第二章 1.8
エルファンドは息を軽く吐き、報告の終わりを告げるように、四人の顔を見た。
護衛騎士団頭の四人は眉間に皺を刻んでしばらく黙っている。
「――最悪」
そう口火を切ったのは、護衛騎士団左のキャロルだった。
「確かに最悪だな」
キャロルに同意するようにハーツも頷いた。
竜王は顎を撫でながら、カッツェリーグを見る。カッツェリーグはその視線に肩を竦ませた。
「どうして俺に振るかな、竜王は」
「この面子を見て、お前に振らないほうが馬鹿だと思うが?」
カッツェリーグは竜王の口の端を見て、再び肩を竦ませた。
「痛い処突いてくるねえ」
「そんな切羽詰まっている状況じゃねえし、まるっきりマックスウェルがいないってわけじゃねえ」
カッツェリーグは三度肩を竦ませた。
「確かにそうだけどさ。エルファンド」
エルファンドは報告を終えた安堵感から、再び身を引き締めた。
「は、はい」
「話は分かった。で、マックスウェルは戦士の中からも何人か欲しいんだっけ?」
「そう言ってました」
カッツェリーグはハーツを見る。ハーツはカッツェリーグに頷いて、部屋を出て行った。
「幸い戦士達の中からまだ行方不明者出てないけど、ヤバいなあ……」
カッツェリーグは眉間に皺を寄せ、顎を撫でた。
キャロルは首を傾げる。
「何がヤバいの?」
「そのヌ・カヤシだよ。俺の経験からすると、たぶん、攫われた警邏、ヌ・カヤシにされてると思うんだよね」
エルファンドは目を見開いて、カッツェリーグを見詰めた。
キャロルは手を軽く上げる。
「そもそも私はヌ・カヤシが分からない」
「キャル。ヌ・カヤシはアンデットの一種だ。ゾンビともマミーともリッチとも違う」
キャロルは竜王の言葉を聞いて眉間に嫌悪感を表した。
「アンデットの一種…… また、厄介な物を。で、ヌ・カヤシはどんなアンデットなの?」
竜王はエルファンドとカッツェリーグを見た。
「アヤカシに近いのか?」
エルファンドは首を傾げる。
「アヤカシ? アヤカシってなんですか?」
竜王はカッツェリーグを見る。カッツェリーグは竜王の視線に首を軽く振った。
「エルファンドは知らないよ。あの頃は生まれてなかったからな」
「なるほど。で、どうなんだ?」
「近いかな。キャル、エルファンド。俺が知っているアヤカシは、ドワーフを人工的に造り変えた人造アンデット。
ヌ・カヤシは同種ではなく異種配合された人造アンデットだ。でも、キメラとは明らかに違う。キメラは生きているし、あれは元々神々が造り出した動物だ。人間がキメラを造ろうとした結果だよ」
キャロルとエルファンドの表情に、さらなる嫌悪感が現れた。
「馬鹿だ。なんでそんなモノを」
「ヌ・カヤシやアヤカシを造る高度術は、元々魔界のモノなんだよ。魔界の人間達が使役する駒ウルクハイなんかを造る術。太古にこの地にも伝わったらしいけど、俺が知る限り成功したのは、大昔、ダークに滅ぼされたダナール・リヴだけだね。ダナールが造ったのはアヤカシだけど」
「禁断高度術じゃない、それ」
キャロルはカッツェリーグの言葉に、さらに嫌悪感を露にする。
竜王はキャロルの頭をゆっくり軽く撫でた。
「牙伸びてる」
キャロルは慌てて口を押さえ、竜王を見上げた。
「ごめん」
エルファンドは二人を一瞥し、カッツェリーグを見た。
「でも、なんでそんな術を」
「まあ、マックスウェルならすでに分かっているとは思うけど、術系が強い国は、往々にして強靭な戦士が育たないからね。てっとり早く従順な狂戦士を造る方法」
エルファンドはカッツェリーグを見詰めた。
「それじゃ、攫われた警邏達は、区民は……」
「ヌ・カヤシにされていると思って間違いないだろうね」
カッツェリーグは肩を軽く竦め、エルファンドを見詰めた。
「エルファンド。さらに酷な事をいうが、ヌ・カヤシにされた人間の末路は分かっているよね?」
エルファンドはゆっくりと深呼吸を三回し、カッツェリーグに頷いた。
「分かってます。冥界に送る事しかない」
カッツェリーグは竜王の動く手を一瞥し、苦笑いを浮かべた。
「キャル。それ以上憤慨しても、ここでは何にも出来ないよ?」
エルファンドはキャロルを見て、息を飲んだ。
キャロルの虹彩が大きくなり瞳孔が縦になり、キツく閉じた口から長く鋭い牙が零れ、耳は猫科特有の尖った耳に変化している。口元から頬にかけて長いヒゲも生えていた。
「そんな話を聞いて、怒るなって方がおかしいわよ! マヤカシだかヌ・カヤシだかアヤカシだか知らないけど、罪もない何にも知らない人達を、己の私益私欲だけで、化け物に変えるなんて! そんな奴、そんな奴っ!」
キャルの口から獣の咆哮が飛び出した。
その瞬間、バフッとキャロルの頭を竜王が叩いた。
「分かったから、キャル」
キャロルはエルファンドとカッツェリーグを見て口を押さえ、竜王を見上げ悔しそうに顔を歪めた。
「竜王……」
「みんな、分かっている」
キャロルはいきなり竜王の胸元にしがみついた。その途端、肩が震え出す。
竜王は片腕を軽くキャロルの背に回し、エルファンドとカッツェリーグを見た。
「すまないね」
エルファンドはただ首を横にしか振れなかった。エルファンドの本能が、警笛をならしている。貴重人種のダークキャットピープルの中でも、天文学的数値でしか生まれてこない、殺戮鬼と呼ばれるピュアダークの変化を初めて目の当たりにしたのだ、エルファンドの反応は無理もなかった。
カッツェリーグはそんなエルファンドを一瞥して、竜王に微笑んだ。
「キャルは何だかんだ言って、まだ若いからね。エルファンド。今、話した事はミルーナに言うなよ」
エルファンドは気を引き締め、カッツェリーグに大きく頷いた。
「言えるわけ、ないじゃないですか。あいつはただでさえ、同僚達を攫われて、息巻いているのに、助けられないって分かったら、それこそ怒髪天を衝きますよ。絶対に話せません」
カッツェリーグは頷いて立ち上がった。
「エルファンド。これから元愛剣達と一緒に行動してくれ」
エルファンドはカッツェリーグの言葉に、頷きそうになり、慌てて口を開いた。
「え、愛剣達って、ハルシは自覚してますが、ダニエもなんですか!」
カッツェリーグは肩を竦ませた。
「なんだよ、全く気が付いてなかったの? お前は元々二剣流の剣士じゃないか。一本だけ人間に転生するとは考えられないだろ?」
エルファンドはカッツェリーグの瞳を見た。それと同時に直近前世での死際の情景が閃光と共に現れる。
目の前で二本の愛剣が折れ、その折れた剣身が自分に突き刺さる。血飛沫が上がる向こうには、深紅の甲冑を着た男が剣を振り上げていた。
事切れる前に思い浮かんだのは、愛する人達と折れた二本の剣だった。
――願わくば、来世で逢える事を――
いきなり髪が逆立ったエルファンドを、竜王とカッツェリーグは驚きもせずに見詰めていた。竜王の胸元から顔を上げたキャロルは、その姿を見詰め、竜王を慌てて見上げる。竜王はキャロルの頭を黙って撫でた。
髪が収まったエルファンドはいきなり膝を崩した。咄嗟にカッツェリーグが腕を出し、エルファンドを支える。
「おっと」
カッツェリーグがエルファンドをソファに寝かせる。
「前世と同調したか?」
竜王がエルファンドを覗き込む。エルファンドの眉間には深い皺が寄っていた。
「自覚はあるから軽いけどね。キャルは大丈夫?」
すっかり元に戻ったキャロルは苦笑いを浮かべた。
「ごめん、カッツェ」
「滅多に見れない姿を見れたから良しとしようかな」
「嫌味なヤツ」
キャロルはクルッと身体の向きを変え、扉に向かった。
カッツェリーグは竜王に肩を竦ませる。竜王も黙って肩を竦ませ返した。
「で。その元愛剣達って誰?」
キャロルが取っ手に手を掛けながら、二人を振り返った。
「俺直轄のシヴァの金、ハルシ・アイラードとダニエ・バッファだ」
「ああ、なるほど。元剣じゃ剣筋を読むなんてお手の物よね。呼んでくるわ」
キャロルは竜王とカッツェリーグに微笑み、部屋を出ていった。
竜王は軽く息を吐き、カッツェリーグを見ると、薄ら笑いを浮かべているカッツェリーグと目があった。
「なんだよ」
「いや。何だかんだ言って、キャルには甘いんだなあって思っただけ」
竜王は軽くカッツェリーグを睨み、腰袋から煙草を取り出した。
カッツェリーグはその横顔を一瞥し、エルファンドを見下ろした。
覚醒融合したとはいえ、強烈な記憶と感覚は、身体を容易に支配する。エルファンドと目があった瞬間、強烈な記憶が蘇ったのは、カッツェリーグにも分かった。恐らく竜王も感付いているだろう。
「――エルファンドは戻ってこれるのか?」
カッツェリーグが竜王に視線を戻すと、紫煙を窓に吹き掛けていた。
「なに、いきなり記憶の海に墜ちたわけじゃない。ただ、強烈な記憶だと、感覚さえ戻ってくるからね」
「強烈な記憶?」
「戦死の際とかは強烈だろ?」
竜王はエルファンドを見て頷いた。
「なるほど。剣魂が人間に転生って考え辛かったが、ダニエもハルシも剣生が終わっていたのか」
「恐らくね。エルファンドとは一度しか人生が重ならなかったから、その後の転生は噂でしか聞かなかったけど、直近前世は闇の剣士だったはずだよ。そこで紅蓮龍王に斬られたはず」
「今のか?」
カッツェリーグは首を振った。
「前紅蓮龍王だよ。今のだったらあいつ幾つだよ」
「知ってるお前も幾つだよ」
カッツェリーグは竜王に笑い掛けた。
「この身体はまだまだ若いよ。まあ、お前さんが生まれた頃は成人して、メア辺りでウダウダしてたけどね」
竜王はその言葉に肩を竦ませた。カッツェリーグはエルファンドと同じように、前世の記憶を持ったまま、転生を繰り返す人間だ。ただ、エルファンドと違うのは、異様なほどの長命と、人間の生きている証である脈がない事。
「お前もある意味アンデットだよな」
「ただ脈がないってだけで、アンデットと同じ括りにされりのは、かなり傷付くんだけど」
カッツェリーグは軽く口の端を上げ、エルファンドを見詰めた。
「生まれ落ちた瞬間から記憶を持っていた方がいいのか、途中で覚醒融合する方がいいのか」
「そんなの当事者じゃないから分からん」
竜王は軽く肩を竦ませ、灰皿に煙草を揉み消した。
「カッツェ。頭、召集掛けた方が早いか?」
「だね。帝王の耳にも入れて置いた方がいいと思うよ。俺も元愛剣達が来たら、合流する」
竜王は軽く手を上げ、エルファンドの部屋を出ていった。
カッツェリーグはエルファンドが寝る向かいのソファに座り、煙草を取り出した。
紫煙を吐きながら、エルファンドの横顔を見詰める。
記憶を持ったまま何度も転生をし、様々な時代のいろんな国を見て来たが、ここまで前世が被った人間達が集まっているのは、始めてだった。しかも、その前世時代はこの地の有史でも良くも悪くも変動があった時代だった。
「――不気味だねえ」
前世の記憶が残ったまま、転生を繰り返しても、未来という化け物は予測出来ない。
カッツェリーグの瞳に、壁掛けの豪華な縁取り鏡が止まった。
「鏡の主よ。これも律なのか?」
鏡の表面が微かに一瞬だけ揺らめいた。
カッツェリーグは溜め息を吐き、エルファンドの横顔を見る。
「――エルファンド。これも律なんだそうだ。互いに難儀な時代に生まれ変わって、出会ったな」
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