第二章 2.4
マルラは店に戻りながら、ガイルに緑風荘周辺の案内をする。ガイルはマルラの手案内通りに首を振り、直轄区生活の始まりを楽しんでいた。
「ここの軽食はかなり美味しいですよ、お勧めです」
そう笑い掛けるマルラの表情を、ガイルは可愛いと思っていた。
ガイルは辺りを見渡し、ニンマリと口の端を上げる。
「マルラさん。一つ聞いていい?」
「はい、なんでしょう?」
「彼氏いんの?」
マルラは足を止め、思いっきりガイルを見上げた。
「へ?」
ガイルは頭を掻きながら、照れたように口を広げる。
「いやね、マルラさん、可愛いから」
マルラは思いっきり手と首を振った。
「ばっ、馬鹿言っちゃあいけません。私が可愛かったら、他の女の子達、みんな物凄く可愛いですよ!」
「そう? で、どうなの?」
マルラはガイルを見詰め、慌てて下を向いた。
「い、いませんけど……」
「年下じゃいや?」
マルラは再びガイルを見上げ、口を尖らせた。
「ゼベッツさん、からかってませんか?」
「え、からかってないけど…… ダメなの? 俺、可愛いなあって思ったから、仕事抜きで会いたいなあって思ったんだけど」
マルラは口を膨らませた。
「お誘い嬉しいけど、ゼベッツさん、軽過ぎます」
ガイルは頭を掻いた。
「そっか…… このノリは軽過ぎるのか」
「それに言葉に心が籠ってません」
ガイルはマルラを慌てて見た。
「ちょ、ちょっと待って。マルラさんを可愛いって思ったのは確かだし、個人的に付き合いたいなって思ったのも確かだよ?」
マルラはガイルに微笑んだ。
「でも、ゼベッツさんの心には別の人がいますよね?」
ガイルはマルラを見詰めたまま、身体が動かなくなった。まだ会って大した時間も経っていないマルラに、なんでミルーナの事が分かるのか、心を見透かされたようで身体が本能的に防御態勢をとっていた。
マルラはガイルを通りの端に引っ張り、通りを行き交う人々や荷馬車を目で追う。
「女ってそういうトコロ、すぐに勘付いちゃうんですよ」
ガイルも行き交う人々を見詰め、口を歪めた。女性特有の勘は、ガイルには分からない。だが、身体はその言葉を聞き、防御態勢を緩めた。
「――俺、モテないって言ったでしょ? 声掛けるんだけど、大抵、断られるんだ…… 付き合ったとしても、長く続かないし、振られるし…… それってやっぱり、自分に踏ん切りが付いてないからなんだよね」
マルラはガイルの横顔を見て、肩を竦ませた。
「ゼベッツさんは軟派向きじゃないんですよ。きっと素敵な人なんですね、ゼベッツさんの好きな人」
ガイルはマルラを一瞥して、ばつが悪そうに鼻頭を掻いた。
「うーん…… 素敵かどうか分からないけど…… 真っ直ぐな人かな」
「ゼベッツさんの故郷にいるんですか?」
ガイルは首を振った。
「ここにいるよ。同じ領出身だけど、ここで警邏やってるミルーナっていう人」
マルラは目を丸くした。
「警邏姫が好きなんですか?」
ガイルはマルラの言葉に首を傾げた。
「警邏姫ってなに?」
「毎年直轄区の全警邏の中から選ばれる最優秀警邏賞があって、男女それぞれ一人づつ選ばれるんですよ。で、ミルーナ・ガシェドさんは十年間連続で最優秀警邏賞に選ばれた人なんです。女性は警邏姫、男性は警邏王と呼ばれていますよ」
ガイルはマルラに嬉しそうに笑い掛けた。
「へえ。ミルーナ、スゴイじゃん」
マルラはその笑顔に溜め息を吐いた。
「そうやって笑って貰える警邏姫が羨ましいです」
「え」
マルラはガイルに笑い掛けた。
「凄い素敵な笑顔でしたよ。でも、姫と言うだけあって、あの人もかなりモテているみたいです」
マルラはガイルにもう一度笑い掛け、通りを歩き出した。ガイルは慌ててマルラの隣りに並ぶ。
「へえ。ミルーナ、モテてるんだ」
マルラは頭の後ろに両手を組んだガイルを一瞥し、小首を傾げた。
「ゼベッツさん、嬉しそうですね」
「好きなヤツを褒められて、嬉しくないヤツなんているの? 俺は嬉しいよ。ミルーナはみんなに好かれてるんだって思うと、自分の事みたく嬉しくなる」
マルラはそんなガイルを見詰め、軽く溜め息を吐いた。
「ゼベッツさんって、良く分からない人だわ。警邏姫の事好きなんですよね?」
「好きだよ。でも、思いっきり断られているんだ。『あたしは剣を振る人じゃなく飾る人がいいの』って。好きだけど諦めてもいる。敵わないよ。ミルーナ、すんげえ、愛されてるから」
マルラは首を傾げた。
「確か警邏姫は特定の相手がいないって噂ですけど……」
ガイルは苦笑いを浮かべた。
「彼氏がいなくてもミルーナが好きなヤツはいっぱいいるんだろ? その中でもミルーナを深く愛している人、俺は二人知ってるってだけ。ミルーナはその二人を大事に思っている。俺と知り合う前からずーっと三角関係ってヤツなんだぜ」
マルラは大きく息を吐き出した。
「ゼベッツさんって、歳相応の考え方と達観した考え方を持っているのね。年下なのに年上にも見えたり…… 不思議な人だわ」
「えー、年寄りくさいって事?」
マルラはガイルの眉間の皺に微笑んだ。
「不思議な魅力があるって事ですよ。恐らく、私と血が違うんでしょう」
ガイルはマルラを凝視した。自分の血筋が普通の人間と違う事は、六年前に知った。それから嫌というほど、その血筋の違いを思い知らされた。根も葉もない噂に中傷。閉鎖的な集落には良くある話だ。父親は誇りに思うが、血筋で帝国戦士への道を閉ざされたくない。
マルラはそのいきなり硬くなった表情に小首を傾げた。
「ゼベッツさん、どうかしました?」
「血が違うって、マルラさんは分かるの?」
「何をですか?」
マルラは反対側にまた首を傾げた。
ガイルは頭を掻いた。
「えー、だから、血の違い」
マルラは口の中でガイルの言葉を反芻し、軽く手を打った。
「ああ、そういう事ですか! わかりません」
きっぱりと笑顔で否定したマルラに、ガイルは苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、なんで血の違いでしょうなんて言ったの?」
マルラは小首を傾げた。
「えーっと、なんででしょう。何となく違うのかなあって思っただけで…… 大祖母様が仲介屋をしているじゃないですか。私もこうやってお手伝いをしていると、いろんな人に会うんですよ。特に大祖母様が店に連れて入ってくるお客様は、何となく血が違うなあって思うんです」
「さすが、婆さんの玄孫だ」
二人はその声に振り返ると、竜王が後ろに立っていた。
「竜王さん!」
二人の声が揃い、見合う二人を見て、竜王は軽く口に拳を当てた。
「久しぶりだな、ガイル」
「おひさしぶりです、竜王さん。良く分かりましたね」
竜王は肩を竦ませた。
「お前もキースも忘れるもんか。特にお前はあんまり変わってないしな」
ガイルは頭を掻いて、照れくさそうに口を歪めた。
「確かにまんまデカくなったって良く言われます」
「まあ、少しは敬語、使えるようになったみたいだけどな。で、キースはどこ行った?」
ガイルは竜王を見上げ、首を傾げた。
「は?」
「ミゼルナさんは緑風荘を見た後、店に先に帰っているはずなんですが」
マルラも小首を傾げていた。
竜王は頭を軽く掻き、辺りを見渡した。
「――婆さんの店の前でキースらしきヤツを見掛けたんだが、俺を見た途端逃げやがった。――なるほど。撹乱術もお手のもんか」
ガイルは竜王に苦笑いを浮かべた。
「俺、身代わりにされたって事ですかね」
「ガイルじゃない。マルラが身代わりだ」
マルラは驚いて竜王を見上げた。
「ええ! 私が身代わりですか?」
竜王は頷いた。
「ガイルの側にいたからだろうな。いきなり消えやがったから、気を追ったら、マルラに辿り着いた。ガイル、なんでキースは逃げた?」
ガイルは竜王を見上げ、苦笑いを浮かべた。
「あいつ、推薦蹴りに来たんですよ」
竜王はガイルの苦笑いをしばらく見詰め、溜め息を吐いた。
「――なるほど。ガイルが無理矢理連れてきたって事か」
ガイルは頷いて、通りを見詰めた。
「俺とアチャルが説得しなかったら、あいつ、まる無視決め込むつもりだったみたいです」
「って事は護衛騎士団になるのは諦めたって事か」
ガイルは竜王を見上げ、弱く首を振った。
「分かりません。ミルーナにも会いたがらないし、あれ以来、すんげえ人と接するのを避けるんですよ」
竜王はガイルの瞳を見詰め、その奥に寂しげで悲しげな光を見た。親友のガイルにさえ、心を閉ざしている。それがガイルにも分かるのだろう。
竜王は軽く息を付いた。
「だからって逃げなくてもいいと思うんだがな」
ガイルは竜王に苦笑いを浮かべた。
「確かに」
竜王はガイルの頭を思いっきり撫で、歩き出した。
「何を企んでいるのか知らないが、ここは直轄区だって事忘れるな」
ガイルは久しぶりに撫でられた箇所に手を置き、その後ろ姿を見送る。
「何か企んでいるんですか?」
ガイルは慌ててマルラを見ると、物凄い訝しげな瞳でガイルを見上げていた。
「そんな危険な人には、お部屋の仲介は出来ないんですけど」
「ま、待ってよ、マルラさん! 竜王さんの言葉を鵜呑みにしないでよ! なんも企んでないし、マルラさんに迷惑掛かるような事するつもりないし!」
「本当ですか?」
「嘘言ってどうすんの! 今俺が嘘付いたって、得するどころか損ばっかりだよ!」
マルラはガイルを穴が開くほどに見詰め、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「企てはともかく、私に迷惑が掛からない、店に迷惑が掛からない、ムーン様に迷惑が掛からないのでしたら、いいんです」
ガイルは胸を撫で下ろした。
「今日の宿も決めてないのに、路頭に迷うのは勘弁。ところで、家主のそのムーン様って何者?」
「え? ゼベッツさんは知らないんですか、ムーン様の事。ミゼルナさんは知っているようでしたけど」
「知らない。あいつはホント本の虫だから…… ま、ともかく、俺は田舎もんだから、都会の事情なんて良く分かんねえし」
地方出身を拗ねるわけでもなくアッケラカンと口にするガイルに、マルラは好感を覚えた。
「ある意味有名人ですよ。多分この地にある全ての国で、知らない人はいないんじゃないかってくらいの有名人です」
ガイルはマルラの言葉に首を捻った。
「そんな有名人、居たっけかなあ」
「ゼベッツさんの村にも感謝祭や謝肉祭はあるでしょ?」
「あるよ。この前秋の感謝祭が終わったばっかり」
「どこの地方でも、舞と歌と竪琴の奉納があると思うんですが」
ガイルはマルラの言葉に頷いた。
「ああ、あるある。毎年、選抜時期になると、女の子達はそわそわしててさ。俺らは賭けしたりしてた」
「その由来は知ってますよね?」
ガイルは軽く口を尖らせる。
「それくらいは知ってるさ! この地に生きとし生ける物の始まりを作った二人の女神が、春と秋にこの地を作った創造主と天帝に歌と竪琴で感謝の意を現したのが、始まりなんでしょ? って、まるっとキースの受け売りだけど」
マルラは軽く息を吹き出した。
「ゼベッツさんらしいですね、最後は。で、その女神の名前はもちろんご存じですよね」
「黄金の乙女と蒼銀の乙女だろ」
マルラはガイルに頷き、微笑んだ。
「ムーン様はその黄金の乙女です。現人神なんです」
ガイルは顎が外れたように思いっきり口を開いた。
「は」
「だから言ったじゃないですか、ある意味、物凄い有名人だって」
マルラはガイルにもう一度微笑み、口を開けたまま立ち止まっているガイルの腕を引いた。
「ゼベッツさん。立ち止まらないで歩きましょ」
ガイルは呆然としたまま、マルラに引かれて歩き出した。
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小説『グロッサム』後書き
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