第一章 4.5
エルファンドは、ティコが引き連れて行く視察救援団を見送り、ダニエとハルシと共にリルエルス庄を後にした。
エルファンドは何度も道を振り返り、リルエルス庄を見詰めている。
「エルファンド、どうした?」
「結局、キースに会えなかった」
ダニエとハルシは顔を見合わせ、馬上のエルファンドを見上げた。
「助けに行ったじゃねえか」
「助けて帰ってきてからだよ。あれから今日までの一週間、最低限の情報しかもらえなかった」
エルファンドは昨日、ミゼルナ家を訪れ、帰城報告序でにキースに面会を申し出てみたが、キースの姉達は顔を見せる事さえ頑なに拒んだ。
「そのキースって子供、まだ、目を覚ましてないって話だけど」
「そう。ずーっと一週間眠りっ放し。ティコさんは心配しなくていいって言ってたけど、眠りっ放しのキースをおいて、視察救援に向かった」
ダニエはエルファンドの険しい横顔を見やる。
「万能医者がそう言うんなら、大丈夫なんじゃないか?」
「エルファンドは、起きたその後が心配なんだろ?」
ハルシの言葉にダニエは馬越しに驚いた。
「は? 起きた後? なんで、心配するんだ? 起きたら普通、順調に回復してくだろ?」
エルファンドはハルシを見詰める。ハルシもエルファンドを見詰めていた。
「ハルシ。なんか知ってるのか?」
ハルシは補助手綱を持ち直し、苦笑いを浮かべた。
「キース君の事は知らないよ。ほら、お前の腕輪と似たような枷を付けているダチがいるって話したよな」
エルファンドはハルシに頷いた。
「確か研究員だったとか」
「そう。そいつもね、ガキの頃、風邪を拗らして、生死を彷徨った事あるんだけど、病気自体は治ったのに、三日間起きない事があってさ。起きたら、今度は人を寄せ付けなくなっちゃってさ」
ハルシは肩を竦ませた。
「後で聞いてみたら、良く分かんねえけど、起きた後の方が大変だったみたい。術力っていうの? それが不安定になっていて、勝手に他人を傷つけちゃったりしたらしいよ。そいつの家は根っからの術士家系だったから、あんまりデカい話にはならなかったみたいだけどね」
「そいつはあれ、魔光界直系術なのか?」
「じゃね? あいつのオヤジさん、魔光界の人間だから」
エルファンドは馬を反転させた。
「ダニエ、ハルシ、悪い。リルエルスに戻る」
「首を突っ込まない」
いつの間にか、エルファンド達の前にマックスウェルが微笑んでいた。
「マックスウェル様!」
ダニエとハルシは目を丸くして、声を上げた。
「一人でいらしたんですか!」
マックスウェルは二人に微笑み、黙っているエルファンドを見詰めた。
「だから、どんな事を見聞きしようが、戻ってくるなって言ったでしょ?」
「――しかし」
「いい、エルファンド。心配なのは分かるけど、戻ったところでキースに何が出来るの? 家族に何が出来るの? ずっと側にいる事すら出来ないのに、それ以上、関わってどうするの?」
エルファンドはマックスウェルを黙って見詰めた。
マックスウェルは軽く溜め息を吐き、後ろを振り返る。
「僕も今日でここに来るのは最後。キースはハルシの友人のようにはならないよ。撫子さんがそうならない為に一つになったんだし。キースに必要なのは、精神的配慮。出来るのは女家族だけだよ」
「どうして、女性家族だけなんですか?」
ハルシが首を傾げた。
「エルファンドがリルエルスを離れた直後に目が覚めてね。その場に駆け付けた自分の父親、兄、ガイルまで壁に吹き飛ばしたんだよ」
エルファンドは脳裏に領警邏達が弄ぶキースの姿が浮び、深く眉間に皺を寄せた。ダニエとハルシは首を傾げている。
マックスウェルはエルファンドの眉間に、口の端を上げた。
「分かった? エルファンド。戻ったとしても役に立たない事。あの子に必要なのは、精神的配慮。キースの家族には訳を話してあるし、ここからはキースと家族の問題だ」
「しかし」
「しかしもへったくれもないの。世話焼きするのは、キース達が直轄区に来てからだって出来る。領分を弁えないと、向こうに迷惑が掛かるよ」
エルファンドはマックスウェルの言葉にハッと息を飲んだ。自分がまだエルファンドとしてここに生まれる遥か昔、似たような事を言われた覚えがあった。
「マックスウェル様は、私を知っているのですか?」
ダニエとハルシは、エルファンドの言葉に首を捻りっ放しだった。
マックスウェルはエルファンドをしばらく見詰め、ゆっくり微笑み掛けた。
「――そうだね。エルファンドが思い浮かべている内の一人には間違いないと思うけど、だからって、過去に縛られる事はしたくないかな。僕は僕。エルファンドはエルファンドでしょ?」
マックスウェルは肩を竦ませた。
「間違えられるのは嫌だから先に言っておくけど、あの驪虎の化け物じゃないよ。魂的には、僕はダニエやハルシと何ら変わらない普通の人間さ。まあ、化け物魂だったらどんなに楽かとは、思った事あるけどね」
エルファンドは驪虎と言われた瞬間に、その人物が頭の中に鮮明に描かれ、そして、候補から外された。エルファンドは軽く首を振り、マックスウェルに苦笑いを浮かべた。
「良く知っていますね」
「まあね。僕自身の生まれもった知識じゃないけれど、いくらでも過去の知識を探し出す事は出来るからね。
いい、エルファンド。
城に帰って養生しながら、領をしっかり立て直す。完治したら、直轄区に戻ってくる。これがお前のやるべき事だ。分かったな?」
エルファンドは最後の一言に、微かな威厳を感じとった。いつもなら使わない口調。その語感には、いつものマックスウェルにはない力が、微量に含まれていた。
エルファンドは口の端を上げ、頷いた。
「畏まりました、術界の帝王」
マックスウェルも軽く笑い返し、スーッと姿が透け、消え去った。
エルファンドは軽く溜め息を吐き、両脇のダニエとハルシを見ると、二人とも口を開け、マックスウェルが消えていった場所を見詰めていた。
「ダニエ、ハルシ。帰るよ」
二人の肩が大きく揺れ、エルファンドを振り返った。
「エルファンド! あのマックスウェル様は意識体だったのか!」
「そうだね。キースを助けた日に帰られてから、一度も身体はここに来てないよ」
ハルシは再び振り返り、首を振った。
「全く分からなかった。多少なりともズレが生じたり、なんかしら違和感があるのに、全くなかった」
「術界の帝王だからね。そうそう見破られたりしないと思うよ」
エルファンドはダニエとハルシに笑い掛ける。
「術界の帝王ねえ…… あの森の精霊もそう言ってたけど」
ハルシはエルファンドを見た。エルファンドは苦笑いを返す。
「ハルシが考えている事で、だいたい合っていると思うよ。私も噂でしか聞いていないから、そうだとも違うとも言えないけど、私の中でもそうとしか考えられない」
エルファンドは肩を竦ませた。
「そうだとも違うとも言えないから、噂の域を出ないって事か。なるほどねえ」
ハルシは納得したように頷いている。
「なんの話だ?」
ダニエは首を傾げ、二人を見ていた。
ハルシは苦笑いを浮かべ、能生天気なダニエを見た。
「気が付かなかったなら、ダニエは気にする事ないよ」
「なんでだよ」
エルファンドはダニエに笑い掛ける。
「知らない方が幸せな事もあるって事。ダニエが知ったら頭が痛くなる話さ」
ダニエは肩を竦ませた。
「これ以上、頭が痛くなるのは勘弁。ここのところ、エルファンドの事と四人組の事で頭がいっぱいいっぱいだからさ」
ダニエは腰袋に手を当てた。
「融合だっけ? それをしてもこの石が必要なんて、エルファンドも大変だよな」
エルファンドはダニエに苦笑いを浮かべた。
「その石が早く要らなくなるの祈っといて。努力はするからさ」
「努力しなくていいよ」
ダニエはニンマリと口を広げた。
ハルシは驚いたように、ダニエを見てしまった。
「何言ってんだ、ダニエ。エルファンドがいつまでも石が必要になるって事なんだぞ。不要になるまで、隊には戻れないんだぞ」
「確かに竜王様の直属隊もいいけど、エルファンドの側にいた方がその倍は面白い」
エルファンドとハルシはダニエの横顔を見詰めた。
ダニエは道の前方を見詰め、口の端を上げながら、顎を撫でた。
「だってよ、考えてもみろよ。竜王様の直属隊とはいえ、側近でも何でもないんだぜ。
このまま上手く行ったとしても、護衛騎士団になれるかなれないかぐらい。確かに他の直属隊に選ばれてない奴等にしたら、贅沢かもしれないけどよ、そんなぺーぺーの直属隊にいるより、自由に動けるエルファンドの側が俄然面白いはずだ」
エルファンドは呆れて物が言えなかった。だが、内心、戦士としての質の高さに関心していた。常に活躍出来そうな場所を探す能力。だから、彼らの上官でもある竜王に一目置かれているのだろう。
「あのなあ、ダニエ。それは口にするもんじゃないよ」
ハルシは苦笑いを浮かべながら、肩を竦ませた。
「なんでだよ」
「エルファンドが困るだろ? 第一、エルファンドは僕らと同じシヴァの金だよ。どうやって徒党組めるんだよ」
エルファンドはハルシの言葉に頷いた。
ダニエは頭を思いっきり掻いた。
「うんなの、分かんねえよ。でも、面白いって思ったのは確かだ。エルファンドは迷惑か?」
エルファンドは肩を竦ませた。
「さあ。ダニエが何を思って面白いって言うのか分からないけれど、ダニエもハルシもいつも側にいてくれるのは、心強いかな」
「だろ? 直轄区に帰ったら、さっそく竜王様に外してくれるよう頼んでみる」
「恐らく外されると思うけどね」
ハルシはダニエに微笑んだ。
「竜王様、言ってたろ? お前達はエルファンドの側にいた方がいいって。それが全てだよ」
ハルシはエルファンドを見た。
「って事だから、これからも仲良くやろうぜ」
エルファンドはハルシをしばらく見詰め、軽く溜め息を吐いた。
「なあ、ハルシ。いつから気が付いていたの?」
ダニエは首を傾げたが、知らなくてもいい話だと判断し、口を挟むのをやめた。
ハルシはそんなダニエに苦笑いをし、エルファンドを見上げた。
「いつだったかなあ。明確になったのは、エルファンドと同じくらいかな。まあ、主が目覚めなきゃ、必要ない事だからね」
ハルシはそう言って、エルファンドに小袋を差し出した。
「本来、お前の首に掛かってなきゃおかしいモノだ」
エルファンドは小袋の中身を見て、ハルシを見詰めた。
「これは……」
「僕が産まれた時、一緒に生まれ落ちた物。腹に抱えてたらしいよ」
エルファンドは小袋から大粒の宝石の付いたネックレスを取り出した。陽の光を乱反射させるアイスブルーのヘッド。エルファンドは懐かしそうに、そのネックレスを見詰めた。
「無くさないように首に掛けておきなよ」
ハルシの言葉にエルファンドは頷き、首からネックレスを下げ、服の下にしまった。
「これからどうなんのかなあ。すげえ楽しみだ」
ダニエは腕を後ろ手で組みながら、前方に広がる田園風景を見詰めた。
「少なくとも退屈はしないだろうね」
ハルシは手綱を握り直し、草刈りをしている人々を眺める。
エルファンドは黙って田園風景を見詰める事しか出来なかった。自分がなぜここに生まれ落ちたのか。今まで辿ってきた道を考えると、楽天的にはなれない。
平和に見えるこの風景にさえ、不吉な微風が吹き始めている気がしてならなかった。
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小説『グロッサム』後書き
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