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奇妙な関係
作:鳥居なごむ



第六話


「とりあえず、電話しないとね」  
 スーツの女は内ポケットから携帯電話を取り出し、メモリーから誰かの連絡先を探し始めた。ややあって「あった」とつぶやき彼女は通話ボタンを押した。
 ――当然、近くからホラー映画の怖い場面でかかりそうな曲が聴こえてきた。
 音のする方へ視線を移すと、パジャマの女がおもむろにズボンのポケットから携帯電話を取り出している。靴はないのに携帯は持ってるのかよ。 
「あ、はい」
 パジャマの女が携帯に出る。スーツの女は明るい声で話し始めた。
 というか、この距離なら直接しゃべれるだろ。
「作戦ウマくいったみたいだから、もうあがってくれていいよ。ありがとうね」
「あ、はい。わかりました」
 俺は目の前で繰り広げられている会話を理解することができなかった。狐につままれたような気分だった。パジャマの女はスーツの女に一礼して屋上から足早に立ち去っていった。
 しばし呆然、すぐに自分を取り戻してスーツの女に詰め寄った。
「おい、頼むから俺が理解できるように説明してくれないか?」
「彼女は私が雇った便利屋さんなの。今回の作戦を実行に移すためのね」
「便利屋?」
 いろいろツッコミたいがまずはここからだろう。
「そうよ、『美人だけどちょっと変わってる女』を用意してもらったの」
 あれは『ちょっと』ではなく『相当』だよ、と俺は独りごちた。
「……あとでその便利屋教えてくれ、本当に便利そうだ」
「ええ、いいわよ」
 すでに現実離れし過ぎていて、なにが正しくてなにが嘘かなんてわかりそうもない。ただパジャマの女もスーツの女も飛び降りるためにここへ来たわけではないようだった。それなら言っておきたいこともある。
「次に依頼するときは飛び降りそうな人の後ろから大声で呼びかけるのは止めるように伝えておいてくれ。俺、それで落ちかけたからな」
「今度、叱っておくわ」
 スーツの女は呆れたような素振りをみせた。
 もうひとつ訊いておかなければならない。おそらくこちらのほうが重要だろうしな。
「作戦ってなんだったんだ?」
「私だって十年間ただ遊んでたわけじゃないわ。リサーチしていたのよ、いろんな人の人生をね。だから、あなたのこともずいぶん調べさせてもらったわ」
 その労力を働くことに使えばいいのになんて口が裂けてもいえやしない。彼女の口振りからして今日の出来事は偶然ではなく必然ということなのだろう。
「じゃあ、今日の出来事は偶然じゃなかったんだな?」
「もちろん」
 彼女はしたり顔で言い切った。予想していたとはいえ、いざ肯定されると俺は驚きを隠せなかった。すべてが用意されていた必然だと仮定すれば、俺は死の淵から人為的に救われたことになる。そして、その首謀者が彼女なのだろう。
「驚いているようね。一生働かずに暮らす方法を知らないって言ったでしょう。実はあれ、嘘なの。本当はすでに見つけていたのよ」
 その言葉で我に返って、俺は彼女の顔を凝視した。まさかとは思うが例の言葉を口にするつもりなのか?
「それって、ええと……」
 あまりにありふれた答えと思い言いかねていると、スーツの女は世紀の大発見でもしたかのようにのたまった。
「結婚よ」
 笑うしかなかったね。腹を抱えて笑う俺の姿を見て、彼女は焦りながら「な、なにか間違ったことでも言ったかしら?」と疑問の声をあげた。だから俺は言ってやった。
「いえ、なにも。あなたはある意味で天才だと思うよ。だからこれまで、そんなに可愛いなのにちっともモテなかっただろ?」
「なっ、し、失礼ね!」
 図星だったようである。彼女は顔を真っ赤にしながら否定していた。
「これから忙しくなるわ。役所に婚姻届を出して、それからあなたに保険に入ってもらわないとね。数年で未亡人にされたら大変なんだから。あと、あなたの母親にあいさつへ行かなければならないわ」
 彼女は淡々と語りながらもどこか嬉しそうだった。
 今日すべてを終わらせようとしていた俺は、奇妙な巡り合わせによって、出会ったばかりの女と結婚することになった。とんでもない話である。それでも俺は、この謎の女との結婚になんの抵抗も感じていなかった。不安より好奇心のほうが勝っていた。いや、それだけではあるまい。いずれ彼女の口から真相を聞ければと思っている。訊きたいことは山ほどあるんだ。
 俺たちは以前にも会ったことがあるのか?
 なにより、どうして俺を選んだんだってな。
「行きましょう、もうここにいる理由がないわ」
 スーツの女は歩き出し、俺はそれに従いついていった。屋上のドアを開きながら彼女は思い出したように俺を振り返った。
「そうだ、まだあなたの名前を聞いていなかったわ」
「十年間なにやってたんだよ!」
「う、うるさいわね。名前なんてたいして重要じゃないのよ」
 俺は苦笑した。まだ互いの名前も知らない相手と結婚しようとしていたのだ。
「大木悟です」
 名乗る俺の顔をみて、彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「あなた、そういう顔で笑うのね。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたけど、今みたいな笑顔は嫌いじゃないわ」
 俺は彼女に続いて屋上を出た。この先どうなるかなんてわからない。しかし、そんなことは重要ではなかった。希望の光などなくてもいい。今日この日に起こった運命の出会いを楽しむだけである。
 地上に降りて空を見上げた。さっきまでと違う景色に見えた。
 明日がある。
 それだけで幸せだった。







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