第二章 3.5
ガイルは自分の泣き声の他に、耳から入る誰かの泣く声に気が付いた。
ガイルは腕で涙を拭い、周囲を見ると、ガイルの前にルアンとレアンが地べたに座り込んでいた。ルアンは天を仰いで声を張り上げ、レアンは地に涙を落としすすり泣いている。その後ろにはルファーナが仁王立ちをし、口を一文字に閉め、ガイルの胸に抱かれたアチャルの頭部を見詰め、静かに涙を流していた。
「ガイルさん、ごめんなさい。私達がもっとしっかりしていれば…… 私達がもっと強かったら……」
レアンが俯いたまま、同じ言葉を繰り返している。
ガイルはレアンの頭をしばらく眺め、その頭を徐に軽く撫でる。レアンは驚いたように顔を上げ、真っ赤な目をして苦笑いを浮かべているガイルを見た。
「レアン…… レアンの所為じゃない。レアン達の所為じゃない。俺が悪いんだ」
レアンはガイルの表情と言葉にますます泣けてきた。妹を惨い形で亡くしたというのに、自分達を慰めようとしている。
「ガ、ガイルさん」
レアンの瞳から新たな涙が大量に零れ落ちる。ガイルはレアンの頭を撫で続けた。昔、愛猫を亡くして泣いていたアチャルにしてきたように、レアンの涙が止まるまで、ガイルは無言で頭を撫で続けた。
「――そう、誰も悪くないのよ…… そうよ! 私達は悪くない!」
ルアンが天を仰ぐのを止め、ガイルを見据える。ガイルはルアンに苦笑いを浮かべ、弱く首を振った。
「いや、俺が」
「だから、違うって言ってるでしょ! なんだか良く分かんない生き物が悪いのよ! なんであんな生き物がいるのよ! なんなのあいつら!」
ガイルは越えてきた藪の向こうを思い返し、肩を竦ませた。
「さあ。ただ分かっているのは、冥界にも魔界にも属してないアンデッドって事」
レアンもルアンも驚いたようにガイルを見た。
「ア、アンデッドですって!」
「アンデッドって、なにっ!」
レアンとガイルはルアンを驚いたように目を丸くして見詰めてしまった。ルアンは不思議そうに二人を見返す。
「な、なによ」
「姉さん、アンデッドを知らないの?」
「し、知らないわよ! あたしは剣士だもの! ルファーナだって、知らないはずよ!」
ルアンはルファーナに同意を求めるように振り返ると、ルファーナはルアンに苦笑いを浮かべながら、肩を竦ませる。が、次の瞬間、眉間に皺を寄せ、広場の中央を振り返った。
「なに、どうしたの? また、敵なの!」
ルアンはルファーナの脇に立ち、いつでも抜剣出来るように柄を握り締めた。
広場中央で紫色の稲妻が地中から立ち上ぼり、それと共に凄まじい旋風が巻き起こった。
「な、なんだ!」
ルアン達は物凄い砂埃に咄嗟に顔を覆う。ガイルはアチャルの頭部を身体で覆うように、丸くなった。
旋風が止み、ガイルが顔を上げると、そこにはマックスウェルが立っていた。
「マ、マックスウェルさん」
「青から話は聞いた」
ガイルはマックスウェルの悲しげな表情に再び涙が溢れてきた。
「マ、マックスウェルさん」
ガイルはガシガシと頭を撫でられる。ガイルの横にはエルファンドが座り、苦笑いを浮かべた。
「我慢するな」
「エ、エルファンドさん…… ア、アチャルが、アチャルがあ!」
エルファンドはガイルを軽く抱き締め、背中をあやすように何度も叩いた。
マックスウェルは二人の姿に微かに口の端を上げ、ガイルの隣りにいるレアンを見た。レアンは視線を感じたのか、マックスウェルの顔を見て、慌てて頭を下げる。
「おお、お、お初にお目にかかります。私、ナイト一級術士、レアンマーナ・スエリ・ハーマンと申します」
「取りあえず堅い挨拶は抜きね、今は非常事態だから。経緯を聞かせて貰おうか、他の二人と共に」
「は、はい」
レアンは慌てて立ち上がり、ルアンとルファーナを見ると、竜王の前で凝り固まっていた。ルアンに至っては別の意味で目が潤んでいた。
マックスウェルはルアンに肩を竦ませ、レアンに苦笑いを浮かべた。
「えーっと、話が聞けそうなのは、君ぐらいかな」
レアンは肩を小さくし、頭を下げた。
「すみません、姉は竜王様に憧れていまして……」
「なんなら、リボン付けてあげましょうか?」
レアンは背後から突然声が聞こえて、驚いたように振り返った。キャロルが部下の女戦士達を引き連れて藪から出てくるところだった。
「きゃあ! キャロル様まで!」
ルアンはキャロルの声に反応し、ますます、頬を赤く染め瞳を潤ませた。手に至っては胸の前で組まれているほどだ。
レアンはますます身を小さくする。
「すみません。姉はキャロル様に物凄い憧れていまして……」
「リボン付けてもやれねえな」
竜王がレアンとルアン、そして、ルファーナに苦笑いを浮かべる。
マックスウェルは肩を竦ませ、キャロルを見た。
「取りあえず、彼女達の話は後だね。で? 収穫は?」
「街道脇から彼女達の足跡を追ったけど、この藪の向こうは腐敗肉片と体液の海。入口付近から藪までの経路に四体の女戦士の遺体と、数体の化け物の屍があったわ。化け物の気配は全くない。この森にいる化け物は片付いているようよ」
マックスウェルはキャロルの報告を受け、顎を撫でた。
「――了解。この広場にある遺骨はざっと数えただけだが十二体。身元割だしは研究員にやらせる。キャルはその四体の回収にあたって」
キャロルはマックスウェルに頷き、踵を返して再び藪に消えて行った。
マックスウェルは溜め息を吐き、竜王を見た。
「竜王。悪いんだけど、その藪の向こう側にキースが倒れているから、運んできて」
レアン達は驚いたように、マックスウェルを見た。
「キースが倒れてるって、なんで!」
ガイルは驚いたように立ち上がる。
マックスウェルはガイルに苦笑いを浮かべた。
「触れちゃいけない界域に踏み込んでしまったんだよ。普段のキースなら踏み込まなかっただろうけど、怒りで我を忘れていなんだろうね」
「触れちゃいけない界域?」
「まあ、いろいろとね、ガイルが考えている以上に世界は複雑なんだよ。ま、普通ならそんな界域にさえ踏み込む事は不可能なんだけど、キースはあれだから」
ガイルの眉間に皺が寄った。
「あれってなんですか」
マックスウェルはガイルの眉間の皺に苦笑いを浮かべ、ガイルの肩を軽く叩いて脇を抜けて行く。
「私の嫉妬だよ。まあ、ガイルにも嫉妬していないと言ったら嘘になるけどね」
ガイルが驚いたように振り返ると、マックスウェルは藪から出て来たオーパ達に指示を出していた。
ガイルは隣りに立つエルファンドを見て、首を傾げる。
「なあ、エルファンドさん。もしかして俺をからかってる?」
エルファンドはガイルに首を振る。
「いつも本音を隠す人だけど、あれは本心だと思うよ。キースは魂が違いガイルは血が違う。でも、マックスウェル様は血筋が違う」
「血筋?」
「あの人は累々たる術師の頂点に常に立つ家系の生まれなんだよ。取りあえず、今は気にする事じゃない」
ガイルはマックスウェルを再び振り返った。
「エルファンドさんがそういうなら、気にしないけど…… つか、エルファンドさん、右目辛そうだね、見えてるの?」
エルファンドはガイルの言葉に眉頭を大きく上げた。
ここにくるまでに竜王から話は聞いていた。
ガイルもキースも六年前の状況から想像付かないほど、力が育っていると。確かにここに来てから、この広場で行われていた惨劇が現在の視界とダブって見えている。
ヌ・カヤシとは違う化け物に捕獲され、生きたまま喰い散らかされる人間や動物達。中には凌辱されている女子供も見える。それを平然と見続けられる慣れた自分がいた。
エルファンドは頭を掻き苦笑いを浮かべた。
「ガイルは天然だな」
「は? 天然?」
ガイルはエルファンドの言葉が理解出来ずに首を捻った。
「普通、怪我でもしたんですか、だろ?」
ガイルの表情が明るくなり頷いた。
「ああ、なるほど!」
「――やっぱり、違うんだ、ガイルも」
突然、話に入ってきたルアンをガイルとエルファンドは見た。
「何が?」
「キースの‥えーっと、撫子さんだっけ? が、『ガイルは血が違い、キースは魂の生まれが違う』って言っててさ。やっぱりあたしとは違うんだ」
ガイルはルアンに苦笑いを浮かべた。
「俺には何が普通で何が違うのか良く分からないけど、ルアンがそう感じるんならそうなのかもな」
ルアンはその言葉に口を尖らせた。
「ああ、やっぱりむかつく!」
ルアンはガイルに舌を出し、レアンとルファーナの側に走っていった。
エルファンドはルアンの背中を目で追い、ガイルを見た。
「あのお転婆、ガイルの彼女か?」
ガイルは慌てて首を振った。
「ち、ちげえよ! アチャルが、アチャルが宿場で仲良くなった、女戦士の一人…… アチャルは誰とでもすぐに仲良くなるから……」
ガイルは胸元にあるアチャルの頭部を見詰めた。
「――荼毘してやらないとな」
「荼毘?」
「通常は土葬だが、この状況だと炎の浄化が相応しいだろう」
ガイルは胸元にあるアチャルの頭部を見詰めた。
「――炎の浄化」
「ガイル達にはガイル達なりの浄化があるとは思うけど、仕方ないんだ」
ガイルはアチャルの頭部を撫でた。
「――よく分からない。でも、親父の所に返すのが一番だと思ったけど…… それもままならないのかな」
「遺骨にして、おやっさんの所に返してやればいい」
「竜王さん」
気絶したキースを抱えた竜王がガイルの側にやってきて、ガイルの脇にキースを寝かせた。
「叩いたが起きやしねえ」
エルファンドはキースの口元に手を翳し呼吸を確認する。浅い呼吸ではあるが、規則的に息が掌にあたる。
「息はしているみたいですね」
突然、キースの目が見開き、撓った枝が元に戻るように飛び起き、藪向こうに走り出そうとした。
「キース!」
エルファンドと竜王は慌ててキースを地面に押さえ付ける。押さえ付けられたキースの口から低い唸り声が聞こえてきた。
エルファンドの背中に悪寒が走る。竜王もその気配に気が付き、藪向こうを睨み付けた。
「なんだ?」
ガイルも藪向こうを見詰め、森の気配の異常さに目を丸くした。
「な、なんで!」
「ガイル」
「さっきまであの化け物の気配はなかった! しかも増えてやがる!」
「勝手に増えるのか! エルファンド、キース達を頼んだ!」
竜王が藪に向かうと、相次いで藪からキャロルの部下達が飛び込んできた。
「竜王様、行ってはダメです!」
「なんでだ!」
マックスウェルは藪向こうを睨み付け、息を吐いた。
「キャルももうすぐ帰ってくるよ。めんどくさいなあ、もう…… みんな広場中央に集まって」
竜王は振り返り気味に藪を越えてきたキャロルを掬い抱き、広場中央に走っていく。
「な、なにすんの!」
「マックスウェルのとばっちり喰いたいのか!」
キャロルはその言葉に慌てて首を振った。
エルファンドはキースを羽交絞めにし、広場中央に引摺っていく。ガイルも慌ててエルファンドの後を追った。
「エルファンドさん、キース、どうしちゃったんだよ」
「恐らく今は青がキースを支配しているんだと思うよ」
エルファンドは唸り声を上げ続けているキースの後頭部に苦笑いを浮かべた。ガイルがキースを見ると、キースの紫苑色の瞳が青く輝いている。唸り声を上げる口から長く伸びた犬歯がちらついていた。
「キースは?」
エルファンドはガイルの問いに首を捻った。
「分からない」
「心配ないわ、ガイル」
自分の隣りにいつの間にか立つマリアラードに、エルファンドは目を丸くした。マリアラードはエルファンドを一瞥し、唸り声を上げている青キースの頭を撫でる。
「いい子でしょ?」
唸り声が止み、青キースの首がマリアラードの方に向いた。マリアラードは青キースの頭を撫で続けた。
「いい子ね。温和しくしていなさい」
青キースはマリアラードをしばらく見詰め、力んでいた全身の力を抜いた。
「聡明の撫子殿」
マリアラードはエルファンドを見て、足元に座り込んでいる青キースを見詰めた。
「キースは今ショック状態に落ちてるわ。まあ、心の拠り所だった女の子を守れなかったのが原因でしょうね」
「――七年前と同じって事?」
マリアラードはガイルを見て、苦笑いを浮かべた。
「あの頃よりは成長しているとはいえ、ガイルと違い彼女は生返らないからね」
ガイルはエルファンドの前に犬のように座っている青キースを見詰めた。
「――撫子さんはあの時の事、見えるの?」
マリアラードは首を振った。
「過去も未来も見る能力はないわよ。あくまでも経験からの予想」
マリアラードはエルファンドに微笑んだ。
「私がこうして出てくるのが不思議そうね」
エルファンドはマリアラードに首を振る。
「確かに驚きはしましたが、たぶん、あなたも青も赤も受け入れられてはいないのでしょう」
マリアラードはエルファンドに頷いた。
「キースは私達を拒否しているわ。全く受け入れる気はなさそうよ」
「あなたはどこまで記憶があるのですか?」
マリアラードはエルファンドの問いに顎を一撫でし、青キースの頭を撫でた。
「そうね…… 記録なら今の今まであるわよ。あなたみたいに全て魂に刻まれた記憶ではなく、アメリクサとして必要不可欠な記録。私だった魂は今頃、死者の列に並び次の転生を待っているでしょうね」
エルファンドは顎を撫でた。
「私の中でますます矛盾が生まれてきました。特殊石であるはずのアメリクサは、術の結晶ですよね。撫子殿は石になったにも拘らずそうやって姿を現わし、話したり考えたりしている。他のアメリクサもそうなんですか?」
「他のアメリクサはホントに術力だけ。撫子さんだからだよ。力を渡す人間を自ら選びたかったから。そうでしょ? 撫子さん」
いつの間にか、青キースの脇に立ち、続々と集まってくるアンデッド達を見据えているマックスウェルが、口の端を上げた。
「そうね。キースを待っていたかったから、そうしただけ。私が橋渡し役になれればと思ってね」
「橋渡し役?」
ガイルはマリアラードの言葉に首を捻った。
「そうよ。私はキースと青、キースと赤、青と赤の潤滑油になろうと決めていたの」
ガイルは首を傾げ、青キースの頭を見詰めた。
「分かんねえな。なんでそんなに拒絶すんのかな。もったいねえ、自分の力なのに」
マリアラードとマックスウェル、エルファンドは、ガイルに苦笑いだけを浮かべた。
ガイルはその三人を見て肩を竦ませ、青キースの隣りにいきなり座り込んだ。
「――分かってるよ。その力がすんげえ危険だって事ぐらい。すんげえ力なんだって事ぐらい…… おい。青」
青キースは首を傾げるようにガイルを見る。
「青はアチャルの事、好きだったか?」
青キースはしばらく首を傾げていたが、頭を大きく縦に振り、口の端を思いっきり上げた。
ガイルはその満面の笑みに涙ぐみながら、青キースの頭を撫でた。
「――そっか。好きだったか。ありがとな、青」
ガイルは立ち上がり、続々と周囲に集まってくるアンデッド達を睨み付けた。
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小説『グロッサム』後書き
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