1.桃の入部と霧の侵入
世界に魔法は確かにあった。
古くから人と共に。だが人は魔法を受け入れる事はしなかった。人は科学を選んだのである。
科学は魔法に比べて簡単だった。見る見るうちに科学は進歩し、人の生活は豊かになった。
だがその豊かさを作るために人は世界を汚した。
その汚れを人が知った時、人は豊かさを手放せず、目をつぶった。
人の欲で世界を治す機会は失われた。
今、人を滅ぼしかねないほど世界は汚れ、歪んでいる、それでも人はまだ目をつぶり続けてい
る。
*
「次は魔法部の部活紹介で〜す」
司会のやる気のない声と1年生のまばらな拍手が体育館に響く。
「こんにちは。魔法部部長の水野樹清です。
魔法部は僕を含めて2年生3人の少数で楽しくやっています。
活動内容は基本的に魔法の練習を行っています。
魔法は誰もが使える物です。
難しいからといって、それを使わないのはもったいない事だと思います。
魔法部と一緒に頑張りましょう!」
演説もむなしく1年生の興味を引く事ができなかったらしい。次の部活紹介なんだろ、
などザワザワと聞こえてくる。それを背中に感じながら樹清は舞台袖に戻っていった。
「ぜんぜんダメみたいね・・・」
東堂香奈枝の大人びた声が舞台袖に戻った樹清に届く。
「カナエさん・・・誰も入ってこなかったらどうしよう・・・・」
樹清が情けない声を出していると、香奈枝の影からヒョコッと顔が出てきた。
「だいじょうぶ だいじょうぶっ、なるようになるっ」
立花緒恋は満面の笑みで樹清の肩をポンポン叩く。
緒恋を知らない先生なら、中学生がウチの高校の制服を着て忍び込んだと思い、
つまみ出してしまいそうだ。
「ここにいてもしょうがないわ、部室に戻りましょ」
「もどろう もどろう!」
香奈枝と緒恋は落ち込む樹清を気遣いながら体育館の出口に向かった。
*
「今の時代に魔法をやりたいと思う人はやっぱり少ないのね」
部室に戻った3人は来るかどうかも判らない進入部員を待ちながらいろいろな話をしていた。
「とにかく魔法は使うのが難しいからね、誰でも使う事が出来るけど使えるようになるまでの
練習がみんな嫌なんだと思う」
「それに魔法関係の職業がないもの。やっても将来の役には立たないわ」
「難しい上に将来の役に立たない、無駄な努力になると思ってるんだよね、きっと・・・。楽
しいからやりたいって思う人はいないのかな」
樹清は深い溜め息をつきながらそう言った。
「ふたりとも だいじょうぶだよっ」
緒恋は自信たっぷりに言い放つ。2人はいつもこの明るさに助けられていた。
香奈枝が緒恋の頭をなでながら言う。
「そうね。がんばりましょう。」
「うんっ」
緒恋は少し照れた笑顔で頷いた。
正反対のこの二人はなぜか仲がいい、だいたい一緒に行動している。
やっぱり姉妹感覚なのかなぁ、と樹清は思いながら二人を眺めていた。
「コンコン」
「すいません〜」
その声がした瞬間3人はドアの方に振り向いた。
「もしかして入部希望者?!」
樹清は2人に確認する。
「そうだよっきっとっ」
緒恋は飛び跳ね香奈枝に抱きつきながら言った。
「すいませ〜ん、ここ魔法部の部室ですよね〜」
「ぜ ぜ 絶対そうよっとりあえず は は 早く出ないと帰っちゃうわっ」
香奈枝は珍しく取り乱しながら樹清にうながした。
そして樹清はドアを開ける。
「魔法部へようこそっ!!」
「詳しい話を聞きたいんですが、いいですか?」
部室の前に立っていた少女が尋ねた。
「どうぞ、どうぞ、中に入って」
樹清は部屋の中へと、その少女を案内する。
少女は椅子に腰掛けると自己紹介を始めた。
「私は1年の坂井桃と言います。魔法について少し興味があって・・・」
「興味があるんだ!大丈夫っ、ウチの部活はやる気があれば誰でも入れるから!」
樹清はうれしさのあまり声が大きくなってしまう。
桃は少しびっくりした様子で質問をした。
「詳しい活動内容が聞きたいです。」
「活動はね、基本的に魔法の練習だよ、だいたい説明会で言っていた通り、
それから魔法部では悩み事解決もやってるんだ。」
「悩み事解決?」
「魔法で解決するんだよ、練習もかねてね」
「他に活動はあるんですか?」
「・・・もう・・・ないかな・・」
思わず樹清は目をそらしてしまった。
魔法はスポーツのように大会があるわけじゃなく、どこかで発表会があるわけでもない。
ただ魔法の技術を高める事しかやる事がない。
「魔法の研究とかも・・しようかな、なんて思ってるわっ」
香奈枝がすかさずフォローを入れた。
「研究・・・ですか」
「ところで桃ちゃんはどうして魔法に興味を引かれたの?」
樹清は少し強引に話を変える。
いきなり話が変わったことに少し戸惑いながら答えた。
「私すごく普通なんです。これと言って特技もないし特徴があるわけじゃない。
だから何か特技になるものがほしいんです。
それで自分に自信が持てるようになるかなって・・・こんな理由ダメですか?」
「いや、どんな理由でも魔法に興味を持ってくれる事はうれしいよ」
うれしそうに樹清は言った。
*
「私そろそろいきます。他の部活も一応見てみたいので」
「あっそうだね」
二人は立ち上がってドアに向かう。
「また来ますね」
ドアの前で振り返って笑顔で桃はそう言った。
「待ってるね」
「楽しみにしてるわ」
「ばいば〜い」
3人は手を振り、それに答えた。
そして桃は部室を出て行った。
「「「入ってくれそう!」」」
おもいっきりハモった。3人とも手ごたえを感じていたのだ。
「よかった、1人は確保できそうだね」
「そうね、入ってきてくれそうだわ」
「たのしみぃ〜」
ね〜、と緒恋と香奈枝が顔を見合わせる。
「まだ来るかな、とりあえず待ってようか」
樹清はうれしくてたまらないという顔だ。
説明会から戻ってきた時に比べて段違いに明るくなっている。
樹清は魔法が大好きでそれが広がっていく事が嬉しいのだ。
「魔法部作ってよかったよ」
「いきなりな〜に〜?」
「いやなんでもない」
「せいくん、へんなの〜」
緒恋が不思議そうな顔していた。
「樹清は魔法を好きになってくれる人が増えてうれしいのよ」
香奈枝は緒恋に教えてやった。
「そっかぁ」
納得した声をあげる。
「ところで樹清、今日は何もしないの?」
「そういえば今日は練習してないね、カナエさんは何かしたい?」
「そうねぇ、前やり始めた魔法の練習の続きがしたいわ」
「そうだね途中だったし、緒恋は?」
「なんでもい〜よっ」
「じゃあ魔法の練習しながら他の新入部員待ってようか」
「は〜い」
二人は元気よく返事をした。
*
部室は夕方の赤い光に染められていた。
すでに魔法部のメンバーが戸締りをして帰ったあとである。
鍵をかけたはずのその部屋には訪問者が1人。
何をするわけではなくただ立っていた。
「・・・・せ・・・さま」
聞き取れないほど小さな声で呟いた。
そして入ってきたドアへ向かう。
ドアノブをつかむとその手が微かに霧のような光に包まれる。
魔法を使う時、光をあまり出さないのは強力な使い手の証である。
そしてドアを開いて訪問者は出て行く。
何の変化も無かったかのように、ドアには鍵がかかっていた。
*
樹清は授業が終わると足早に部室に向かった。
今日、桃が来るかもしれないし、といろいろ考えながら部室のドアに手をかける。
「!」
ドアノブに覚えの無い微量の魔力を感じた。
「昨日帰る時はこんなの無かったはずなのに」
樹清は感知魔法の感度を高め、その魔力を詳しく分析する。
「ドアに何かして中に入ったのか、でもどうして」
「どうしたのぉ〜?」
「うわっビックリした、ゴメンゴメン入るよ」
鍵を開け中に入っていく。
緒恋は首をかしげたが、すぐに違う話をしはじめた。
「今日桃ちゃん来るかなぁ〜」
「来るといいね、でも1日しかたってないし、まだわかんないよ」
え〜と残念そうな声をあげながら緒恋が椅子に飛び乗る。
「ところで部室から何か無くなったりしてない?」
部室の中を樹清が見て回りながら言った。
「この部屋、もとからなんにもないよ?」
「はは、そうだったね」
「なんかせいくん、最近変っ」
そうかなぁとはぐらかすように樹清は笑った。
できれば部員には心配をかけたくない、そう樹清は考えているのだ。
特に部室に誰か入り込んだ事は言えない。
一晩経っているとはいえあれだけの微量の魔力しか残っていないのだ。
つまりほとんど無駄な魔力を使っていない。それだけ魔法に長けた者であるということだ。
そんな人とトラブルになれば危ないかもしれない。
樹清は深く考え込みすぎて、香奈枝がすでに来ていて、
ましてや話しかけてきている事に気付かなかった。
「樹清?どうしたの?そんなに考え込んじゃって」
「あっ、ごめん、これからの魔法部について、ちょっとね」
「ほんとに?何かあるなら一人で抱え込んじゃダメよ?」
大丈夫だよと最大限に平静を装って答える。香奈枝は魔法なしで鋭い。
女の勘というやつか、悩んでいてもすぐに気付いてしまう。
「大丈夫ならいいわ。ところで桃ちゃんからは何か連絡あった?」
「さすがに1日じゃ連絡こなかったよ」
「そうよね、でも待ちきれないわ」
「やっぱり待ちきれないよねぇ〜」
緒恋が香奈枝の意見に賛成の声をあげた。
「コンコン」
「あの〜すいません〜」
部室のドアを少し開けて桃が中を覗き込んでいる。
「あっ桃ちゃんだぁ〜」
一番に声をあげたのは緒恋だった。
次に香奈枝が嬉しそうに声をあげる。
「来てくれたの?早かったわね、入って入って」
桃が入ってくると緒恋はどうぞどうぞと椅子をすすめる。
「こんなに早く大丈夫だった?考える時間とか」
樹清は焦らせてしまったのかと心配になった。
「いいえ大丈夫です、入部する事にしました」
「「やった〜」」
緒恋と香奈枝が喜びの声をあげた。
樹清も信じられないという顔をしながら聞き返してしまう。
「ほ ほ ほんとに??」
「はい、ほんとです」
「ありがと〜っやったぁっっ」
おもわず飛び跳ねてしまうほど樹清は喜んだ。
しばらく魔法部の3人は興奮が冷める事はなかった。
*
「ははは、ごめんね、ちょっとうれしくて」
少し恥ずかしそうに樹清は謝った。
「いえいいですよ、そんなに喜んでもらえると嬉しいです」
桃はうれしいそうに言う。
「ちょっと、はしゃぎすぎたわね」
シュンとする香奈枝をよそに緒恋はまだはしゃいでいた。
コホンッと一度咳払いをして樹清が話し始めた。
「ところで桃ちゃんはどれくらい魔法の事知ってる?」
「全然・・・知らないです」
「やっぱりそうだよね、じゃ〜あぁ・・・魔力の話しから、魔力には性質があって、
人によっていろいろあるの」
「いろいろ?そんなにたくさんあるんですか?」
「うん、どれだけあるのか、どんな性質があるのか、わからない」
「わからない?」
「そう、わからない、研究してる人がいないからね」
樹清は困った顔をする。
「でも魔法の練習をしていけば、多少はわかるようになるよ」
「そうなんですかぁ」
少し安心したようだ。
「あっ自己紹介してないわ」
いきなり声をあげる。
忘れる所だったわと香奈枝が自己紹介を始めた。
「私は東堂香奈枝よ、2年生ね、ちょうど魔力の性質の話しをしたところだし、
性質も言っておくわ、性質は[新緑]よ」
香奈枝の自己紹介が終わると緒恋がピョンッと立ち上がる。
「次わたし〜、わたしは立花緒恋、2年生だよ、1年生じゃなないよっ、性質は[水]だよ」
自己紹介がおわると緒恋はピョンッと椅子に座る。
「いきなり自己紹介に変わっちゃったね」
苦笑しながら樹清は自己紹介を初めた。
「もう知ってると思うけど僕は水野樹清だよ、2年で部長、性質は[守]だよ」
「守?」
「わかりにくいかな、緒恋とカナエさんみたいに物質的みたいな物じゃないしね、
でもそういう性質もあるんだよ」
「そう・・なんですか、性質ってどうやって調べるんですか?」
「調べ方は無い」
樹清は断言する。
「え?じゃあどうして知ってるんですか?」
混乱した様子で聞き返してきた。
「魔力の光を見れば判る性質もあるよ。でもほとんど多分でしかないんだ・・・」
「やっぱり研究している人がいないからですか?」
「そのとうり」
樹清は悲しい顔をする。
「大変ですね・・・、でもそれならそれでやりがいがありますっ」
「おぉ〜やる気まんまんだぁ〜」
緒恋が嬉しそうに言った。
「はいっやる気まんまんですっ」
桃はむんっとガッツポーズをしてみせる。
「元気ねぇ」
お姉さんが妹達を見るような眼差しで香奈枝がつぶやいた。
それから一通り騒いだ後、桃が質問をした。
「魔法はどうやって使うんですか?」
少し悩んだ後樹清は口を開く。
「魔法は・・・まだ教えない」
「え?えぇ〜!どうしてですか?!」
「まだ早いよ」
む〜と桃は抗議の声をあげた。
「ふふっまだあなたには早いわ」
「そ〜だよっまだ早いっ」
二人は言いきる。
「う〜、じゃあ私は何をしたらいいんですか?」
「とりあえず魔力操作の練習かな、魔法を使うための基本だよ」
「わかりました・・・でもその前に・・魔力についてまだよくわかんないんですけど・・
もうちょっとわかりやすく・・・」
「せいくん、説明下手だしね〜、しょうがないよ」
満面の笑みで言い放った。
グサッーーー
「あれ〜?今グサッーて聞こえなかった?」
緒恋は悪戯な笑顔で話す。
「あまりいじめたらかわいそうよ?」
香奈枝が緒恋を注意した。
「私が要点だけ話すわ。まず魔力には性質というものがあるの、
その性質によって魔法が強力になったり、弱まったりするわ、
例えば[水]の性質の魔力を持ってる緒恋が操水魔法を使えば効果が高くなるけど、
私のように違う性質を持ってる人が操水魔法を使うと効果が弱くなるの、
ここまではわかったかしら?」
「はいっわかります」
「じゃあ次ね、魔力は光を出すの、その光り方で性質がわかったりするわ、
たとえば[火]の性質なら火のような光が出るのよ、
それから魔法を使う時言葉とか何かを媒体にして使う事が出来ない、
だから魔法の難易度が異常に高いの、大体こんな感じかな」
「だいたい分かりましたっ」
「これでもまだ一部よ、間違ってる所もあるかもしれないわ」
「それでも〜すごく分かりやすかったよ〜」
またもや悪戯な笑顔で緒恋が言い放つ。
ゴチンッ
「いた〜い、カナエ何するの〜」
「緒恋が意地の悪い事するからよ」
緒恋は少し反省したようだった。
そして樹清は部屋の隅で座り込んでブツブツ何か呟いている。
その部屋の隅だけ空気が重かった。
*
「ごめんごめん」
やっとの思いで樹清を立ち直らせた。
「魔力操作の練習、早くやってみたいです」
桃は待ちきれない様子で樹清を急かす。
「うんじゃあやってみようか」
「はいっ」
「まず僕がやるから見ててね」
そして少しずつ樹清の体が青白いもやの様な光がつつむ。
「わあぁ」
桃が目を輝かせた。
「これが魔力操作ね、やり方は自分という器に水を注ぎ込むみたいなイメージで、
でもイメージは自分のやりやすい方法を見つけてね」
「はいっ」
桃は目をつぶり集中する。
「・・・・・出来ませんっ」
「そんなにすぐにはできないわ、あせらずゆっくりね」
微笑みながら香奈枝は言った。
「それじゃあ桃ちゃんはその練習続けてね、僕らは魔法の練習をしようか」
そう言って樹清は練習を始めようとした。
だがそれは部室のドアをノックする音でさえぎられる。
そのノックの音は樹清たちが2年生になってから最初の悩み事解決の始まりの音だった。 |