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奇妙な関係
作:鳥居なごむ



第五話


「つまり、その方法が見つからなかったから飛び降りるという結論に?」 
「ありていにいうとそうなるわね」
 人間失格である。いくらなんでも普通もうちょっとマシな理由があるだろうよ。絶望というほどのものじゃないにしても、少しは辛いとか苦しいとか悲惨を共有できるようななにかがあるんじゃないのかよ。そんなつまらないことですべてを終わりにするなんてあまりに口惜しいじゃないか! 
「本当にそんな理由で飛び降りるつもりだったんですか?」
「そんな理由ってなによ。他人にとってどうでもいいことだって本人にとっては重大なのよ」
 スーツの女はふいっと顔をそむけた。そりゃそうなんだろうけど、今回ばかりは俺の言ってることが正しいと思うぜ。たった一度きりの人生なんだ。やっぱりそんな理由で終わらせるのはなんか違う気がするんだよ。さっきのスーツの女の反応からしてパジャマの女のほうがしっかりした理由を持っているように思えた。人は見た目によらないとはよくいったものである。そのパジャマの女が口を開いた。
「理由を話していないのはあなただけになりましたね」
 正論だった。ただひとつ、俺が彼女の理由を聞かせてもらっていないという事実を除けばな。悔しいのでもう一度だけ訊いておく。
「俺には理由を聞かせてもらえないんですか?」
「はい」
 即答かよ。
 時間だけが緩やかに過ぎていく。
 神様のくれた罰ゲーム、もとい贈り物はいつまで続くのだろう。 
 相変わらず瞳を見開いているパジャマの女とOL風コスプレの女をぼんやりと眺めながら、俺はいろいろな出来事を思い出していた。この二人にからまれなければ飛び降りる理由をじっくり思い出すこともなかっただろう。
 父が亡くなったのを機に母まで調子を崩し、今ではほとんど寝たきり状態で完全介護がないと生きてさえいけない。まだ六十にもなっていないのにだ。介護と仕事で疲れ果ててしまい、とうとう俺は母を手にかけようとしていた。思い出すだけで冷や汗が出る。薄暗い部屋でふと我に返った瞬間を今でもはっきりと覚えている。君がいなくなれば母親はどうなるんだなんて常識的な模範解答を示してくるやつがいたら、俺は遠慮なくそいつをぶっ飛ばしてやる。そんなことはわかっている。でもどうにもならないんだ。
 俺の理由も他人からみればつまらないものなのだろうか?
 不意に、俺は現状を打破できる考えを思いついた。
「そうか、わかった。矛盾してたんですよ、もっと単純に考えればよかったんです」
 スーツの女とパジャマの女は顔を上げてこちらに注目した。
「俺たちは別に集団で行動する必要はないんですよ。パジャマのあなただけ残って、俺たち二人は別の場所へ行けばいいんです。それですべて解決ですよ」
「あなた、いまさら当たり前のことを得意気な顔で言わないでちょうだい」
 もう限界だ。泣き散らかしてやろうかと思った。俺の扱いひどすぎるだろ。理不尽にもほどがある。当たり前のことを言ってるのは百も承知だった。だがしかし、今の俺たちに必要なのはその当たり前の行動だろうと言いたいのだ。
「そんなことより、あなたの理由を聞きたいわ」
 俺の意見を「そんなこと」で片付けるな。頼むから俺の話も聞いてくれ。
 嘆いたところで話は終結しないからな。少しためらったが隠すような内容でもない。
「母の介護と仕事に追われる毎日に疲れてしまったんですよ」
 俺は真実をそのまま口にした。パジャマの女が初めてその大きな瞳をぱちくりと瞬きした。スーツの女はさらっと言う。
「あら、そんな理由で飛び降りるつもりだったのね。残念だわ」
「……」
 あなたにだけは言われたくない台詞です! 口には出さず俺は心の中でおもいっきり叫んだ。なんかもう抵抗する気も出ないほど疲れた。どうにでもなれだ。
「それなら名案があるわ」
 スーツの女はなにかをひらめいたように指を立てて言った。できれば聞きたくないんだが、俺は仕方なく合いの手を入れた。
「……どんな?」
「私があなたの母親を介護する、そのかわりあなたは私を養うの。もちろん、途中で契約違反をされたら困るからそれなりの手続きは踏んでもらうけどね」
 もっとわかるように説明してくれ。さっぱりわからない。
「……あのう、言ってる意味がわかりません」
「あなた、もしかしてバカなの? とても簡単なことじゃない。あなたは仕事だけをする、私はあなたの母親を介護する。あなたは時間の余裕ができるし私は一生働かずに済む。そうすれば、お互いに飛び降りる理由はなくなるわ。ついに一生働かずに済む方法を見つけたのよ」
 スーツの女は嬌声をあげた。
 天然なのか、こいつ。彼女は一般の男女なら誰でも思い至るようなことを得意気に語り出したのだ。さっき俺にひどいダメ出しをしたくせにな。とはいえ、理屈ではスーツの女のいうとおりだった。もしそうなれば俺も彼女も飛び降りる理由がなくなる。
「それとも私じゃなにか不服でもあるのかしら?」
 返事を渋る俺にスーツの女は小悪魔的な笑みをたたえて俺を急かした。
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて」
「それなら決まりね」
 ウインクするスーツの女の顔が印象的だった。記憶が揺さぶられる。
 ひょっとして俺はどこかで彼女に会ったことがあるんじゃないか?
 ああもう、なんでもいいや。俺は諦めた。成り行きに身を任せてやる。
 しかしそうなると、ひとつ問題が残る。
「俺たちは解決したとしても……彼女はどうする?」
 俺は話に置いていかれた感のあるパジャマの女を指差した。
「ああ、そうね。忘れていたわ」
 おいおい。
 一番インパクトのある人物をよく忘れられるものだと感心した。







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