアンデッド達が動かなくなる。ルアンに釣られて悲鳴を上げていたキャロルの部下、レアン達は、驚いたようにその姿を見詰めた。
諸手を上げ大きく身体を延ばしたまま硬直しているアンデッド達に囲まれた人間達の中で、ただ一人、マックスウェルだけが込み上げてくる笑いに、口元を拳で押さえ耐えていた。
「――竜王、なんて顔してるの?」
竜王は大きく開いた目を慌てて細め、マックスウェルから顔を背ける。
「お前はいつも奇抜で付き合いきれねえよ。俺らを囮に使ったな」
「竜王だけは気が付いてるのかと思ったのに。余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》に見えたよ?」
マックスウェルの口元が意地悪そうに上がった。
「けっ。嫌味なヤツだよ、お前は」
「お褒めに預かり光栄至極」
マックスウェルはゆっくりと口の端を上げる。
その会話を聞いていたガイルはアンデッド達を改めて見渡し、大きく頷いた。
「やっぱりルゾ・ラタンの……」
ガイルがそう零すと、マックスウェルが首を傾げた。
「ルゾ・ラタン? 死人ゲームがどうしたの?」
「これ、十年前、エルファンドさんがマックスウェルさんに挑んだ時に掛かった罠ですよね!」
目が興奮でキラキラしているガイルに、マックスウェルは苦笑いを浮かべた。いを浮かべた。
「ああ、なるほど。あの時の話を聞いたのか。そうだね、基本は同じかな。あの時はゲームだし、相手が味方だったから束縛術しか掛けてなかったけど」
マックスウェルはそのままアンデッド達に視線を移した。
「憐れな囚われの身の魂達よ。迷う事なく冥界に逝くがいい」
マックスウェルがそう言うと共に右腕を横に振ると、アンデッド達は自ら爆発し粉々に砕け散った。粉砕した粒子は木漏れ日があたり輝きながら地面に落ちていく。
竜王とキャロルは互いに見やり肩を竦ませ、オーパやその他のマックスウェルの部下は感銘の溜め息を零した。それ以外の人間達は、何が起きたのかさっぱり判らず、呆然と光る粒子を見詰めていた。
ガイルも突然砕け散ったアンデッド達に目を丸くした。自分が斬った時は血肉の感触がしっかりあり、どう転んでも、石のように砕け散るとは考えられなかった。
「――な、なんで木っ端微塵こ?」
「アンデッドとはいえ、元々は物質だからね。極限まで瞬間冷凍され、極小物質をちょっと外側から揺さぶれば、簡単に繋がりが解けて粉砕するよ」
ガイルは説明されてもチンプンカンプンだった。マックスウェルもそれはよく分かっているようで、ガイルに笑い掛けた。
「ガイルは理解出来なくて当たり前。術の効果や掛かる仕組み、掛かった時の反応や効果を研究するのは、研究員や術士の仕事だからね。ガイルは逆にそんな術に掛らない方法を覚えないと」
マックスウェルはもう一度ガイルに笑い掛け、手でオーパ達に合図を送り、粒子が舞う広場へと歩き出した。
「粒子サンプルの確保と安全確認」
オーパ達は慌てて動き出した。
ガイルはマックスウェルの言葉をしばらく考え、眉尻と口元を思いっきり下げた。
「うえ…… 剣の腕だけじゃダメなのか?」
「高位戦士になりたかったら、剣術だけじゃなく防御術も必要だからね」
エルファンドは動き出したマックスウェルとオーパ達を見詰める。
「マックスウェル様から許可が下りたら、妹さんを荼毘して、一端リルエルスに帰った方がいい」
ガイルは胸元のアチャルの頭部を見下ろした。
「――返してやらなきゃ」
「エルファンド」
マックスウェルが近寄ってきながら、エルファンドを呼んだ。
「ガイルの一時帰郷に付いていって欲しいんだ」
エルファンドはマックスウェルに頷いた。
「分かりました。説明はなんと?」
マックスウェルは顎を撫でながら、森を見渡した。
「森の帝王には…… うーん、帝王はすでに分かっているかもね。まあ、でも、一応ありのままを。ガイル達の家族には、病原体持ちの獣に襲われたと」
ガイルはアチャルの頭部を見詰めたまま、マックスウェルの言葉に頷いた。
「お袋達にはいえないよな。あんなわけが分からねえ化け物に襲われたなんて……」
ガイルの視界にアチャルを見上げているキースが入ってきた。
ガイルはマックスウェルとエルファンドを見た。
「キースはどうするんですか?」
エルファンドはガイルの疑問に頷き、マックスウェルを見た。
マックスウェルはキースを一瞥し、顎を撫でた。
「うーん…… 取りあえず私が身柄を預かるよ。起きたら起きたで大変だし」
マックスウェルはそう二人に笑い掛け、竜王とキャロルの元に歩いていく。
マックスウェルから話を聞いた竜王とキャロルは、部下と共に動き出した。
ガイルの側にルアン達が寄ってきた。
「ガイル、これからどうすんの?」
「アチャルを荼毘して、一端リルエルスに帰るよ。ルアン達は?」
「あたし達はキャロル様達と共に直轄区に戻るよ。リーサ達の事もあるし……」
ガイルはルアン達を黙って見詰めた。自分は妹を亡くしたが、ルアン達は四人の仲間を喪った。
レアンがガイルに白い花束を差し出してきた。
「一緒に…… 一緒に荼毘してあげて下さい」
ガイルは首を傾げながらレアンから花束を受け取る。
「あ、ありがとう。でも、この花、どこから?」
「実家の庭から」
ガイルはレアンを見詰めた。
「え、どうやって?」
レアンはガイルの問いに首を傾げた。
「えっと、ここの空間と実家の空間を繋げて」
「あ、すまん。説明されても分からん。ようは術でちょっぱねたって事だよな」
レアンはガイルの質問の意図に気が付き、顔を赤くした。
「ちょっぱねた? あ、いえ、違います。えっと、確かに術で持ってきましたが、盗んだわけじゃなくて、母に摘んでもらいました」
「あ、そうなんだ。ありがとう」
ルアンは黙って首を振った。
ルファーナが突然、ガイルの前に手を差し出した。
「な、なんだよ」
ルファーナがガイルの目の前で掌を広げる。そこには飾り紐で結わく革細工の腕輪があった。
「腕輪だね」
ルファーナの掌がさらにガイルに近付いた。
ガイルは腕輪とルファーナの顔を交互に見て、ルファーナの掌から腕輪を摘んだ。
「えーっと…… これ、アチャルにくれるのか?」
ルファーナは大きく頷き、レアンと共に踵を返した。
ガイルはルアンに視線を落とすと、ルアンはガイルに頷いた。
「その腕輪、アチャルちゃんが欲しがっていたんです。姉さんが直轄区に売っているって言ったら、ガイルさん達とお揃いで買うんだって嬉しいそうに……」
ルアンはその時のアチャルの笑顔を思い出し、慌てて、下を向く。
「そっか…… ありがとう。アチャルも喜ぶと思う」
ガイルは腕輪を花束の上にゆっくりと置いた。
ガイルは荼毘されているアチャルを、犬座りをしている青キースと共に見詰めていた。
キースの腕に新たな腕輪が填められている。それは荼毘に付す前に、アチャルの腕から自分が外した物だった。
青キースが突然アチャルの腕を抱え、エルファンドや竜王が剥そうとしても、頑なに抱き抱えていた。
ガイルは腕輪に気が付き、アチャルの腕から腕輪を取り、キースの手首に填めてやった。
青キースは腕輪が填まった自分の腕を抱き締め、ポロポロと大粒の涙を零した。事情を察した竜王とエルファンドは、青キースの頭を撫で、彼らなりの言葉を青に掛けていく。まるで幼子を諭すように易しい言葉だった。
ガイルはそれを見て、正直敵わないと思った。
それと同時にこの人間達の背中を追い掛けようと改めて決意した。どんなに離されていても、追い掛け追い付き抜いてやると。いつかこの二人の隣りに立ち、同等に渡り合えるようになると。
ガイルは他の被害者達を荼毘している竜王達を見て、再び、アチャルの荼毘の炎を見た。
なぜ、妹がこんな終わりを迎えなきゃならなかったのか。あのアンデッドの化け物はどうして冥界域でも魔界域でもないこの森にいたのか。キースはどんな界域に触れたのか。
いろいろと疑問が沸いてくるが、どれも今は繋がりもしない。だが、唯一自分に出来る事は分かっていた。誰がなんと言おうがそれだけは譲れない。それだけが今、答が出せる唯一の事だった。
「――敵を取る」
ガイルは浄化の炎を見詰めながらそう呟くと、青キースが首を傾げた。
「青。アチャルの敵は取るからな」
青キースはガイルをしばらくジッと見詰め、やがて満面の笑みをガイルに返してきた。
ガイルは青キースの頭をガシガシと撫でた。
「なんでそこで笑顔かなあ、青。まあ、いいか。お前達はキースと違って素直だよな」
青キースは頭を撫でられて気持ち良さげに目を閉じている。
その反応を見て、ガイルは苦笑いを浮かべた。青キースの反応が犬のように感じたからだ。キースは決してそんな表情をガイルには見せない。特にここ六年間、いつも仏頂面で笑う時でさえ、どこか捻た感じがしていた。それは七年前の事件が発端なのは良く分かっている。
『――復讐したいヤツがいてね。後三人残ってるんだよ』
数時間前に交わしたキースの言葉をガイルは思い出し、心臓が大きく躍動する。
全く関係のない七年前の事件とまだ正体さえ掴めていないアチャルの敵が、ガイルの中で突然同調する。
「――まさか。発端は七年前なのか?」
ガイルは自分の勘を否定するように首を振る。
「バカバカしい。場所も何もかも違うじゃねえか」
「敵を取ろうなんて考え起こすんじゃねえぞ」
ガイルは驚いたように振り返った。ガイルのすぐ後ろの大木に竜王が寄り掛かっていた。竜王はガイルを一瞥し、首を振りながら脇に立ち青キースの頭を撫でた。
「――と、言っても無駄だとは思うがな。キースは元々何か一物抱えているようだしな。俺が釘を刺したところで、言う事を聞くお前らじゃねえのは、良く分かっている。事と次第によっちゃあ相談に乗る」
「ダメ」
竜王とガイルが振り返ると、キャロルが両腰に拳を当てて、二人を見据えていた。
「ダメよ。竜王はどうしていっつも唆すような事を吹き込むの!」
「唆すってお前な。相談に乗るって言っただけだろ」
キャロルの大きな瞳が竜王をギラリと睨み付けた。
「乗ってどうする気? ガイルの敵を一緒に取る気?」
竜王はキャロルをしばらく見詰め、顎を撫でた。
「――だがな、鈴付けておかなきゃ、何をしでかすか分からんぞ」
キャロルはガイルとその足元に犬座りをする青キースを一瞥し、竜王に肩を竦ませた。
「その理由、今思い付いたでしょ」
竜王は肩を竦ませた。
「何を言うかな。端からそういうつもりだったんだがな」
キャロルは息を吐き、ガイルを見た。
「ガイル。敵を取ろうなんて考え捨てなさい。このオッサンの口車に乗ってはダメ。妹さんを故郷に帰して、直轄区に戻り選考会を受ける。これが今ガイルのするべき事。分かったわね」
ガイルは思いっきり眉間に皺を寄せた。
「何が分かるんだよ。身内を殺された事ないくせに」
ガイルの言葉に竜王は額に手を当て、キャロルはガイルを軽く鼻で笑った。
「な、何がおかしいんだよ!」
「ホントまだまだアマちゃんね。そんな浅い考えと未熟な腕で敵を取ろうなんて、千年早い。選考会楽しみにしてるわよ、坊や」
キャロルはもう一度、ガイルを鼻で笑い、踵を返した。
ガイルは口をヘの字に曲げ、キャロルの後ろ姿を睨み付けた。
「なんだよ。俺の気持ちなんて分からないくせに」
竜王はガイルの頭に手を勢いよく置き、ガシガシと撫で回した。
「すまんな、ガイル」
「なんで竜王さんが謝るんだよ」
「位はキャルが上、しかも俺の連れ合いだからだ」
「え」
ガイルは驚いたように、竜王を見た。
「護衛騎士団頭の中でキャルがトップ。それと……」
竜王はキャロルが十分離れた事を確認し、ガイルを見た。
「ガイルの気持ちを十分に分かった上で、キャルはわざとそう言ったんだ。アイツは実両親と二組の養父母を殺されている」
ガイルは思わずキャロルの後ろ姿を見た。
「え……」
竜王はガイルに苦笑いを浮かべ、キースの頭を撫でる。
「キャルに釘を刺されても気持ちが収まるわけじゃねえしな。お前達のやりたいようにやりゃいい。だが、相談してくれた方が俺としても助かる」
「竜王さんが助かるってどう言う意味?」
「見ての通り、治安が不安定だ、七年前からな。推薦した手前、お前らに何かあったりしたら俺が困るんだ」
ガイルは口をヘの字に曲げた。
「竜王さんには関係ない事だし」
「ほう。お前は敵相手が分かっているのか? なら、リークは要らんな」
ガイルは慌てて竜王を見た。竜王は口の端を上げる。
「相手も判らずにどうやって敵を取るつもりだったんだ?」
「そ、それは……」
竜王は荼毘の炎を見詰め、眉間に皺を寄せた。
「――本来なら俺達の邪魔をするなと言いたいところなんだが、下手に首を突っ込まれても困る。だったら、お前達のその鼻を使ってしまおうっと思ってな」
ガイルは鼻を押さえながら、竜王の言葉を考えた。竜王は鼻と言ったがそれは隠喩であり、鼻を差しているわけではないのはガイルにも分かった。
「よく分かんねえけど、敵が分かるなら鼻だろうが何だろうが喜んで使うよ」
竜王はガイルに苦笑いを浮かべた。
「じゃ、取りあえず、妹さんを故郷に帰し、直轄区で待機だ」
ガイルは鼻息荒く頷いた。
「おうよ」
竜王はガイルの頭を軽く叩き、仲間が集まる荼毘の炎前に歩き出した。
マックスウェルは竜王が隣りに立つのを待ち、竜王に笑い掛ける。
「竜王、鈴は付けられた?」
竜王もキャロルも肩を竦ませ、座って荼毘の炎を見詰めているガイルとキースを見た。
「マックスウェルはなんでもお見通しよね。キースはともかく、ガイルは竜王の話に乗ってきたでしょうね」
「確かに乗ってきた。マックスウェル、キースはどうするんだ」
マックスウェルは竜王達にニンマリと口を広げる。
「取りあえず、しばらく骨抜きになって貰おうかな」
キャロルはキースの横顔を見詰め、溜め息を吐き肩を竦ませた。
「可哀想に」
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