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町民C、勇者様に拉致される  作者: つくえ
その後の話
3/4

猊下、いろいろと疲れる

エンディング後、星都に残った神官の話です。

 

  

「今ですね、世界樹わたし、ただの芽になっちゃってるんです!」

 踏まないでほしい、あと、たまに水をやってください!

 

 そういえばそんなことを世界樹が言っていた、と思い出したのは二人が旅立った翌日だ。

 おりしも農作物に関する書類を読んでいるときだった。

 世界樹も分類的には植物に入るのか、と考えたところで思い出したのだ。彼女にとって世界樹と人間の肉体と、どちらが本体なのか。恐らく本人にも分かっていないに違いない。聞いてもきょとんとされるのがオチなので、結局聞かなかった。


 セイヒツの間は、現在立ち入り禁止としている。星原樹がなくなったのは、一目でわかるが、あの場所付近の建築装飾も価値が高い。それらを調査するまで保留としているためだ。しかし、調査するにも、民の生活の立て直しのほうが先決だ。しばらくは無理だろう。なので、結界により強引に封鎖している。


 小さいから踏まれるというその可能性はないだろう。ただ、踏みつぶされる危険性は低いとはいえ、もう一方の要求が気になる。水をやってくれというほどだ。頼りない大きさなのではないか。芽に何かあれば、彼女のほうにも何かが起こってしまうかもしれない。

 早めに見に行くしかないだろう。


 読んでいた書類をひとまず処理し、決済済みの箱へ投げ込む。そろそろ箱が溢れそうになるのをみて、控えていた秘書官がさっと空き箱に取り換えた。

 とはいえ、処理が済んだ書類は、ほんの一部だ。目の前の書類の山を、上から順番に処理していくことをあきらめる。


 時間ができたら見に行くという、悠長なことは言える時期ではない。

 忙しいときの空き時間というものは、捻出して作るものなのだから。

 今はちょうど来客が途絶えている。これを逃せば次の機会はないだろう。

 積まれた書類を手早くめくる。

 速読は得意だ。簡単に流し見て、最速の処理が必要なものにサインを記し、他のものは一時保留とした。これからさらに書類は増えるだろう。実際、現状だけでも辞書が五冊はできる多さだ。

「席を外します」

 机回りをてばやく片づけ、秘書官へ声をかける。

「どちらへ」

 秘書官の視線が、書類の山に釘付けになっている。仕事がたまっているのは重々承知だ。

「セイヒツの間です。護衛は第二回廊までで構わない。すぐに戻ります」

「かしこまりました」

 立ちあがれば、正装用の法衣を差し出された。余計な装飾で重い服は好みではないが、権威には箔付が必要だ。しかたなく纏う。

 扉まで行けば、さっと侍従がそれを開く。私は鷹揚に礼を述べる。

 扉ぐらい自分で開けられるのだが。

 部屋から出るだけでこれだ。

 あまりの面倒くささに、転移式を研究しておいた方がいいかもしれないと、真剣に考える。

 始原しろの勇者は、星語なしで転移を使用していた。

 音声に頼らないとすれば、おそらく記述式の韻律を使用していたに違いない。だが、今の世では記述式は資料がほぼないに等しい。紅蓮あかの大神官が残した日記に、わずかに触れられていたぐらいだ。記述式の術も、あえてこの時代に残らないよう、歴史を操作し、握りつぶしたのだろう。なにか不都合があったに違いない。

 一口に神殿と言っても広い。

 もっともセイヒツの間に近いこの区画でさえ、歩いて一刻はかかる。

 たびたび世界樹を見に行くなら、本気で転移式を研究してもいいだろう。

 しかし、ないものをねだっても仕方がない。

 現状は歩いていくしかないのだから。

 そして、もう一つ必要なものがあることを思い出した。

「すみませんが、君」

 扉の前にいた神官へ声をかける。声をかけられた神官は、あからさまに緊張し、震えていた。いかつい外見の男性神官が怯えたように私を見た。

「頼みがあります」

「は、はい」

 大神官、という身分以上に変化した私の容姿は、想像以上に畏れられているようだ。まっすぐ目を見て話す人間のほうが少ない。

 始原しろと同じ、白い髪と目は明らかに自然に存在しない。直接神の影響を受けた証でもある。だが、恐怖されすぎても、崇めすぎられても困る。

 国と神殿は対等であるべきだ。冷静に観察し、どこまで畏れられるべきかを検討しなければならない。

 ……考えることは山積している。ため息をつきたい心境だが、人目があるところではそれもできない。それさえも現状では妙な憶測を呼ぶのだから。

 じっと見つめていると、どんどんと目の前の神官の顔色が悪くなる。思考に入ってしまっていたか。

 気を取り直して、頼みごとを口にする。

如雨露ジョウロを持ってきてください」

「……は?」

 ぽかんとされても困る。必要だから頼んでいるのだから。

「如雨露です。お願いします」

「は、はひ!」

 目線を合わせて強く頼めば、神官は飛び上がって駆けて行った。

 廊下は走らないでほしい。口にすると、相手がさらに委縮しそうなので、言わない。

 このあたりにいることを考えれば、駆け出しではないだろうに。廊下を走らないということが、頭から飛んでいるようだ。

「猊下とジョウロですか。なかなかシュールな組み合わせですな」

 笑う声に振り替えれば、師匠がいた。背後に数名の神官を従えている。各々が手に持っているのは……書類だ。どう考えても私のところへ持ってきたものだ。

 私は書類を見て、師匠を見た。

 二人で視線を合わせ、同時ににっこりと笑う。

「書類ですか」

 今から出かけるところです。そう言外に匂わせば、

「そうです、猊下。ときに、お出かけですかな?」

 見てわかることをあえて言われる。この人が持ってくるのなら、面倒くさいもののはずだ。正直、奪い取って、書類を窓からばらまきたくなるほどの。

 扉の前からなかなか動けない。

「水やりに行ってきます」

 私の言葉に、一瞬沈黙が広がった。

「猊下……水やり、ですか」

「ええ、水やりです」

 それが何か、とやけになって笑顔を振りまけば、

「お疲れなのですね」

 と沈痛な表情で同情された。同情するなら時間をくれ。とっとと行って帰ってくるから。

「猊下! ジョウロです!」 

 先ほどの神官が息せき切って走ってきた。

「ありがとう。これはしばらく借りっぱなしになりますが、いいですか?」

「猊下のお役にたつのでしたら……!」

 妙に感動された。

 借りた如雨露はかわいらしい桃色で、片手に収まる大きさだ。しかも花柄の絵が描かれている。どこから持ってきた。眺めていると、名前が書いてあった。この名前は確か……

「私物です!」

 そう、この神官の名前だった。

「では、ありがたく借ります」

 私物か。私よりも年上に見える男性神官の趣味が、いまいち理解できない。世間は広い。

 それにしても、木の芽にはどれぐらい水をやればいいものか。薬草学は学んだものの、園芸については興味が持ったことがない。また調べることができてしまった。

「急ぎですが……気分転換してきてください」

 師匠や皆の視線が微妙にぬるい。我ながら正装に如雨露はシュールだと思う。神子が見ればすかさず突っ込みが入ったに違いない。

「では、いってきます」


 部屋を出るだけで疲れた私を待っていたのは、さらなる試練だった。

 

 セイヒツの間は、相変わらず静かだった。

 芝生の広場がぽっかりと穴のように開いている。

 星原樹が垂れ下がっていた為、今まで空は見えなかった。初めてここから見る空は、ふんわりした白い雲を浮かべていた。

 星原樹がなくなった今、あの人を拒絶する圧迫感は消え、妙にのんびりした雰囲気が漂っている。彼女の気質に影響されているのだろうか。

 ともかく目的を果たそうと、あたりをさまよう。世界樹のあった場所へ行ってみても星櫃があるのみで、芽が見つからない。

 困惑した私は、『目』に頼らず、星術を使うことにした。最近は新星術のみを使用しようと心がけている。旧星術は消えるべきだという意見にはおおむね同意であるためだ。


「Jmnw Ksh Shms(呪文を開始します)

 Knsk(検索)

 K-d【0/Skj】 W Chshts(コード【0/世界樹】を抽出)

 Hnn H 【5/Dshnnknn】 W Chshnnn 200 Nm(範囲は【5/大神官】を中心に200のみ)

 Jmnw Shry Shms(呪文を終了します)」


 該当箇所が判明した。自分よりおおよそ……三歩横?


「小さ……い……」


 芝生に負けている大きさの世界樹に、思わずつぶやいた。双葉と言っていた気がするが、それは控えめな表現だろう。


 どう見ても、発芽したてな大きさだった。

 あの子はやはり表現方法に問題がある。小指の爪より小さい。芝生に埋もれて、雑草と言われても納得しそうな状態だ。


「mz(水)……」


 星語をつぶやけば、如雨露に水が満たされる。

 とりあえず、水をやっておこう。如雨露の先端の目は細かく、柔らかい水の筋が、世界樹の芽に注がれる。

 全身で水を受けている芽を見つつ、

「そのうち標識でも立てておくか」

 当面は自分が踏まないように、横に如雨露を置いておくのが有効だろう。

 かつてのように天を突く樹になるのは何年後か。

 私の寿命が延びたのは、幸いなことかもしれない。

「気分転換にはなるか……」

 人目のあるところでつけない溜息を盛大にもらし、いつの間にか空になった如雨露を隣に置いた。

 

 

 

 数日後。

「園芸の本を持ってきてください」

 そう秘書官に依頼したところ、猊下は大変お疲れのご様子だと噂が広がったらしい。

 植物に癒しを求めているとか。

 それから数日、いつもは歯に衣着せない長老たちが変にやさしくて気持ちが悪かった。

 気を使うぐらいなら、書類を減らしてほしいと口に出しそうになったのは、仕方のない事だろう。




  終?

 

秘書官の業務報告書 引き継ぎ書の走り書きメモ


今日も四人は硬直していました。猊下は、正装が華やかなのと白くなって威圧感がハンパないのに全く気付いていません。あまり笑顔にならないほうがいいといえません。真顔だともっと怖いですから。周囲が硬直するのは、色ではなく、猊下の見た目なのだということに積極的な理解が必要だと思うのですが……

 秘書R

お前が猊下へいえよ by秘書J

無理無理無理誰も言えないって by秘書I

じゃあこの件は保留で 秘書R


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