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もう、死んでるじゃん
作:ヒュンケル



・前編


――――とても清々しい気分だ

 土砂降りの雨の中、俺は高らかに狼のような遠吠えをするように笑う。学校の校庭の中心に両膝を立てて、両手を天にこれでもかと言うほど伸ばしながら、俺は愉快に、愉快に愉快に愉快に愉快に、まるで永遠に止まる事の無い狂った目覚し時計のように笑い続けた。
 俺の膝元には無力にうつ伏せになって倒れている《人間》。俺と同じ制服の《人間》。
 白いYシャツを着ているはずのその背中が真紅に染まっていた、Yシャツが無惨に破れ、中からぐちゃぐちゃになった背中の肉と骨と血が飛び散り、泥水と血と肉が俺の制服に飛び散って酷く汚れる。
だがそんな事も関係無しに俺は笑う、笑う、ワライツヅケル。うつ伏せに血塗れになって倒れている《人間》の横には赤黒く変色した包丁、もう豪雨によって血は洗い流されただろう、だが包丁の刃の先が欠けている、まるで何かを突き刺して引き抜こうとしたとき、何かに引っかかって、誤って折れてしまったように。

――――これで俺は幸せになれる

 土砂降りの雨の中、俺は人生の素晴らしい転機を迎えたようだ。今までの辛い生活からおさらば出来る。今まで俺を馬鹿にしてきた奴も、俺を殴って来た奴も全員! 全員全員全員!! 全員が俺に恐れを抱いて何もしてこなくなる!! 倒れている《人間》の背中から噴出す血は止まる事無く、俺の制服を汚していく。もういくら洗っても落ちないくらい、この無様な《人間》の血と肉と泥水は俺の制服に染み付いた。


――――気付けば、黒い人間が俺を見ていやがる




――――――――




 理由なんて些細な事でしかない。
 この世界は腐りきっている。汚く、醜く、下品で卑劣で醜悪なる人間どもの所為で、世界は毎日、休む事無く腐敗を続けていく。楽しくもない高校生活、汚らわしいガキたちと毎日暮らし会う生活は俺にとって苦痛でしかない。
 毎日、自分の教室に入るたびに調子に乗っているガキ達が俺に群れてくる。群れてくれば耳障りな声で俺を罵倒し、罵り、何も反応しなかったら殴ってくる、何か反応したって殴ってくるのだから厄介だ。周りにいる女子や男子も、関わりたくないのか見て見ぬフリをして俺を助けない。人間なんていつもそうだ、自分にメリットのある事はあっても、デメリットになることは絶対に避けようとする。俺を助ける、庇うという行為はデメリットでしかないのだろう、最悪だ、人間はいつも自分のことばかり、困っている他人などは平気で見捨てる、例えそいつが自殺やらなにやらで人生を駄目にしてしまうとしてもだ。
 そんな腐ったガキどもの腐ったイジメは毎日毎日続いていく、先生の目に付かない所で、先生が来ると判るとすぐに俺から離れていく。
 いつの日か、俺は担任にイジメられていることを打ち明けた、担任はそれを重く受け止めたのか、すぐに腐ったガキどもに事情を聞いた、この高校の校則では、『いじめをした奴は退学』と、かなり厳しい、だが、ようはイジメさえなければいい、イジメさえしなければ問題はないのだ。だが腐ったガキどもはそれを恐れずに、退学という自殺願望があるかのように毎日俺をイジメて来るが、それも今回で御終いだ、そう俺は安心した時、担任から思いも寄らない言葉を聞いた。

「古田、さっき彼等に事情を聞いたけど、誰も君をイジメていないっていうよ? それに皆、君と仲良くしているっていうじゃないか、これは一体どういうことだい?」

―――――ナンダト?

「念のため、他の生徒にも聞いてみたけど、誰も君が彼等にイジメを受けているなんて言っていない。皆、君は彼等と仲良く遊んでいるっていうよ? まったく、古田の勘違いだよ、あはは」

―――――カンチガイ?

 耳を疑う言葉がいくつも担任の口から飛び出してくる。奴等は事前にこういった場合が起きるために、念のために口裏合わせをしたり、周りの生徒を脅して誰も本当の事を喋らせなかったんだ。
腐っている、腐っている、奴等は完全に腐っている、そんなデマを信じる担任、貴様も腐っている! 脅されて真実を語らない奴等も腐っている! 人間はどいつもこいつも腐っている!
腐っている腐っている腐っている腐っているくさっているくさっているくさっているクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイルクサッテイル!!

「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 何かが切れた、俺の中の何かがブチっと音を立てて切れた。俺は狼の遠吠えのような絶叫と涙を流しながら吼えた、担任が慌てふためいて何かを言っているが、もう何でもいい、よく判った、お前らクズどもの事は良く判った。お前ら人間などもう必要ない、お前ら腐った人間なんか文字通り腐りきってしまえ!! もう俺は誰の助けもいらない、一人で生き残ってやる、一人で絶対に、絶対に絶対に絶対に!

 家に帰っても誰もいない。両親は俺が小さい頃に離婚し、今では俺と父の二人暮しだが、父は毎日夜遅くに帰ってきては酔っ払って帰ってくる、毎日毎日寝ている俺を叩き起こしては仕事でのストレスとかで罵倒し、暴力を振るって来る。
 もうこんな生活もコリゴリだ、俺は今日、学校で腐りきった人間を改めて理解した。今日、家出する事を決意する。
 家に帰るとすぐに父の隠しているへそくりを奪う、布団の中とか、タンスの中とかに隠しているのだから判りやすい、しかも父は銀行をあまり使う人間ではないので、財布の中には金がぎっしり詰まっている、とはいってもそれほど多くもなく、貧乏な生活なのだが、探し出したへそくりだけでも10万以上はあった。後は鞄にでも適当な役に立ちそうな道具を詰めて、このまま家を飛び出そう、そうすれば腐った学校からも、腐った家からも逃げられる、その後の事なんて考えてもしょうがない、とにかく早く、一秒でも早くこの場所から、今までの生活から逃げたかった――――――
その時だ、突然、家の扉がガチャっと開いた、俺の体は突然の事に硬直し、激しい恐怖に体が震えだした、何で、どうして? いつも夜おそくに帰ってくる父が、こんな夕方に帰ってくるんだ!?

「おい、拓、お前、そこで何をしている!?」

 いつもに増して激昂している、表情はまるで盗人を見るような軽蔑し、そして激怒していた。
俺が鞄の中に父のへそくりを入れている所を目撃された。父はすぐに俺に迫ってくると、顔面を思いっきり拳で殴ってきた、俺は力なく床に転がり、痛みで痺れる顔を両手で必死に抑えながら、焦る気持ちを抑えて体を低く起こして家の中を無様に、マヌケに逃げようとしていた。後ろからは何かを怒鳴っている父が俺の背中を蹴り飛ばす、痛みで背骨がヘシ曲がるかと思うも何処かへ走ろうとするも、体は意思とは関係なく前に倒れ込んでしまう、思いっきり倒れた瞬間、顔面に更なる痛みが走った、たまたま前にあったテーブルの角に倒れた時に顔面を思いっきりぶつけたのだ、目からは痛みで涙が流れ、鼻と口から血が噴出す。父はそんな事おかまいなしに俺の体を仰向けにすると、馬乗りになって俺を殴りまくった。体中が激しい痛みで痺れてくる、骨がギシギシと音を立てていつ砕けてもおかしくはない、顔面を殴られると視界が暗くなる。父はそんな俺をただ怒りながら殴りつづけて、罵倒を浴びせつづける。

――――この親不孝者め!!

――――どうして生まれてきたんだ!!

――――いつも一人楽しく過ごしやがって!!

――――俺の気持ちが貴様にわかるか!!


 罵倒がどんどん激しくなる、俺はそんな事言われたってどうする事も出来ない、それよりも痛すぎる、許して、許して、もうやめて、もうやめて、そう呟いても父は罵倒を止めず、
俺は、最後の父の罵倒を聞いた時―――――気が狂った。


――――お前なんか、死んでしまえばいい!!


――――オマエナンカシンデシマエバイイ?

 その言葉を聞いた瞬間、俺は痛みや苦痛など忘れてしまった、ただただ、蓄音機から繰り返し流れるように延々と同じ言葉が無限に続いた。俺の右手に何かひんやりとしたモノが当たると、俺は自然とそれを握っている。

お前なんか死んでしまえばいい!お前なんか死んでしまえばいい!お前なんか死んでしまえばいい!オマエナンカシンデシマエバイイ!オマエナンカシンデシマエバイイ!オマエナンカシンデシマエバイイ!オマエナンカシンデシマエバイイ!!!!!!!!


ずちゃ


 カエルが自動車にひき潰されたような音が聞こえた。

 その瞬間―――視界がブラックアウトした。












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