第二章 2.3
ガイルは目の前にある『白翼荘』の建物にしばし口を開けていた。
一階は食堂だが、その他にも日用雑貨品を扱う店、衣服類を扱う店など五〜六軒が、『白翼荘』の建物内に並んでいた。見た目は周りの建物と大差ないが、頑丈そうな造りなのは使われている柱の太さから想像出来た。
「でけえ……」
キースはそんなガイルを一瞥し苦笑いを浮かべ、ゆっくりとその建物の周囲を見渡し、眉間に皺を寄せた。
「――マルラさん、ここはパス」
マルラは首を傾げた。
「どうかされました?」
「ガイルがダメだ」
ガイルは辺りを見渡して、肩を軽く竦ませた。
「ホントだ、ダメだ。マルラさん、金華荘の周りもこんな感じ?」
マルラは首を傾げながら、辺りを見渡した。白翼荘の周りは通りに面して建っている。通りには白翼荘と同じくらいの大きさの建物が建ち並んでいた。
「えーっと、金華荘も通り面して建っていますけど……」
「この周り、緑が少ないね」
キースはマルラを見詰めた。マルラは首を傾げるが、ガイルを見て、手を打った。
「あ、ガイルさんは緑が多い方がいいんですか?」
ガイルはマルラに頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「うんまあ…… 元々が狩人だから、ないと不安っていうか……」
マルラは腕を組んだ。
「んー…… 金華荘も緑は同じくらいですね…… 緑が比較的多いのは緑風荘かな。でも、緑風荘は……」
マルラはキースを見た。
「家主ムーン様の家に近いんです」
キースはマルラを見詰め、顎に人差し指を掛けた。
「――マルラさん。リョクフウ荘の周辺地図ある?」
マルラはキースの言葉に頷き、冊子の中から折り畳まれた紙を取り出した。
ガイルとキースはそれを広げ、地面に置いた。
キースはその辺に転がる小石を数個広い、地図の上に転がすと、小石が軽く発光し、地図の上に小さな町並みが現れた。
マルラは驚いたようにガイルを見上げる。
ガイルはマルラに笑い掛けた。
「ね。勿体ないと思わねえ? 推薦蹴ろうなんてさ」
「その辺は良く分からないんですが、術言も術陣も使わないんですか?」
キースは顎を撫で地図を見ながら、マルラに答えた。
「使うよ。大術じゃないかぎり、使わないけど。まあ、簡単にいうと、全てが術言で術陣」
マルラは簡単に言われても分からなかった。マルラはガイルに助けを求めると、ガイルも肩を竦ませていた。
「俺も良く分からないんだけど、生まれ持った能力ってヤツ? 生活術は慣れてくるとみんな術言とか術陣とか使わずに出すでしょ? あれと同じ感覚なんだと思う」
マルラは手を叩いた。
「あ、なるほ…… ミゼルナさんの術力ってどんだけなんですか!」
マルラは驚いたようにキースを見た。キースは頭を軽く掻きながら、地図を見詰めている。
マルラはガイルを見て、眉尻を下げた。
「無視されてしました」
ガイルはそんなマルラに苦笑いを浮かべた。
「だね。なんか考えてるんだと思う」
ガイルがキースを見ると、突然、キースが身を引いた。
「――来る。逃げるぞ」
キースはマルラを抱き抱え、ガイルを見た。ガイルは頷き、飛び上がるキースの後を追った。
放置された地図の上に、黄金の髪を頭の天辺から結った十歳くらいの女の子が、両腕を思いっきり広げながら現れ、腕を力任せに閉じた。
「つかまえたっ!」
が、その腕は空を切り、彼女自身を抱き締めた。
「あ。逃げられた」
黄金の髪の女の子の隣りに、全く同じ髪型をしたあの紫の小鬼ミュウが現れた。
「ホントだ。相変わらず、逃げ足の早いヤツだ」
黄金の髪の彼女がミュウを振り返る。そこに鏡があるのかと錯覚するほど、彼女はミュウにそっくりだった。
「むう。遊べると思ったのにい」
「お前らは!」
突然、その双子のような彼女達を抱き抱える、茶褐色の腕があった。
ミュウは顔を上げ、にぱあっと、口を広げる。
「くんの遅いんだよ。逃げちゃったよ」
茶褐色の肌の若い男は、ミュウと黄金の髪の女の子を交互に見て、溜め息を吐いた。
「お前らな…… あれはほっといて良かったんだ」
「でも、あれも欲しい!」
ミュウは足をバタバタさせながら、口を尖らせた。
「あたしも新しいげぼく欲しい!」
黄金の髪の女の子も足をばたつかせる。
「ああ、うっせえ! 帰るぞ!」
若い男が軽く地面を蹴り上げると、三人の姿が瞬時に消えた。
キースは地面にマルラを降ろし、ガイルを振り返った。
「追ってまでは来なかったようだ」
「何が来たんだ?」
キースは肩を竦ませた。
「出来れば一生気付かれたくなかった人」
ガイルは冊子をキツく抱き締めているマルラを見た。
「マルラさん、大丈夫?」
「は、はい、なんとか大丈夫です。で、でも、地図が」
キースが軽く手を振ると、その手に地図が現れた。
マルラはキースから地図を受け取り、眉間に皺を寄せた。
「ミゼルナさん。悪戯書きは困ります」
ガイルは地図を覗き込み、肩を竦ませた。
「なんだ、この文字? また、異世界の言葉か?」
キースはその文字を一瞥し、口の端を苦々しく歪めた。
「逃がしてくれなさそう。これは神界文字。元彼女からの恋文」
キースはそう言って、神界文字に手を触れると、文字が消えてなくなった。
「元彼女ってなんだよ」
「書籍によれば、前世での元彼女」
キースは地図を畳み、目を丸くしているマルラに手渡した。
「はい。ここからリョクフウ荘は近いでしょ?」
マルラは慌てて周囲を見渡し、大きく頷いた。
「は、はい。ご案内しますね」
マルラはそう言って歩き出した。
緑風荘は大きな通りから外れ、森を背後に抱えた建物だった。
ガイルは辺りを見渡し、大きく頷いた。
「うん。文句ないね。で、この森、狩は出来るの?」
マルラはガイルに頷いた。
「国有森ですから、特に許可はいらないはずです」
キースはガイルを見た。
「後で詳しく話すけど、リョクフウ荘から左は行かない方いい」
ガイルはキースをしばらく見詰め、歩いてきた道を振り返った。
「さっきのあれか?」
「それもあるけど、左奥から家主の土地だ。家主の館がある」
ガイルはキースが毛嫌いしている家主に興味を持ったが、ここでは聞くのはやめた。
「分かった。マルラさん、中見せてもらっていい?」
マルラはガイルに眉尻を下げた。
「すみません。一つ、先に言っておかないといけないんですが、ここの部屋代、小金貨九枚なるんですが……」
ガイルはキースを見た。
「九枚だってよ、どうする?」
「部屋代食費銭湯代込み込みで、一人頭小金四大銀五。安いと思うけど?」
ガイルはマルラに頷いた。
「小金四大銀五なら大丈夫」
マルラはほっとしたようにガイル達に笑い掛けた。
「では、ご案内しますね」
ガイル達が緑風荘の門を潜ると、部屋の窓から何人かが窓からガイル達を見下ろしていた。
「よう、マルラ。新しい入居者?」
マルラは頭を上げ、三階にいる男を見上げた。
「こんにちは。まだ正式な契約は交わしてないですけど」
「よう、新入り。位どこ?」
二階の窓にいる男がガイル達に手を軽く上げた。マルラに釣られて顔を上げていたガイルは、苦笑いを浮かべた。
「いや。位はない‥です」
窓から覗いていた男達は、互いに顔を見合わせた。
「ってえと、お前ら選考会上都組か?」
ガイルは頷いた。
三階の男がマルラを見た。
「マルラ。イクナ婆さんが選んだのか?」
「ですよ。選考会上都の方にここを紹介するのは、初めてです」
顔すら上げないキースと、マルラと自分の間に視線を泳がすガイルを、男達は見詰めた。
「――ふうん。イクナ婆さんが選んだんなら、しょうがねえか」
キースは視線から避けるように一歩足を踏み出し、緑風荘の入口に向かった。
マルラは三階の男のその言葉に笑い返す。
「ちなみに推薦枠だそうですよ、竜王様とマックスウェル様の」
騒ついた男達にマルラはもう一度笑い掛け、ガイルを見た。
「ご案内しますね」
「あ、うん」
マルラとガイルは入口で待つキースに小走りで走り寄った。
マルラが五階の部屋の鍵を開け、キース達を部屋に通す。
「うお! 広っ!」
ガイルは嬉しそうに、部屋に入り、備え付けの家具を開けたり覗いたりしていた。
キースはガイルに肩を竦ませ、一間を左右に挟んである個人部屋の左側に入っていった。
マルラは入口脇に立ち、ガイルの動きに笑みを零した。
「マルラさん」
マルラは左の個人部屋から出て来たキースを見て、微笑んだ。
「どうです? 気に入りました?」
「部屋も周囲も気に入った。一つ、確認しておきたいんだけど、なんで、ここを最初から紹介してくれなかったの?」
マルラはキースに苦笑いを浮かべた。
「たぶん、高祖母は、お二方の懐具合を心配してるんだと思います。ここは少しお代が高いでしょ? あと、入っている皆さんが位持ちばかりなので……」
キースは窓を一瞥して、再びマルラを見た。
「位って言っても精々ダークまででしょ?」
「正解だ、小僧」
キースは入口に寄り掛かる男を見た。黒い長髪を天辺で結い、瞳孔と虹彩の区別が付かない切れ長の目がキースを見詰めていた。体躯は細身だが無駄のない実用的な筋肉が付き、両腰には二本の太刀を佩している。
「俺は右隣りの住人、イサ・スドー。位はダークの銀」
イサはキースに手を差し出した。キースはその手を見詰め、イサに軽く頭を下げる。
「キース・ミゼルナです」
「おっ、俺はガイル・ゼベッツです! よろしく!」
イサの手を握ってきたのは、右の部屋から飛び出してきたガイルだった。
イサはキースを一瞥し、ガイルに笑い掛けた。
「なんか訳ありくさいな」
「スドーさんも訳ありくさいですよね」
キースはイサを見詰めている。
イサは顎を撫で、ガイルとキースに笑い掛けた。
「面白い。さすがイクナ婆さんが目を止めただけあるな。まあ、竜王とマックスウェルの御墨付きに手を出すヤツは、この館にはいないから安心しろ。ガイル、裏手の森の右奥に泉がある。そこが主の居場所だ。挨拶くらいしておけよ」
イサは二人に笑い掛け、自室に入っていった。
キースは肩を軽く竦ませ、口を開けて驚いているガイルの頭を叩いた。
「馬鹿面いつまで晒してるんだ、ガイル。マルラさん」
「は、はひ!」
マルラはキースを慌てて見て、キースのニヤけ口に顔を赤くした。
「な、なんですか?」
「ここを紹介しなかったのはそれだけじゃないんでしょ? ここはスドーさんみたいな人が多いんじゃないの?」
マルラは少し眉間に皺を寄せ、キースを見た。
「どういう意味ですか?」
キースはマルラを見詰め、苦笑いを浮かべた。
「あ、今の言葉撤回。これは婆さんに聞いた方がいいのか。でも、ここ、リョクフウ荘ってちゃんと呼ばれてる?」
マルラはキースを不思議そうに見詰めた。
「ミゼルナさん、なんで分かったんですか?」
「スドーさんが館って言ってたから」
マルラは肩を竦ませた。
「緑森館とか、マッド館とか…… 死神館と」
キースは入口を一瞥し、苦笑いを浮かべた。
「なるほど。死神館ね」
「うえ…… 嫌な名前だなあ」
ガイルは眉間に皺を寄せた。
「しかたがないさ。そういう輩が集まっているんだから。俺はここでいい」
キースは入口を出て行く。
ガイルはマルラを見ると、マルラもガイルを見上げていた。
「ゼベッツさんはどうします?」
ガイルは入口を一瞥して、マルラを再び見、苦笑いをしながら頭を掻いた。
「名前はともかく、部屋は気に入ったし森もあるから、ここがいいかな」
マルラは満足げに頷いて、ガイルに笑い掛けた。
「では、帰って契約の手続きを」
ガイルはマルラの笑顔に目を細め、マルラの後を付いていった。
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小説『グロッサム』後書き
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