第二章 1.5
ミルーナ達が研究所長室に通されると、目の前に普通ならあるはずのない両開きの小窓だけが浮いていた。
ダーリが首を傾げ、小窓をぐるり一周見てまわる。
「なんだ、これ」
ミルーナも不思議そうに小窓をいろいろと調べている。
「なんでこんな所に小窓だけ?」
エルファンドは、自分の足下に違和感を感じ、ニヤニヤしながら、二人を見詰めていた。
ダーリは鎧戸に手をかけ、両開きの扉を開ける。
いきなりその中から、ダーリの顔に向かって、真っ白い長毛で覆われ大きな目が付いた、人間の頭ぐらいの大きさの生き物が飛び出してきた。
「うおっ!」
「なん!」
ダーリの顔にその生き物が当たり、生き物は勢いあまりミルーナにもぶつかり、空中をヨタヨタと漂っていく。
息を吹き出す音と甲高い子供特有の笑い声が、突然、部屋に響いた。
「引っ掛かったあ!」
ミルーナとダーリは慌ててエルファンドを振り返った。
笑いを堪えているエルファンドは人差し指を下に向ける。エルファンドの足下を見ると、紫水晶をそのまま毛にしたような長髪で色白の女の子が、エルファンドの足影からダーリとミルーナを覗き込んでいた。
ミルーナはその青玉のような大きな猫目の幼女を見て、溜め息を吐いた。
「お前か、あの落し穴も」
「だよ。引っ掛からなくてつまんないから、びっくり窓作ったの」
「なんで、お前がこんなトコにいるの?」
その幼女はポンと軽く床を蹴りあげ、白い頭だけの生き物に掴まった。そして、その生き物を抱き抱えたまま、空中を浮遊し始める。
「いいじゃん、いたって。マックスウェルに飴玉もらいにきただけだよ」
エルファンドはダーリに手を貸し、立ち上がらせた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。紫小鬼って、この子の事ですか?」
エルファンドはダーリの言葉に頷いた。
「そう。ミュウ、マックスウェル様に言われてここにいるの?」
「だよ。飴玉くれるから、待ってるんだよ」
ミュウと呼ばれた幼女はエルファンドを見て、大きな二つの犬歯を輝かせながら、屈託のない笑顔を見せた。
「やあ。集まってるね」
その声と共に、右奥の扉が開き、マックスウェルが小袋を手に部屋に入ってきた。
「ミュウ。助かったよ」
「あんだけでいいの?」
「今はね。また、頼むかもしれないけど」
ミュウはマックスウェルから小袋を受け取り、エルファンドを一瞥して、マックスウェルを見る。
「ねえねえ、エルちょうだい」
「エルファンドは物じゃないからあげられない」
「じゃあ、パパとかに教えていい? セアに聞いたらくれる?」
マックスウェルは苦笑いのエルファンドを見て、肩を竦ませた。
「そうだね。取りあえず、セアフィーオ様に聞いてごらん」
ミュウは小袋から虹色の飴玉を取り出し、口に頬張った。
「聞いてみる」
ミュウはそのまま、白い頭だけの生き物と共に、部屋をドアも開けずに出て行った。
ミュウが部屋を出ていった途端、ミルーナがエルファンドを振り返った。
「あれ、なに!」
「どっちを聞いてるの?」
「白頭よ!」
マックスウェルはその姿にクスリと笑みを零した。
「ミルーナ、あれはね、白龍種一種テュンヒュティンフだよ。ミュウ達はテンプタンプって呼んでいるけど」
ミルーナはマックスウェルの言葉に口をあんぐり開けた。テュンヒュティンフはめったに見る事が出来ない珍種だった。地方によっては神獣聖獣扱いされ、信仰の対象となる生き物でもある。
「あが…… なんでテュンヒュティンフが」
「まあ、あまり気にしない方がいい。ミュウの周囲は例外ばかりだから」
マックスウェルは三人をソファに手で勧めた。
「で。聞きたい事ってなに?」
マックスウェルは三人の前に座り、胸下当たりで両手の指先を合わせ、ミルーナに微笑んだ。
ミルーナはエルファンドと話した内容を全て、マックスウェルに聞かせる。時折、エルファンドも口を挟み、ミルーナの話の軌道修正をした。
「――って話になったんだけど、そこに今回の鍵があるような気がするの」
「なるほど。その前に二〜三彼に質問していいかな」
マックスウェルは畏まったままのダーリに微笑んだ。
「君は実際に攫われる現場を見ているんだったよね」
「はい」
ダーリは慎重に頷いた。
「その防御壁が出来る前に、気が付いた事とかなかった?」
「特には…… 捕物を終えてミルーナと別れて、ヤーシャと共に詰所に向かうだけでしたから」
マックスウェルはダーリに頷いた。
「詰所に向かう予定だったんだね」
「はい」
「その攫われたヤーシャとは話とかしてなかったの?」
ダーリはミルーナを見た。
「何よ」
「ミルーナ、ヤーシャがお前の事、本気だったの知っていたか?」
ミルーナはダーリを見詰め、首を振った。
「いつもからかわれてたけど……」
ダーリはマックスウェルを見た。
「ヤーシャはミルーナの事、本気だったみたいで、ミルーナの好きな奴の噂をしてました」
「ミルーナの好きな人の話ねえ。ミルーナは意外とモテるからね」
マックスウェルはエルファンドに微笑み、ダーリを見た。
「じゃあ、歩いていて、気になった事とかなかった?」
ダーリは腕を組み、首を捻った。
「特には…… 多少ヤーシャは落ち込んでいたようですが、それ以外はいたって普通でしたし」
「そのヤーシャじゃなく、周囲は?」
ダーリはしばらく首を右に左に傾げ、いきなり顔を上げた。
「全く関係ないかもしれませんが、通りを変な奴が歩いているのに気が付きました。その直後、防御壁が出来て……」
ミルーナはダーリを見た。
「変な奴?」
「そう。ボロボロの服を着てさ、ヤーシャは乞食だって判断したみたいなんだけど、俺はそれに違和感を感じてさ。確かにボロを着てたんだけど、乞食とは違う感じがしたんだよ。それにもっと違和感を感じたのが、それまで前を歩いていたかどうか、分からないんだ」
マックスウェルはエルファンドを見た。
「見えるか?」
エルファンドはマックスウェルの言葉にギョッとした。ダーリが話始めた途端、エルファンドの脳裏に閃光と共にその場面が再現されていた。
「エルファンドはその乞食、どう思う?」
エルファンドはマックスウェルを見詰め、どう返答しようか悩んでいた。
マックスウェルはエルファンドに再び微笑む。
「僕は今鮮明に見る事出来ないから、エルファンドに見せているんだけど、どう見える?」
マックスウェルはそうエルファンドに答えやすいように、助け船を出した。
「――ヌ・カヤシ」
マックスウェルはその言葉を聞いて、深い溜め息を吐いた。
「――やっぱりそう」
「ヌ・カヤシって、アンデットの古代語だよね」
ミルーナはエルファンドとマックスウェルを見た。ダーリは驚いたようにミルーナを見る。
「アンデット! そうか! なんか気がないと思ってたけど、アンデットなら納得出来る」
「まあ、大筋はアンデットで合っているけど、現代語にはヌ・カヤシに当てはまる単語はないよ」
マックスウェルはミルーナに微笑み、ダーリを見た。
「もう一度聞くけど、そのヌ・カヤシを見た直後に防御壁が出てきたんだね」
「はい」
マックスウェルは溜め息を吐いた。
「たぶん、ここ二〜三ヶ月の行方不明者も同じように攫われている可能性があるね」
エルファンドはマックスウェルに頷いた。
「恐らく」
ミルーナは首を傾げる。
「マックスウェルさんが本当に区壁から防衛壁を張ってるの?」
「厳密にいえば違うけど、発動させたのは僕だよ」
ミルーナとダーリの頭には全く理解出来なかった。
マックスウェルもそれは承知のようだった。徐に立ち上がり、机の上から数個の小石を持ってきた。
「この石は見た事あるでしょ?」
ダーリとミルーナはソファテーブルに置かれた淡い黄色の小さな石を見て頷いた。
「色雨の時に良く降って来るトシイェンですね」
「そう。トシイェンはね、こうやって見ると何の価値もないクズ石でしょ?」
「子供の頃よく集めたけど、綺麗ってだけだし、一緒に降ってくるパルームとかに比べたら、全く貴石としての価値はないんだよね?」
ミルーナはエルファンドを見て首を傾げた。幼い頃、エルファンド達と色雨の後、降ってきた石を集めていた時、エルファンドは貴石の蘊蓄を語り、価値ある貴石だけを集めて、小遣い稼ぎをした。
「貴石としては価値が低いね。ただ、こっちにきて分かったんだけど、術士達はトシイェンを良く欲しがっているよ」
ミルーナはマックスウェルを見た。
「術士には必要な石なの?」
「うーん、全術士が欲しがるわけじゃないけど、プロト系とダーク系は欲しがるかな」
マックスウェルはテーブルの上のトシイェン四石を均等に置き、正方形を作った。その各対角線の中心にもう一つ石を置く。
「この石にね、術をかけると」
マックスウェルはそう言って、真ん中の石に軽く人差し指を触れた。
途端、トシイェンが輝き、薄黄色に光る四角錐がテーブルに現れた。
「これが防衛壁の基本だよ」
ミルーナは不思議そうにその四角錐を見詰めた。
「トシイェンがなくなってる」
「術学的に言ってもミルーナには分からないだろうから、感覚的に説明すれば、石が面に変化したって感じかな。トシイェンはね、術に反応する特異な石でね。防衛壁はこれの応用なんだよ」
ダーリはマックスウェルを見た。
「そんな国防に関わる話をしても大丈夫なんですか?」
マックスウェルはダーリに笑い掛けた。
「ちょっと術学を囓ったり、素質のある人間にはすぐに分かる事だよ。あくまでも基本。これだけじゃ防衛壁にも何にもならないよ」
マックスウェルがトシイェンの四角錐に指を触れると、テーブルにバラバラっと五つの石が落ちた。
「これを見ても分かる通り、防衛壁は地上より上にしか掛かってない。地中までの術対応防衛は、どの国も出来てない。というより出来ないという方が正しいね。地中から術を発動させる事は、人間には不可能なんだよ」
「じゃあ、なぜ、ヤーシャは攫われたの?」
マックスウェルはミルーナに苦笑いを浮かべた。
「防衛壁は、外からの通信術自己移動術以外の術を、防ぐ為に張られているのは、分かるよね?」
「バカにしないで下さい! それくらいは分かります!」
「じゃあ、答が出てるじゃないか」
ミルーナはマックスウェルを見詰め、いきなり手を打った。
「ああ! ってことは、犯人は直轄区内にいたって事!?」
「その術作動時はね。もしくはかなり高度術だけど、時限術を使って、自動的に攫う事も可能かな。まあ、他にもいろいろ考えられるけど、とにかく、中から外への術制御はあまり規制かけてないからね」
マックスウェルは二人に微笑んだ。
ミルーナはマックスウェルに頷き返す。
「ヤーシャがどうやって攫われたのか分かった。なんで攫われなきゃいけなかったのかよね、次は」
ミルーナは窓の外を見て、その攫われる理由を考え出す。
「調べてはいるけど、攫われた同僚の共通点なんてないから困るんだよな」
ミルーナはダーリの言葉に頷いた。
「だよねえ。でも、犯人側は営利拉致でもなさそうだし」
二人は頭を捻り始めた。
↓後書きはこちら!↓
小説『グロッサム』後書き
(剣崎輝のBlogカテゴリーになってます)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。