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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

技術者とSPと事件と恋と

作者: めい

中編設定をむりくり短編にしました。ぶったぎり感満載。

 コンピュータおたくの父のおかげで、彼女の周りは常に機械があふれていた。おしゃぶりの代わりにマウスを口にし、レゴの代わりに基盤を弄って育った。それは彼女が初めての七五三を迎えた時に、ブラインドタッチを覚え、次の七五三の時には、BASICやCなど基礎のプログラム言語を覚えた。最後の七五三を迎えた時になって、企業へのハッキングを遊びとした時に、初めて彼女の両親は彼女を持て余し始めるようになった。

「いいかい。衛星回線を勝手に使用することは、悪いことなんだよ」

そういった父親の言葉にまだ幼い彼女は首を傾げて答える。

「使えるようになっていたのに、使っちゃいけないの?」

「それは使えるようになっていた訳じゃないんだ。お前が使えるようにしたんだよ。お前がこのパスワードを解いて、その情報を利用したんだからね」

「パスワードは解いたらダメなの?」

「ダメなんだよ」

「どうして?」

「パスワードというのは、家の鍵と同じことだからね。もしお前がお隣のお家の鍵を開けることが出来たとして、お隣さん家に勝手に入ったりしないだろう?」

 すると彼女は少し考えてから頷いた。ほっとした様子の父親の顔を見ながら彼女は思った。

(わたしはきちんとお邪魔しますって言ってから入るわ)


 そんな考えに落ち着いた彼女だったから、三日後その家に警察が訪れることになり、彼女は父親とともに連行されることとなった。彼女が外務省の機密ファイルへとアクセスしたからだ。

 当初は父親が犯行を行ったと思っていた警察も、取調べの課程で、まだ七歳の子供がそれを行ったとは世も末だと思った。しかも彼女は警官に向かって疑問を投げかけた。

「どうして今度はちゃんと名乗ったのに、逮捕されるの?」

 これまでは海外を経由してIPアドレスを偽装していたが、今回は固定だったのに、と彼女は真面目な顔で尋ねていた。


 そうして家族さえも持て余してしまった彼女を当時、未来のSEを育てる機関を立ち上げたばかりの米国が見出した。幼い頃から英才教育を施し、最強の人材育成をするために、民間企業と連携して、そのプログラムは稼動された。

 単身で渡米することとなった彼女は不安でいっぱいだったが、なんだか誇らしげな父親の顔を見たら、嫌だというのが悪いことのように思えて黙っていた。

 彼女の保護者となるミリンダという女性は、見るからに白人女性の代表的な顔をしており、彼女はその青い瞳に脅えた。さらにミリンダは日本語が話せなかった。ミリンダも彼女が英語を話せないことに驚いていた。何故なら、彼女の部屋のいたるところに散らばる雑誌は、日本語のものよりも、英字のほうが多かったからだ。その謎はすぐに解けた。彼女は読むことが出来るが、その文字を一度も発したことがなかったのだ。

 ミリンダは不安げな様子を見せる彼女に言った。

『OK、わかったわ。ではこうしましょう』

 そして自分のノートPCを立ち上げると、彼女にも手持ちのノートPCを立ち上げるよう促す。

 ミリンダは、彼女のメールアドレスを得るとすぐに、彼女にメールを送った。

『この方法で、会話しましょう。いいかしら?』

 彼女は届いたメールを読んで返信する。

『Okay』


 それから彼女はアメリカの学校に通うこととなったが、学校が終わると皆と同じように遊びに行くのではなく、迎えに来た車に乗せられてバーチャルエンジニアシステム株式会社へと直行する。そこでカリキュラムを受ける生活だった。

 彼女は最初の頃、先生が英語で話すために他の皆のように理解することが出来ないことにジレンマを感じた。そこで彼女の悪い癖が出て、当時、開発中だった音声認識プログラムをハッキングし、それを更に改造した事により、彼女お手製の音声翻訳機を作り使用しだした。それは相手の言葉を画面に表示させるものだった。

 しかし、自分の発言は質問された時に、紙に書いて見せていた。それを億劫に思った彼女は、音声翻訳機に打った文字を発声させるように改造に明け暮れていたところ、彼女は英語を話せるようになってしまっていた。


 その後、十六歳で大学を卒業すると、VES教育を受けた彼女はそのままVES会社に就職し、その二年後、日本企業の特別講師として新たな研究の発表をする事となり、彼女は久々日本へ帰還する事から物語は始まった―――。



 * * *



 機内でビジネスクラスに座る藤原ふじわら季衣きいはいらいらしながら、サイエンス雑誌のページをめくっていた。

 なぜなら、電子機器は使用してはならないと、手持ちの機種を全て取り上げられてしまったからだ。

いくら季衣が飛行機には影響のない端末を使っていると説明しても、若干十八歳(欧米人から見たら中学生になったばかりに見える)の季衣の言うことなど聞く耳を持ってくれなかったのだ。

 ごねたせいで、要注意人物と認識されてしまい、手持ちの小さなスーツケース毎、CAに持っていかれたことも、季衣にとっては腹立たしい。携帯電話すらないのだ。

 すでにこの雑誌を隅々まで読んでしまい、いくつかの記事の内容に疑問を持ち、その改善点も考え出したが、如何せん、すぐに試すことが出来ない。することもなく窓の外にようやく顔を出した太陽をぼんやり眺めていたが、それにも飽きると季衣はため息をついて、席を立ち前方にあるトイレへと向かった。



 * * *



 エコノミークラスで大きな体を窮屈そうに寝ていた秦野じんのたけるは、CAから貰った毛布がずり下がったのを、両手で眉を顰めながら引き上げた。運の悪いことに、秦野の周りの席は日本人と中国人の家族連れに挟まれている。さらに真後ろの席は小学生の子供が座り、時折秦野の座席を背中から蹴り上げてくる。

 日系人である彼は、大学時代の旧友が結婚式を挙げるという事で招待を受けた。丁度休暇と重なったこともあり、秦野は彼を祝うべく、NYからサンフランシスコを経由し、遥か彼方の東京へと向かう事にし たが、その選択をすでに彼は後悔し始めていた。

―――やはり金をケチらず、ビジネスを利用すればよかった。

 秦野は周囲の子供たちの上げる騒音に悩まされ、アルコールを飲むことにした。彼は「excuse」と隣の日本人の家族に席を通してもらうと、前方の厨房ギャレーに向かった。

 観光客が多い中、ちらほらと一人でいる男が見える。秦野はその男たちを軽く観察している自分に気付くと苦笑した。

―――今は休暇中だ。

 軽く首を振ると、ギャレー内部に声をかけたが、誰もいない。少し待っているかと壁にもたれた。一番近くにいるスーツ姿の男が、時計を気にするそぶりを繰り返している。

秦野は眉を顰めて男を見た。その会社員に違和感を覚え、秦野は目を細めた。しかし、秦野がその違和感の正体を探している最中、CAがどうしたのかと聞いてきた。

 秦野は『少し酒が欲しいんだ。何がある?』と、そのすっきりとした顔立ちのCAに声をかけることで、彼はその違和感に気付くことが遅れてしまった。



 * * *



 トイレの中で、機体が大きく傾ぐのが分かった。季衣は慌てて両壁に手をつき、体のバランスを取った。なにやら外が騒がしい。誰かの叫び声が聞こえたような気がする。機内ランプを確認したが、着席指示は点灯していなかった。季衣は眉を顰めながら、水を流すと手を洗った。ついでにぼさぼさになった髪の毛を手櫛で整えていると、扉を激しくノックされた。季衣はさらに眉間の皺を深くすると『今出ます!』と叫んだ。

 どれだけ切羽詰っているのだろう。季衣は再びため息をつくと、鍵を開けて扉を開こうとしたが、鍵を外した途端、扉が乱暴に開け放たれた。途端に季衣に見えた光景は、40口径の拳銃をこちらに構える男の姿だった。顔は目だし帽をかぶっているが、瞳の色は黒だった。

 季衣はゆっくりと両手を上に挙げた。

『自分の席に戻れ!』

 男は季衣に命令した。そのたどたどしい英語から、彼が欧米人ではない事が分かる。季衣はこくこくと頷いて、席へと戻る。

 そこで一旦季衣は躊躇したが、ゆっくりと席につくと『ベルトをしろ!』という男の指示通りにベルトを装着したのを確認すると、男はまた前方に歩いていった。

 そこは先ほど季衣が席を立つまでとは異なり、まさに緊迫した状況だった。

 周りを見渡してみると、ファーストクラスの客は皆座っている。日本行きの飛行機は、春休みな事もあり、子供たちも多くいた。しかしこのクラスにいる子供はたった一人だった。その子供は母親に抱きかかえられてぐずっていた。

 スーツ姿の男性が一人呻いている。どうやら殴られた様子だ。腕を拘束されている。連れの女性は心配そうに彼を見ているが、動きが取れないでいる。

 季衣が見ただけでも犯行グループに見える者は三人いた。エコノミークラスの状況は見えないが、そちらにも仲間はいるのだろう。計画的なハイジャックだ。

 一体どうやって空港の検査を潜り抜けたのか、全員銃を携帯している。

 しかし、季衣はその事よりも、右手に座っている日本人男性に、顔を向けずに話しかけた。

「あの、その席、あなたの席ではないですよね」

 言われた男は肩をすくめて言った。

『すまない。日本語はよく分からない』

 季衣が改めて英語で話しかけると、男は事もなげに言った。

『ああ、そうだ。彼らに座れと言われて、一番近くの席に座ったんだ。空席だと思ったのでね。ちなみにこの席は空いていた?』

 確かに季衣がいた右隣の席は空いていた。

『ええ、誰も座ってなかったと思うわ』

『そうか。それはよかった』

『それで、一体どこと通話しているの? 警察?』

 季衣の問いかけに男性は明らかに動揺をみせると、油断のない目つきで季衣を見つめた。季衣はとんとんと右手の指を使って、自分の耳を指した。

『コード、出てるし。その形状はワイヤレススピーカーよね。ごめんなさい。さっき上着の左ポケットから携帯見えたの。赤ランプが点灯しているから、そのメーカーのタイプは今現在通話中の意味』

 そこまで早口で季衣は言うと、続けた。

『それで、警察と?』

『ご期待にそえなくて悪いが、相手は俺の会社の同僚だ』

『警察には通報してもらったの?』

『それは俺じゃなくても、この乗客の誰かが隙を見て通報しているだろう。彼らは携帯を集めることを始めていないからね』

 季衣は彼のその言葉に不吉な雰囲気を感じて尋ねた。

『どういうこと?』

『さあね。最悪の状態は避けたい気分だ』

 季衣が他人事のように話すその男性をどういうつもりなのだろうかと考えているところに、機内アナウンスが入った。飛行機内が緊張に包まれた。



“我々「白い十字架」はこの飛行機を占拠した。これより、我々は亡命の地へ向かう事を予定している。乗客の皆には危害を加えるつもりはない。但し、おかしな事をすれば命の保障はない。皆の理解を望む。繰り返す……”



 それは、犯行グループの一人が英語で話したもので、英語をよく理解していない日本人は不安げな様子を見せていた。しかしすぐにCAが同様のアナウンスを日本語と中国語で話したことで、機内の全員がそれを知ることとなった。大人しくしていれば安全が保障されると聞いて、安堵のため息をついている人々の中で、秦野は注意深く周囲を観察した。時折、電話の相手に現状の報告を伝える。

「白い十字架」という犯行グループの名前は耳にしたことがなかった。イエメンを拠点とするテロ活動組織の名前にいくつか似たような名前があるが、彼らもその中のひとつだろうか。彼らの目的がテロ活動だとすると、本当にやっかいな事になる。秦野は奥歯をかみ締めた。

 ふと先ほど秦野に対して鋭い指摘をしてきた、隣の女性が何か呟くのを耳にして、秦野は聞き返した。

『今なんて言った?』

 彼女は小さく驚いたが、秦野に言った。

『位置が変わってないわって言ったの。ごめんなさい。気にしないで』

『何の位置だ?』

 彼女は小さくため息をついた。

『気になったのなら、ごめんなさい。大した事じゃないの。ただ、太陽の向きが変わっていなかったから、方向を変えていないんだなって思っただけなの。元々彼らの向かう先が東京方面だったのなら、何の問題もないわよね』

『貴重なご意見ありがとう』

 秦野は彼女にお礼をいった。東洋人は幼く見えるというが、それでも成人に達していないまだあどけなさを残している彼女は、観察力に優れている。そう秦野は認識しながら、通信相手に尋ねる。

『給油飛行機は手配されているのか?』

 少しして、同僚ハンクの声が聞こえた。

『いや、グループからの要求はない。だが、すでに万が一のために準備はされている。安心しろ』

 その返事を聞いてから、ならば奴らは、必ず一回は給油をするために着陸する予定なのだろうかと考えた。その時が一番のチャンスだろう。だが、いまだにグループの人数がつかめない。秦野がギャレーから見た光景では、男たちの人数は四人いた。だが、それで全員ではないだろう。コックピットに最低二人は必要だし、乗客乗務員全員の行動を見張るには、通路ごとに配置しても、あと数人は必要である。

 そして秦野が考える一番の疑問は、何故奴らは、わざわざジャンボ旅客機を狙ったかだ。亡命するなら、小型、遠距離でも中型を狙えば、乗客の人数も減るし、追跡を逃れやすい。

 秦野は疲れを感じ、天井を見上げた。そしてそこにあるものを発見する。監視カメラだ。すぐさま秦野は話始めた。

『おい、ハンク。監視カメラだ。この飛行機には監視カメラがある。そこから奴らの人数を割り出せるかもしれない』

『なるほど、分かった。すぐに確認する。おいっ監視カメラだ! 機内にカメラが設置されている。チェックしろ!』

 秦野は一歩解決に近づいたことに安堵したが、突然先ほどまで絶え間なく話しかけてくれていたハンクの声が途切れた。

『ハンク? おい返事しろ』

 秦野が問いただすも、返事はない。秦野は奴らの隙を見て、胸元の携帯電話を確認した。秦野は『くそっ』と舌打ちをした。バッテリー切れだ。

 替えのバッテリーは、秦野の席の上にある荷物の中だ。しかし、とりあえず外には人数が確認出来たはずだ。それでよしとしなければ。

 ため息をついた泰野に、隣の女性が話しかけてきた。

『バッテリー切れ?』

 どこまでも鋭い彼女の指摘に秦野は頷くと、彼女が提案してきた。

『監視カメラが見たいのなら、私出来るかもしれない』

 秦野は興味を持って聞いた。

『どうやって?』

『あなたの右前の席の下、黒い鞄があるでしょ。あれを取ってくれればいけるかも』

 彼女のいう通り、秦野の見えるそこには、黒いケースが見えた。だが、それは通路を挟んでおり、前方には銃を構えて監視役が目を光らせて立っている。

―――無茶を言う。

 秦野は小さくため息をつくと、彼女の言葉に賭けてみようと思った。このまま何もせずに救助を待つのは性に合わない。秦野は両手を挙げて立ち上がった。すぐさまグループの男がこちらに銃を向けたまま近づいてきた。

『なんだ』

『すまない。トイレに行きたいんだ』

 男は秦野に銃をつきつけたまま『行け。妙な動きはするな』と言った。

 そのままトイレに入った秦野はしたくもない用を足すと、席へ戻った。途中、母親に抱きかかえられている子供の足首の部分を思い切り抓ることを忘れずに。

 秦野が座るか座らないうちに、子供が火のついたような泣き声を上げた。皆の注意がその子供に向けられたその隙を逃さず秦野は右前の席下から黒いケースを奪った。

 そしてすぐに彼女の背中に滑り込ませる。

『さあ、取ったぞ』

『子供が泣いているのは、あなたのせい?』

『さあ?』

 秦野はとぼけて肩をすくめる。通路を挟んだ右の席の初老人女性が、ケースを奪った秦野の事を、目を丸くして見ている。それに対して、秦野は苦笑で返す。左では彼女が、さっさと作業を開始していた。ケース内にはPCが入っていた。それを彼女はなんの躊躇もなく取り出すと、再び黒いケースを探り、お目当てのものを見つけた様子で、ほっと息をついた。

『よかった。通信カードがあったわ』

 彼女は四角い端末をPCに差込み電源を入れる。秦野は彼女に注意した。

『顔が下がりぎみだ。もう少し上げて』

 すると彼女はむっとした顔で反論した。

『大丈夫よ。怖がっていると思うだけ』

『ならもっと怖がっている風な表情をするんだな。目が怖すぎる』

 すると彼女は突然、悲しげな表情を作り上げ、鼻をすすり上げた。

『これでOKかしら?』

 その言い方に秦野は思わず笑い声を上げそうになったが、どうにか堪える。

 そのやり取りの間に、PCは立ち上げが終了した。

 彼女は一言、『持ち主には悪いけど……』といった次の瞬間には、秦野が驚くようなスピードで彼女の指がキーボードを叩いていく。

 そして、二分と経たずに、彼女は言った。

『成功』

 彼女の手にするPCの画面には、見覚えのある機内の様子が映されていた。

 彼女は秦野がようやく聞こえる程度の小さな声で言う。

『まずコックピット……ひどい』

 画面には、撃たれた機長と通信士の二人の倒れている姿があった。ぴくりとも動かないことから、彼らはすでに絶命しているように見えた。操縦席にはひとつには犯行グループの一人が座り、隣の男に銃をつきつけている。副機長だろうか。その後ろに扉側を警戒している男が立っている。

『そこは、二人だな。次だ』

 秦野はわざと単調に言った。彼女が震える手で操作をすると、『前方ギャリー』と言った。そこには、乗務員たちが数名いたが、一人は肩を撃たれて負傷している。奴らの仲間はいなかった。それから彼女は、ファースト、ビジネスなどすべての角度からの監視カメラを操作していく。

 そこに映っていた情報をまとめると、コックピットに二人。秦野から見える場所にいるファーストクラス前方左側に一人。真ん中のギャリー右側に一人。最後尾の右側に一人。

『全部で五人。思ったより少ないのね』

『だが、一番効率的な配置だ』

 秦野は先ほど自身がトイレに行った時に、彼らがスムーズなフォーメーションの移動を行っていたのを見ていた。何度も練習や経験を積んだ動きだった。

 秦野は作戦を頭で組み立て始めていると、前方の男が、銃を威嚇的に構えながらこちらに足を運んでくるのが目に入った。どうやら秦野の動きを不審に思った右隣の老人が、連れと話をしていることに苛立った様子だった。

『おい、何を話している!』

 その声に反応して中央反対側にいた男も顔を覗かせた。両サイドから銃で狙われたその老人は慌てて手を振った。

『違います。私は何もしていません!』

 そしてあろうことかその老人は秦野の方を指さして言った。

『その人が変な動きを!』

 くるりと男は向きを変えると、秦野に銃を向けた。秦野は彼女の姿を隠すように、大げさに両手を挙げた。

『俺は何も』

 彼女は間一髪、PCとケースを左下にすべりこませていたが、その動きを老人が見ていた。

『今、隣の女が何かを下に!』

 季衣は驚いた顔でその老人を見た。一体どちらの味方なのだろうか。

『おい、女。何を下に落とした』

 季衣は男に銃を向けられながらされた質問に答えた。

『拾っても?』

 頷く男に季衣は、ゆっくりと屈みこんで、座席の下に手を伸ばした。

 秦野は迷っていた。目の前にあるこの銃を奪うか否か。

 この銃は容易に奪えるだろうが、右手にはもう一人がまだこちらに向けて立っているのが見える。

―――だめだ。銃を奪っている間に、あいつに撃たれる。

 季衣の手が何かを掴み、引き出した。それは、サイエンス雑誌だった。

『すいません。座席の下にずっとひいてあって。落ち着かなくて動いたら、すべり落ちてしまって』

 男は興味が失ったように、後ろに大丈夫だと合図をした。

 老人はまだ何かいいたそうにしたが、男はそのお騒がせな老人をひと睨みすると、彼女は押し黙った。

 男が指定の場所まで戻ったところで秦野は言った。

『ナイスな機転だ』

『それはどうも。……死ぬかと思った』

『それは困るな。君にはまだ頼みたいことが残っている』

 その言葉に季衣は目を丸くしていたが、秦野は彼女の協力があればいけると、勝算をふんだのだ。

 それにこの機内に漂う雰囲気も、秦野にとって気にくわなかった。

 乗客たちはさほど手荒い扱いを受けずに、先ほどからトイレに行く人たちも何人か目にする。軽い怪我をした者には、乗客に乗り合わせていた看護士に手当てをさせていた。最初に行動を起こした勇敢、もしくは無謀な人たちは、手足を拘束された状態のままで、それ以上のことはされていない。このまま抵抗しなければ、身の安全は保障されたも同然というこの空気が深まるにつれ、秦野の頭には最悪のシナリオが用意されてしまう。

 乗客たちは機長たちの死体を目にしていないのだから、それは仕方のないことなのだろう。

 だから、その前に片をつける。

 秦野は心を静めるために目を閉じて大きく息をついた。



 * * *



 ハンクはパソコンの画面を前にしてまさに地団駄を踏んだ。

『何をやるつもりだ、あいつは。死にたいのか!』

 あまりにも無謀な同僚の行動に、ハンクはさっきから肝を冷やされっぱなしだった。隣の女性に何か作業をさせていたが、それが発端で騒動になり、あやうく死にかけていた。どうやらその波は超えることが出来たようだが、彼はさらに隣の女性と何かをするつもりの様子だ。

 手も足も出ないこの場所で、ハンクはただ事の成り行きを見守ることしか出来なかった。



 * * *



 隣の彼女の様子がおかしいことに気付き、秦野は左を見た。

『おい、どうした?』

 季衣は両手で口を押さえて上体を前に倒している。

『ト、トイレ。……吐きそう』

 その青ざめた顔に、秦野が慌ててグループの男を呼ぼうと顔を上げたが、すでに彼はこちらに向かっていた。

『どうした!?』

『彼女が吐きそうなんだ』

 そういいながら、秦野は彼女の体を支える。

『前に袋があるだろう!』

 男の言葉に秦野は叫んだ。

『ないよ! 座った時から用意されてなかった!』

 季衣はもう限界の様子で慌ててベルトを外すと、立ち上がり、銃を持っていることを忘れたように、その男を横に突き飛ばしながら前へと駆けていこうとしたが、時すでに遅し、彼女は通路の真ん中で、盛大に吐いた。

 吐瀉物の上で四つんばいになった格好の彼女に、男は眉を顰めて舌打ちをした。

『おい、立て』

 銃でわき腹を小突いたが、彼女は一向に立つ気配がない。仕方なく片腕を持ち上げ、彼女を引き上げようとした時、男は首にするどい痛みを感じ、そのまま崩れ落ちた。

 前方の様子に異変を感じた最後尾の男は、中央の男に合図した。すぐさま中央の男が左側に来ると、彼は右側に移動した。

 中央の男は仲間が倒れているのを目にすると、『誰だ。誰がやった!』と銃で周囲に威嚇した。

『その男よ!』

 金切り声を上げてそう言ったのは、先ほどの老人の女だった。彼女の指差した方向には秦野が立っていた。秦野は内心では、その老人に対する馬事罵倒が飛び交っていたが、そんな事は露ほど見せずに、ただ誤解された哀れな男を演じた。信じられないという目で老人を見た後、秦野は男に言った。

『俺じゃない。俺は何もしていない。だいたいさっきから何なんだ、婆さん。俺に何か恨みでもあるのか!?』

 溜まりかねたように、秦野はその老人に詰め寄った。

『冗談じゃない。私はただ見たままを言っただけだよ。あんたがおかしな態度をするからいけないんじゃないか!』

 老人も憤慨して言い返してくる。いい感じだ。そう思った秦野は、じりじりと男の視界に入らない右の手で、簡易で作成した唐辛子球を構えなおした。しかし目の端にそれを捉えると叫んだ。

『―――だめだ!』

 それは、秦野の前に座っていた男性が、男を後ろから羽交い絞めしようとしている姿だった。

男は羽交い絞めされたその瞬間、右手を自分の胸の前に回し、銃口を背後の男性にあてて発砲した。男性の力が急速に抜ける。彼は見事に心臓を打ち抜かれていた。小さく乗客たちから悲鳴が漏れた。

 彼が死んだことを確認もせず、男はすぐに銃口を秦野に向けていた。秦野は手の中の球を下に落として、両手を挙げる。

『お前、何者だ? 単なる一般人とは言わせないぞ』

 秦野はしばらく押し黙っていたが、観念したようにため息をつくと、その口の端を上げて、にやりと笑った。

『刑事だ』

『身分証は』

『休暇中なんだ。持ってないよ』

 秦野は両手を挙げたまま、肩をすくめた。

『ところで、君たちの目的は亡命なんかじゃないんだろう?』

 男は油断なく秦野に狙いを定めながら、表情を硬くした。それに秦野ははっきりした声で言った。

『自爆テロでもする気か。9.11の真似事?』

 その言葉が聞こえた周りの乗客たちは顔を青ざめさせた。男は構わず、無線機を取り出すと、指示を出した。

『一人やられた。次のフォーメーションに移行する』

 そして、男は通信を切ると、秦野に言った。

『お前がその答えを知る必要はない』

 そのまま男は引き金に手をかけた。






 引き金を引いたかのように見えたその銃からは、銃弾が発射されることはなかった。しかし確かに銃声は聞こえ、そして一人、死を迎えた。

―――季衣が男の後頭部を撃ったために。

 秦野は銃を肩の高さに両手で構えたままでいる季衣に近づき、彼女の手を下ろした。そしてその銃を受け取ると、へなへなと崩れ落ちた彼女に『よくやった』と声をかけてすぐさま屈みこんだ。

秦野が機内席の中央にあたる部分に腹ばいになると、その席の乗客には口で静かにと合図を送る。若いカップルは、こくこくと頷いた。右側後方から現れた最後尾の男は、仲間の姿がないことに異変を感じ、すぐ通信をした。

『おい、着いたぞ。どこにいる?』

 返事がない事に緊張した表情になった男は、そのまま中央部分から左側へとやってきた。

そこには気絶した仲間が一人と、すでに死んでいる仲間と乗客の男が倒れていた。その間で力なくへたりこんでいる女がいる。男はその女に銃を向けて言った。

『おい! お前の仕業か! 答えろ!』

 吐瀉としゃまみれた女は、ひどく疲れた表情で首を横に振る。

『誰がやった! 言うんだ!』

 そういった男の頭に冷たい硬い感触がした。男は動きを止めると、背後の人物は答えた。

『教えてやるよ。俺がやった。銃を捨てろ』

 その言葉に従った男に、秦野はそのまま彼の首に手刀を入れて、彼を気絶させた。



 * * *



 くずれ落ちたその男が完全に意識を手放している事を確認した秦野は、周りに協力を頼み彼らを拘束していった。

 そして、幸いな事に乗客の中には日本の警察官が二名いた。不運なことに二人とも英語が話せなかった。秦野はCAに通訳を頼んで、彼らと身振り手振りを交えてなんとか計画を立てると、コックピットの攻略に向けて配置に付いた。

 しかし、その十分後、秦野たちは窮地に立たされていた。

作戦が失敗した訳ではない。テロ二名は射殺したし、副機長は無事だった。だが、彼らに抵抗にあった際、発砲した弾の一つが、機体にとって大事な部分を損傷させたらしいことが、青ざめている副機長の確認で分かったのだ。

『だめです。操作がまったく効きません。手動にも切り替えられない。システムが故障しているみたいです』

 副機長が通信相手に向かってヒステリックに叫んでいる。

 秦野はその様子をしばらく眺めていたが、ふいに組んでいた腕を緩めると、コックピットを後にした。



 * * *



 秦野の姿に、季衣はほっとした顔を見せた。

『あれ、ゲロまみれな子がいないな。匂いはとれたのか?』

 すでに着替えを終えている姿の季衣に秦野はにやりと笑っていった。

 季衣の吐いたものは、彼がミートソースを水で薄めて作った、偽物だったが、それを知っているはずの季衣でさえ、それはまさにそれだった。

 彼のその冗談に、どうやら助かったみたいだと安堵したのもつかの間、彼に連れられコックピットで話を聞いた季衣は、まだ悪夢は醒めないことに落ち込んだ。

 しかし、ひとつ深呼吸をすると、両頬を叩いて気合を入れると、不審な目で季衣を見ている副操縦士に、季衣は自己紹介をした。

『バーチャルエンジニアシステム株式会社、開発部の藤原季衣と申します』

 その言葉に副操縦士は目を丸くして言った。

『VESですか?』

 頷いた季衣は、握手を求めてきた彼の手を取った。

 そして、見覚えのある木崎という添乗員にむかって、自分の持ち物を持ってくるように伝えるとすぐ傍にいる副機長に尋ねた。

『ここを整備するための工具類は?』

『貨物室に』

『ならそれを持ってきてください。ついでに持ってこれそうな部品も』

 分かりましたと返事をしてコックピットを飛び出した副機長に道を譲ると、秦野は季衣に尋ねた。

『おい、操縦は誰がするんだ?』

『今は自動運転だから、無人で平気なんです』

『そうか。じゃあここは任せた』

 色々聞きたいことはあったが、今はそんな場合ではない。

 すでにパソコンを操作している季衣の姿を目にしつつ、泰野はコックピットから姿を消した。



 * * *



 泰野は一人の乗客にデジカメを借りると、すでに前方ギャリーに集められた犯行グループたちの顔を生死問わずにカメラで写した。

 それから、本来の自分の席に戻る。なんだか随分久しぶりに感じながら、秦野は上部の手荷物から、携帯のバッテリーを取り出すと、胸の携帯電話へと装着させた。

 電源を押して、携帯から光りがともり、復活したのを確認すると、秦野は前方のトイレに入った。そこで着信履歴に同僚のハンクの名前が並んでいるのに苦笑しながら、彼に電話をかけた。ハンクの第一声は機内の中でさえ、とても大きく感じ、秦野は慌てて耳からイヤホンを外した。

『おい、無事か! 無事なのか!?』

『ああ、どうにかな』

『何て無茶しやがる。たった三人で突入なんて。死んだらどうするんだ!』

『なんだ。ライブで見てたのか。どうだった。俺の勇姿は。録画してくれたのか?』

『馬鹿か。する暇なんてない。明日のニュースは撮っておいてやるよ。まったく、電話が切れちまったから、こっちは心配したんだぞ』

『ああ、悪い。充電が切れた』

『だから、いつも言ってるだろ? 何があるか分からないから、寝る時は必ず充電を忘れるなって!』

 そこまで興奮して怒鳴ってから、ハンクは少し落ち着いた声で言った。

『どうやら、まだ問題が発生しているみたいだな』

『わかるか?』

『ああ。映像が途絶えちまったからな。管制塔に聞いたらシステム全滅だっていうじゃないか』

(全滅なのか……)

 初めての情報に秦野は目を閉じため息をついて言った。

『お前も、大概、性根が曲がってるよな。もう少し優しい言葉をかけてくれないもんか?』

『そうか。お前に借りた300ドル。返さなくてもいいみたいだな』

 秦野は更なる悪趣味な冗談に、顔を顰めると言った。

『もういい。化けて出てやるから覚悟しろよ』

 そういって、秦野は真面目な顔になると言った。

『今からそっちに犯行グループ全員の顔写真を送る。しっかり捜査してくれよ』

『誰に物をいっている』

 秦野はそのハンクの自信満々な物言いに薄く笑うと『じゃあな』と、いつものように電話を切ると、カメラのデータを携帯に移し、ハンクへとそれを送信した。

 これで今、秦野の出来ることは終わった。

 機内アナウンスが流れ、これから緊急着陸を行うので、その準備をするようにと、CAの指示が伝えられている。

 機内では、乗客たちが不安な顔のまま、CAの指示の元、オレンジ色の救命胴衣を装着し始めている。秦野もそれを手に眺める。

(気休め程度だな)

 秦野はいまだ流れるその放送を聴きながら、カメラを持ち主に返すと、そのままコックピットへと向かった。

 いまだ闘っている彼女を見届けるために。



 * * *



 コックピットの内部は妙な静けさに包まれていた。

 計器はその表面を一体どうやったのか所々がむき出しになっていた。たくさんの赤や緑のコードがうねって見える。下方から束になって引き出した無数のコードの一部の銅線がむき出しになっている。そばにヤスリがあることから、彼女の仕業だろう。そこに彼女の持つ機械のコードが二本つなげられている。副 操縦士が両手でペンチを握り締めてその二本の間のコードに当てたまま、動かず季衣を見ていた。

 季衣がちらりと燃料メーターを確認した。大丈夫。計器が壊れていなければ、燃料は十分にある。

 季衣と副操縦士は互いの目を見つめると頷いた。副操縦士がカウントを開始した。

『3、2、1』

 そして『ゼロ』と彼が言った瞬間、彼は手にしていたペンチでコードを切った。季衣は自分の持つコンソール画面を見つめる。一瞬、全てのランプが消えた。途端に機体が急速に傾く。機内に悲鳴が響き渡った。それと同時に天井から酸素マスクがぶら下がり落ちてくる。

 秦野も慌ててそばの壁を使って、体勢を整える。そんな最悪の状況の中、季衣はただ指を動かし続ける。画面に『completed』の文字が並ぶと、計器ランプが再び点った。

しかし、機体はまるでフリーフォールに乗っているような感覚で下降していく。

季衣は叫んだ。

『指示を!』

 副操縦士も叫んで答える。

『機体前方上昇! ノッド速度最大出力!』

 季衣は次々と飛ぶ副操縦士の言葉を、コンソールに打ち込んでいく。

 そう、彼女はプログラムを打ち込むことで、直接機体を操作し始めたのだ。


 副操縦士の最後の指示の言葉は『ノッド、ゼロ!』だった。季衣がその言葉を打ち終わった3秒後、海との激しい衝突が訪れた。その直前、季衣は何かに頭を引き寄せられたが、次の瞬間には意識が遠くなるのを感じた。誰かの呼び声に、ぼんやりと覚醒した季衣はうっすらと目を開けたが、再び暗闇の中へと意識を手放した。



 * * *



 三十分後、季衣たちの乗ったジャンボ飛行機は無事、太平洋に胴体着陸をした。

 秦野は彼女の脈と呼吸を確認すると、大きく安堵のため息をついた。その様子に副操縦士が、がらがらになった声で尋ねた。

『彼女は?』

 秦野は笑顔を作って頷いた。すると副操縦士もやっと笑顔を見せていった。

「よかった……。本当によかった」

 思わずといったその言葉は日本語の分からない秦野だったが、それでも意味だけは伝わると彼と握手を交わした。

『副機長さん。乗客に報告の仕事が残ってるぞ』

 秦野がそういうと彼は、力強く頷いて、アナウンスをした。彼がアナウンスを切った瞬間、秦野の耳がじかに乗客たちの歓声を拾った。


 一番の功労者はというと、彼の膝の上で安らかな寝顔を見せていた。







(Fin.)



この後再び出会った二人に新たな事件の場面で挫折。

そして湧き上がったタイトル詐欺。とほほ。


補足説明

泰野は文中、刑事だと名乗っていますが、タイトルにあるSPが本職っす。とほほ。

現実話、手動で打ち込んでも間に合わないと思。

この話はフィクション、もしくはファンタジーです。(←)

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