あいたくて あいたくて 星に願った。
体育館中に鳴り響くボールの音とかけ声。女子生徒がバスケットボール片手に走り回るその光景を満足そうに眺めながら一人の男性教師が中へと入ってきた。
「集合ー」
男性教師の姿を認めた生徒の一人が声をかけると、体育館に散らばっていた女子生徒たちが教師のもとへと集まってきた。
「みんな喜べ、わが校の男子バスケットボール部がインターハイに出場することになったぞ。これで男女共にインターハイ出場だな」
同じ体育館を使って練習をしてきた仲間が全国大会に出場と決まって女子生徒たちは喜びの顔を見せた。
ただ一人、いまいちな反応の女子生徒がいる。
「なんだ和泉、あまり嬉しくなさそうだな」
「あっ、いえ。そんなことないんです」
和泉と呼ばれた女子生徒は手を振って否定したが。
「浩子は彼氏の高校が出ないと嬉しくないんですよ」
と、彼女と同じくらいの背の女子生徒が彼女の肩を叩いた。周りのみんなが一斉に笑い出す。
「もーう、珠美ったらー」
浩子は耳まで真っ赤になりながら否定をした。
練習が終わり、浩子と珠美は一緒に自転車を押しながら帰り道を歩いていた。空は薄灰色の曇り空。今日は七夕だというのに夜もこの天気が続くのだそうだ。
「悟君の県はいつ決勝なの?」
「確か……、今日か明日のようだった気がするけど」
空を見上げながら浩子は珠美の質問に答える。
突然大粒の水滴が浩子の頬に落ちた。水滴は激しい雨となり二人を襲う。
「やばい、夕立だよ珠美」
「あそこのコンビニに入ろう」
浩子とその彼氏――悟――は今遠距離恋愛中である。小学校からの幼馴染で中学校も一緒。バスケットボールに明け暮れた義務教育の九年間だったが、中学三年の秋に二人に大きな転機が訪れた。
二人ともバスケの技術は全国クラスだったので、有名校からスカウトが来たのだが、浩子の高校は京都、彼の高校は愛知だったのだ。
二人は悩んだ末にそれぞれの高校に進学することを決めた。高校の近くで互いに寮生活。二人が出会う機会と言ったら盆か正月に実家に帰ることぐらいしかない。
あともう一つ出会う方法と言えば、全国大会に二人とも出場すること。バスケットボールの場合、夏のインターハイ、秋の国体、冬のウィンターカップと年に三回のチャンスがある。
一年生だった去年は運よく両校とも全ての大会に出場できた。しかし、今年はそうなるとは限らない――。
「浩子はもう悟君にインターハイ出場の報告はした」
髪についた雫を振り払いながら珠美が浩子に尋ねる。
「いや、まだだよ。先に話して彼に変なプレッシャー与えちゃいけないかな……。と思って」
「羨ましいな悟君は、彼氏思いの彼女を持って。私もそんな風に思える相手が欲しいよ」
珠美は店に並べられている雑誌の中からバスケットボールの雑誌を取り出した。
「あーん、愛知県の予選、三回戦までしか載っていなーい」
「えっ? インターハイ予選の結果載っているの?」
浩子が珠美の肩越しに雑誌を覗き見る。
「悟君の清洲大付属は三回戦勝ちましたよ。百十対五十二、ダブルスコア、圧勝ね」
「ほんとだ、すごい……」
スコアしか載っていないその記事を見て、浩子はディフェンス二人のガードをくぐり抜けてレイアップシュートを放つ悟の姿を想像した。彼ならきっと二桁得点の活躍をしたはずだ、と浩子は確信している。
「あ、私たち京都府の予選も載ってる。四回戦までだけど……」
ページを進めた珠美がまた残念そうな声を上げた。
「雑誌の締め切りと予選の日程が合わなかったんじゃないの」
そう言う浩子の視線はまだ雑誌のページに向けられている。
「それはそうだと思うんだけどさ……、こう途中で切られるというのは……、いかにも思わせぶりでさ、どの高校が出場決まったかは来月までお預け状態って感じでもどかしいよ」
パラパラとページをめくる珠美。ふと浩子は視線を上げた。珠美の肩越しに見る外の光景は、先ほどまで地上に激しく降り注がれていた雨がすっかり勢いを無くしていた。
「珠美、夕立止んだようだよ」
浩子の声に外を見た珠美は雑誌を元へ戻した。
「ほんとだ、また降ってくるかもしれないから今のうちに早く帰ろう」
コンビニの外へと飛び出す二人に雨のため体にまとわりついた湿気を拭うかのような爽やかな風が通り抜けていった。
二人が住む寮の隣家の庭がにぎやかな音を立てている。雨が止んだので、七夕の支度をしているのであろう。しかしせっかくの七夕と言うのに、空は厚い雲が覆っている。
「今年の七夕はこのままずっと曇りかもねー」
珠美が空を見上げてため息をついた。
「曇りじゃ織姫と彦星が気の毒だわ」
浩子もぶ厚い灰色の空を見上げる。
「あー、曇っていると会えないからねー。ひょっとして浩子、織姫と彦星が会えないと自分たちも会えないって考えていない?」
珠美がにやけながら浩子の顔を見る。
「もーう、珠美からかわないでよー」
口では否定したが浩子の脳裏にその考えが無かったといえば嘘になる。
夕食を終えると一枚の短冊が浩子に配られた。今日は七夕、笹を庭に飾るので、願い事を書いておけとの寮長の言葉だった。
同じ女子バスケ部の生徒は珠美も含めて「全国大会優勝」だったが浩子は違った。「悟君に会えますように」。
やがて願いを載せた笹の葉が夏の風に揺れる。相変わらず空は曇っていた。すでに日は落ちたため空の色は灰色から街頭の光が混じった藍色へと変わっている。
自室に戻り、浩子は窓を開けると両手を組んで目を閉じた。
(どうか悟君に会えますように……)
浩子が夕食後必ず行っている儀式――。満点の星空が輝く夜も、雨雲が星を隠す夜でもそれは欠かさない。
七夕の願いが叶って、今夜悟が自分に会いに来る――。そんな奇跡は起きるわけがない。夏のインターハイに二人が出場して、少しでも長く一緒にいられることを浩子は願っている。そして、悟も同じ気持ちでこの七夕の空を、星を見ていることを信じている。
今日は織姫と彦星が出会える七夕の日。いつもは梅雨空でもせめてこの日は晴れて欲しいと浩子は願った。天の織姫と彦星が出会い、そして地上の織姫と彦星――浩子と悟――が出会う。
いつしか浩子の脳裏には高校進学前の悟との会話が浮かんできた。
二人は公園のブランコに座っている。
「悟君は愛知、私は京都。お互い離れ離れになっちゃうね」
「これで小学校からの腐れ縁も切れるわけだ」
悟は大きくブランコを揺らした。
「もーう、そんな意地悪なこと言わない!」
浩子も負けじとブランコを大きく揺らす。しばらく二人は無言でブランコを漕いだ。ブランコの板のきしむ音と、錆びた鎖の音だけが春近い星空の下で響いた。
突然、悟がブランコから飛び降りた。浩子のほうを振り向いて叫ぶ。
「浩子、インターハイで待っているからな」
「うん、絶対インターハイで会おう」
二人は互いの顔を見合って微笑んだ。
気がつくと浩子はベッドの上で横になっていた。
(いけない、いつの間にか寝てたみたい……)
窓は開けっ放しにしていたのか涼しげな夏風が緑のカーテンを揺らしている。
窓を閉めようと浩子はよろめきながらベッドから降りた。窓の外では幾つもの点が光っている。
(雲が……)
浩子の目が慣れる。無数の星達が空に光り輝いているのが分かる。天の川が空の真ん中を上下に流れ、それを挟むように織姫と彦星――ベガとアルタイル――が大きな光を放っている。
(織姫と彦星は今頃天の川で会っているんだろうな)
そんなことを考えながら空を眺めていた浩子の背後で、軽快なスカの音楽が流れた。この音を携帯電話から流す人物は一人しかいない。
浩子は電話を取ると
「もしもし、悟君?」
と、喜びの声を上げた。会いたい人から電話が来た――。
『もしもし、浩子か?』
「そうだよ、そっちは晴れてる?」
『天気のことか? まあ晴れているけど……』
「そっか、晴れているんだね」
浩子は悟も同じ星空が見えていることを喜んだ。
『そんなことよりもさ、今日決勝だったんだけど、俺達インターハイ出場が決まったよ』
「え、嘘! ほんと? 嬉しい、私も一昨日インターハイ出場が決まったんだよ。これで私達、埼玉で会えるね!」
今年のインターハイは埼玉県で行われることになっている。
『え、そうなのか? どうして一昨日それを言ってくれなかったんだ?』
電話の向うで悟が浩子を咎める。
「だって……、悟君に余計なプレッシャーをかけたくなかったんだもん」
『そ、そうか……悪いな、変な気を使わせちゃって』
「悟君が謝ることないよ、それよりインターハイ出場、おめでとう!」
『あ、ああ。浩子もおめでとう』
喜びの声が絶えない浩子の部屋に七月の風が優しげに入ってくる。二人は埼玉で会うことを近い電話を切った。
七月七日、天の織姫と彦星は出会えた。だが地上の織姫と彦星が出会えるにはもう暫くの時間が必要なのであった。 |