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もう、死んでるじゃん
作:ヒュンケル



・中編


――――気付けば、家の中が真っ赤に染まっていた。

 ただの素っ気無い部屋が赤い水溜りで埋め尽くされる、壁にも同様に赤い水が付着している、俺は一瞬何が起きているのか理解できなかった、ただ、先ほどまで父に殴られていた体がズキズキする、それですぐに父の存在がなくなった事に気付くと。俺の体に電流が走る。
 俺の目の前に、赤い水溜りの中心に力なく倒れているのは、紛れも無い父だった。
 その倒れている体の一部一部がおかしい、五本あるはずの指、その右手には新しい六本目の指が赤い水を噴出しながら生えている。腹からは長いウインナ―が嗅いだ事のない匂いを漂わせて、赤い水溜りにつかる。顔にはまるで包丁か何かが突き刺さったような後が幾つも幾つもあり、そこから赤い水がブクブクと溢れている。顔面が半分ほど陥没しており、眼球が片方が飛び出して、もう片方が原形を留めずに潰れている。頭からぐちゃぐちゃになったプリンが飛び出し、喉からは骨のようなものが姿を現して、真っ赤な水を音を立てるように噴出していた。

 電流が走り、脳の神経が完全に停止してしまったようにぼうっとした、気付くと右手には真っ赤なハサミが握られている。そこで、俺の記憶がようやくまとまりを始め、記憶が思い出されてくるのと同時に、体がブルブルと震えてきた、恐れからではない、喜びから来る震えだ。

―――――ああ、そうか

 脳にフラッシュバックのように流れる映像。
 罵倒する父、馬乗りになり殴り続ける父、もう死んでしまえと叫んだ父を――――

―――――手にとったハサミで、汚い目玉に突き刺した

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 汚らしい絶叫が俺の心をどんどん冷静にさせてくれる、聞いた事がある音が耳に入る、カエルが自動車にひき潰された時に確かに耳にした音だ。まだ馬乗りになっている父の目玉をもう一度突き刺した。絶叫を繰り返しながら何度も何度も狂ったように殴り続ける父と、冷静にハサミを突き刺し続ける俺、とても愉快だ。ずちゃずちゃとリズミカルに鳴り続ける音楽は止まる気配を見せずに奏でられる。
 殴られる痛みなどどうとも思わず、ハサミを持つ右手に力をありったけこめ、何度も何度も、その目玉にハサミを突き刺す、突き刺す、突き刺す、突き刺す、突き刺す、突き刺す。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も! キツツキのように繰り返し突き刺し続け、父の眼球からは血と涙と、何か分けの判らぬ液体を撒き散らせながら絶叫を続けて俺を殴る。

―――――もう飽きた

 もう眼球という物体は白と赤の液体に変わり、俺の顔に垂れてくる。
 俺はもう一度右手に力を込め、今度は、父の振り上げる右手にハサミを突き刺した。小指の付けね辺りの肉が裂けると、そこからもう一本の指が飛び出してきた、血肉という名の指が現れだすと、父は暴力を止める。恐怖で引きつるような顔でその手を見ていると、俺は父の体を突き飛ばす、無様に仰向けに倒れた父の体の上に俺が父のように乗る、馬乗りの体勢に入ると、手に持つハサミを容赦なく振り落とした。

 脳味噌をぶちまけ、腸をぶちまけ、喉笛を突き刺し、顔面がへこむほどハサミで突き刺した、何度も何度も。その時の気持ちが恐怖ではなく喜びだった事を、愉しかった事を俺は覚えている。
ああ、気持ち良過ぎる。気持ち良過ぎて射精をしてしまうほどの高揚感、父の体をハサミで突き刺すのが楽しかった。気付けば放心状態となって夢の世界、目が覚めれば素晴らしき現実が待っている。

―――――ああ、そういうことかい

 一つの確信に出会う、それは腐った人間を修正するための方法、こんな理不尽な生活から別れを告げる天使の助言だ。どうしてこんな簡単な事が思いつかなかったんだろう? どうしてこんなに気持ちの良い事だと気付かなかったんだろう? 
 そう思うと俺の脳裏に完全に浮かんだ言葉、それは次の日に実行しよう。

―――――腐った人間を修正する


 その日の夜は父と一緒の布団で寝た、よく考えてみれば、父とこんなに仲良く眠るのは母と父が仲が良かった頃だ、俺が生まれた時、俺がまだ小さかった時、それ以来だっただろう、腐りきった鉄の匂い、どんどん酷くなる腐臭も、赤黒く変色した血も、そのどれもが俺にとっては良い精神安定剤だ。


 次の朝、俺は朝目が覚めると、すぐに鞄の中に調理器具を入れて、父に行ってきますと告げてから学校に向かう。今日は天気が曇っていた。
いつもは嫌だった学校も、今日は何故か早く行きたくてうずうずする程だった。学校に着き、教室の中に入ると、すぐに腐ったガキどもが俺に群れてくる。

「おい、お前昨日、俺等の事を担任にチクったろ?」
「今日さ〜、放課後一緒にあそばね?」
「今日からテスト期間中だしさ、皆すぐ帰るから、学校で俺等だけで遊べるぜ?」
「逃げたらどうなるか判ってるだろうな!? ちゃんと残ってろよ!?」

 当然だろ、逃げるわけないだろ、だって俺は昨日、とても楽しい方法を覚えたんだ、それをしなくてどうする?
俺が喜びに震える声を抑えて頷いた、腐ったガキどもはビビッているのだと思ったのか、腐りきった耳障りな声で高笑いをしている。笑いそうなのは俺の方だ。教室に担任が入ってくると腐ったガキどもは俺の前から消えて自分の席に戻る。早く放課後にならないかな?

 放課後、外は土砂降りの雨だった。
 予想通り、腐ったガキどもは俺に群がった、テスト期間中ということもあって他の生徒達は土砂降りの雨の中、走って家に帰る、教師も全員、テストを作るので忙しいから職員室にでも行っただろう。

「あっれれ〜? もうこの階の教室や廊下には俺たち以外だれもいないや〜」

 汚らわしい声で語りかけてくる、俺は鞄を手にしっかりと持っている。

「どうでもいいけどさ、こいつさっきからダンマリだからウゼェんだけど、さっさとぶっ殺そうぜ」
「おお、ぶっ殺すぞ!」
「へへへ、泣いて喚いても簡単にはやめないぞ!!」

 腐ったガキどもはそう言って、俺の腹や顔を何度も何度も殴ったり蹴ったりしてくる。痛くないなんていったら嘘だが、昨日の父の拳よりはまったく痛くない。それどころか、とても気分が良くなってくる。
そもそもこいつらはクズばかり。一人では何も出来ず、仲間が多くないと何も出来ない役立たずの集団だ、誰かをイジメないと気が収まらない、ある意味性行為にも似たような、毎日毎日激しさを増して暴力や罵倒を繰り返す日々をこいつらは、いや、存在する似たような存在のクズどもがそんな日常を当然の事として愉しんでいる。そんな臆病者たち、そんな腐ったクズたちを、俺は修正してやる。何度も何度も狂ったように、ワンパターンな暴力を繰り返すうちに、何だか酷く滑稽に見えてきて笑えてきた。

「なに笑ってんだよ! 気持ち悪い!」
「泣き叫べよ! ママ―、パパ―って助けでも呼べば?」
「うわーん、誰か助けてよ〜ってか!? マジ笑えるんだけど!」
「っていうかさ、お前本気で気持ちわるい、頼むから死んでくれよ?」

――――――ナニ?

――――――シンデクレ?

「そうだそうだ! おら! こいつが! 死ね死ね!!」
「しーね! しーね! しーね!」
「ひゃははは、こいつの顔マジおもしれぇ! 顔真っ青でやんの!」
「ショック死でもすれば? ひっひっひ」

 全身の血の流れが止まったように、体中が痺れてきた。汚らわしい声で叫ぶクズどもの口から、昨日の父と同じような言葉が飛び出してくる。こいつらは、こいつらは俺の日常を奪う気か!? 俺の命を奪ってまで愉しみたいか!? そんな事させるか! そんな理不尽な事は許さない! 俺だけ愉しめばいい! こいつらにそこまでの自由は与えない! 許さない、許さない、許さない許さない許さない!!
 手を伸ばせば俺の鞄。その鞄の中に――――手を突っ込んで、それを俺は思いっきり、目の前に居る腐ったガキの一人の足に突き刺した。

「――――――へ?」

 マヌケな声、ザクッという気持ちい音が響くと、そのガキや周りのガキが俺を殴るのをやめ、その足に突き刺したガキを信じられない表情で凝視していた。すると、突き刺されたガキが泣き喚く。

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!? ほ、包丁がぁぁぁぁぁぁ!?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、何しやがるテメェ!!」

 手には家から持ってきた包丁、包丁の先には腐ったガキの腐った血と肉がこびり付く。
こいつらに俺以上の愉しみを持っていかれるものか! 俺だけが愉しめばいい! 俺だけの、俺だけの自由をこいつらガキに渡すものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
 その瞬間、昨日のように、視界がブラックアウトした。

 ただ理解出来るのは、俺が――――――


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



―――――とても清々しい気分だ。
 
 土砂降りの雨の中、気付けばそこは学校の校庭の中心で、俺は両膝を立てて、天にこれでもかと言うほど両手を伸ばし、高らかに狼のように、まるで遠吠えのように笑い続けてる、土砂降りの雨の音で俺の笑いは掻き消されているだろうがな。膝元にはうつ伏せに倒れた誰か、おそらくは《人間》だろう、背中が俺の包丁でズタズタにされたのか、肉と血が飛び散っている。
俺の制服が血と肉と泥水で真っ赤だ。でもそんな事は関係無しに、俺は笑い続けた。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 もう誰も俺の邪魔はしない! 俺の今までの生活から別れを告げられる! 幸せだ、幸せだ幸せだ幸せだ!! もう誰も俺に指図はしない! 俺を殴っては来ない! 俺は、俺は!! 幸せになった!
血と肉でさびた包丁の先は折れている、この《人間》の背中にでも埋まってしまったか? 関係ない、そんな事、もう全てが関係ない! この世界は腐っている、腐った世界に用はない、俺はこれから、世界を修正する旅に出なければ。


「―――――え?」


 視界に何かが映った、一瞬、その何かが理解出来なかった。ただわかる事は、俺の幸せな時間を邪魔する奴が現れたという事、俺の幸せを、俺の新しい人生をぶち壊しに来た邪魔者という事!!
だが不思議な、奇妙が、恐ろしい! これは俺の前にいつの間に現れたのか? もしかしたら始めからそこにいたのか?

―――――この、黒い人間は、一体いつから、俺の目の前に立っていた?

 気持ち悪いほどに真っ黒な髪、まるで命でも吸い取るかのような真っ黒な目、死神のように真っ黒な服、この土砂降りの中、何故かこの黒い人間は濡れていない。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ!!

 その瞬間、土砂降りの雨がピタッと止んだ。


「――――自己紹介、俺の名前は黒乃くろのだ。始めまして、手遅れな《人間》」












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