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  Growin'up to something -SECOND BIRTH- 作者:剣崎 輝
第二章 2.8
 ベッドに寝転び本を広げていたキースがふと顔を上げ、闇に支配された窓の外を見た。
「――始まったな。もう、ガイルは一人で大丈夫だな」
「じゃあ、貴方は?」
 ベッドの縁に座る撫子色の女性、マリアラードがいた。キースはマリアラードを一瞥し、ベッドから起き上がった。
「撫子さん。俺はアチャルがいるから大丈夫だよ」
「だからって寝なきゃ体がいつまでも持つわけないのよ?」
 キースはマリアラードを抱き締めた。
「――だから、撫子さんが出てきただろ? 今日はホントに疲れた」
 マリアラードは肩を竦ませ、キースの背に手を回した。
「どうして一陣の風にしてくれないの?」
「俺にはまだその力がない。ここでもし撫子さんを取り込んだら、誰が赤と青のお(もり)をする? 撫子さんだって気付いてるんだろ?」
 マリアラードはキースの頭を撫でた。
 キースは気持ち良さげに目を閉じる。かなり疲労困憊していたのだろう、そのままキースは眠りに落ちた。その瞬間、キースの身体から赤と青い閃光が飛び出し、部屋の中を駆け巡る。
 マリアラードはその閃光達に手を翳す。その翳した手から撫子色の光の網が噴射され、赤と青の閃光をものの見事に捕らえた。
「暴れない!」
 マリアラードは眉間に皺を寄せ、撫子色の網の中を睨み付ける。そこには幼い頃のキースの姿をした赤と青がいた。
「お前達、何度言ったら分かるの! 寝た時は静かに出て来る。分かったわね」
 赤いキースと青いキースは互いに見詰め合い、マリアラードに頷いた。
 マリアラードはキースをベッドに寝かし、網から這い出て側に寄ってきた赤いキースと青いキースに微笑んだ。
「ここにお座り」
 小キース達はベッドの宮に腰を掛け、キースの寝顔を覗き込んでいる。
 マリアラードはその小キース達を見て、溜め息を吐いた。
 相容れない属性の親から産まれた結果。決して混ざり合う事のない赤いキースと青いキース。混じり合う事はあっても、完璧に一つに成る事はない。
 マリアラードはキースの寝顔を見詰め、頭を撫でた。寝顔はまだあどけなさを残している。マリアラードは六年前以前のキースを知らないが、その幼さが残る寝顔から想像は容易(たやす)い。そして、赤いキースと青いキースを見れば、どんな容姿だったかは分かる。
「――お前達、そのままでいいの?」
 マリアラードは六年間全く変らない赤いキースと青いキースに問い掛けてみた。双方は互いに顔を見合わせ、マリアラードに首を傾げた。
 マリアラードはその無駄な問い掛けに苦笑いを浮かべ、キースの琥珀色の髪を手で梳いてみる。ランプの灯を受け、鈍く光る髪。
 赤と青が六年間そのままなのは、キースの中で自分の力を拒絶している部分があるからだ。
キースは成長を望んでいない。それはキースの中に入った自分が一番よく分かる。こうやって、姿を現す事が出来るのは、キースが拒んでいるからだ。内なるモノをまた一つ飼っている事になる。
それはキースの身体と精神に負担をさらに強いている事にもなる。だが、今、一つになれば、確実にキースは不眠になる。寝れば隔離している赤と青が勝手に暴れだし、周囲の人間達に迷惑を掛ける。
「ホント、困ったお人だこと」
 マリアラードは愛しそうにキースの頭を撫でた。マリアラードが人間としてこの地にいた頃、こうやって触る事さえ出来なかった。力を付け聡明の撫子と皆から言われ始めた頃、その人は天寿を全うした。臨終の床に駆け付けたがすでに遅く、死に水を取る事も出来なかった。
 マリアラードはキースの頭を撫で、寝顔に寂しげに微笑んだ。
「いい夢を、ウォルティス様」





 イサが朝靄の深い泉に戻ってくると、泉畔にガイルが仰向けで寝ていた。イサはガイルの口許に手を翳し、呼吸を確認する。
「フォラール」
 イサは泉を見ると、泉が少し大きく空気を吐き出した。
「――イサ。人間ってなんて強いんでしょう」
「負けたのか?」
「この(わたくし)が負ける? 負けたりはしませんよ。負けていれば、こうやって貴方と話す事さえ出来ませんからね」
「そうか。それなら安心した。疲れたろ、ゆっくり休むといいよ」
 泉の底から気泡が沸き立った。
「いつも休んでいるようなモノだわ。ここを訪れる人間は少数ですから」
「で。ガイルのこの状況はどう捉えればいい?」
「もう大丈夫。全てを教えたわ。――して、貴方のお仲間にするおつもり?」
 イサはガイルの寝顔を見て苦笑いを浮かべた。
「ガイルは眩し過ぎて無理だ。こいつは表通りが似合いだよ」
「では、双眸のアメリクサを?」
 イサは首を振る。
「あれも無理だ。あれには重過ぎるだろう」
「難しいモノね」
 イサは口許を歪めた。
「難しくはないさ。俺とは違い、こいつらにはちゃんと道が開けてるってだけだ」
「――そう。イサ」
 泉がしばらく気泡だけを上げていた。イサはその気泡に再び苦笑いを浮かべる。
「心配してくれるのは嬉しいが、無用だ」
「――生きるのに疲れたら、いつでも仰って。(わたくし)は喜んで迎えるわよ」
 イサは軽く手を上げる。
「怖い誘惑だね。おやすみ、フォラール」
「貴方だから、この胸に抱きたいのよ。ガイルをよろしくね」
 気泡が落ち着き、寝息のように一定に湧き上がり始めるまで、イサは泉を見詰めていた。ガイルとの交わりでかなり力を消費したのだろう。友人として心配はするが、だからといってそれ以上のフォラールが望む感情が沸き立つわけでもない。
 イサは軽く溜め息を吐き、ガイルの脇腹に軽く蹴りを入れた。
 ガイルの眉間に皺が寄る。
「起きろ、ガイル」
 ガイルはゆっくり瞼を開けた。
「――イサさん」
「森の女帝を抱いた感想は?」
 ガイルはイサの軽口に口を歪めた。
「抱いたんだか抱かれたんだか分かんねえよ」
 ガイルは起き上がりながら、頭を掻いた。
「――もうね、手合わせを百回したくらい疲れた。イサさん。俺、なんにも分かってなかった」
「そうか。キースが心配してるだろ、帰るぞ」
 イサはそう言って、ガイルに背を向けた。
 ガイルは立上がり、滾々(こんこん)と水が沸き立つ泉をしばらく見詰め、徐に頭を深く下げた。
「ありがとう、フォラール」
「ガイル、置いてくぞ」
「あ、待って下さいよ、イサさん!」
 ガイルは頭を上げ、慌ててイサの隣りに走り並んだ。





 ガイルはイサと別れ、玄関を開けると、丁度、部屋からキースが出て来るところだった。
 キースはガイルを一瞥し、簡易台所に立った。
「早かったな。どうだった?」
 ガイルはキースのボサボサな頭を見詰め、肩を竦ませた。
「――お前はなんでも知ってるんだな」
「なんでも知っているというのは、語弊があるな。郷を出る時、お前の親父さんに頼まれただけだ」
 ガイルは驚いたようにキースね背中を見た。
「親父に?」
「そう。直轄区の森に女帝がいるから、必ずガイルを会わせてくれって」
 ガイルはテーブルに力なく座った。
「親父が……」
「良く分からないが、お前が中途半端なのは分かっていた。で、今見る限りじゃその中途半端は治ってるみたいだな」
 キースはガイルにカップを差し出し、自分は立ったままカップに口を付けた。
「フォラールが治してくれた。でも、森の力が必要なのは変らない」
「――だろうね。ま、その力の得方と消化の仕方を覚えたんだから、あとは使い方次第だろ」
 キースが(おもむろ)に窓を開けると、フクロウが部屋に飛び込んできた。
 ガイルは立上がり、フクロウに手を延ばす。
「バッホ」
 バッホと呼ばれたフクロウはガイルの腕に止まり、ガイルが足に括り付けてある紙を外すのを温和しく待っていた。
「ほれ、取れた」
 ガイルがそういうと、バッホは足を軽く振るい、キースの肩に飛び渡る。キースはバッホの首を指で軽く掻き口の端を上げた。
「――お疲れ、バッホ。ガイル、アチャルはなんだって?」
 ガイルはアチャルからの文を見ながら、肩を竦ませた。
「うーん、こっちに来る言い訳と、これを書いたのはウナルバ領バッグフィート郷ジンレ庄の旅籠らしい。そこで直轄区に向かう女戦士達と知り合ったみたいだ。相変わらず、纏まりがねえ文だなあ」
「バッグフィート郷ジンレ庄か。今日中に帝王領に入るな。今から迎えに行けば、バルファム郷の街道筋で落ち合えるか」
 キースがそういうと、ガイルは肩を竦ませた。
「ったくよ。挨拶周りしたかったのに」
 キースはガイルに苦笑いを浮かべ、部屋に入っていく。
「バッホに返事持たせて、支度してくるよ。ガイルはその泥だらけでいくのか?」
 ガイルは身体を見下ろし、キースに苦笑いを返した。
「アチャルがうるさいから着替えるよ」
 キースはガイルに笑い掛け、扉を締める。
 ガイルはカップを簡易台所に置き、キースが入っていった扉を見た。
「――これで、少しは乗る気になってくれるといいんだけどな」


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小説『グロッサム』後書き
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