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風花舞う頃...
作:snowman


 もう冬が始まりそうな空気が辺りを冷やしている。
私の好きな季節だ。そんなことを考えながら私は今日も仕事へ向かう。
賑やかな駅から少し離れた静かな仕事場。私はこの職場をとても気に入っている。
小さな小さな出版社、たった6人で働いている。
月刊誌を2本、小説で一冊・童話とイラストで一冊。
小さな会社なので、有名な作家さんの作品は殆どないが新人の作品を多く起用しここから出て有名になった作家さんもいる。
編集長と他5人しかいないため、それぞれに2人ずつ専門的に担当。
私は一番したっぱなので両方の雑用をこなしている。
 雑用といってもコピーとかお茶くみだけではない。
毎月何人かの決まった作家さんのところに作品を取りに行くのが私の一番大きな仕事だ。その他は持ち込みの作品を仕分けしたり・・・
決まった作家さんは3人。
定年した元サラリーマンの童話作家。子供が2人いる主婦のイラストレーター。まだ一度も顔を見たことがない謎の小説家。
あとはその月によってバラバラだ。持ち込みにいいものがあった場合載せたりもする。
コアなファンがいるためかどうにか潰れないでいるみたい。
本はもともと好きだし、週休2日で生活できるほどの給料が貰えている。
最高の職場だ。
ただなんとなく日々心にスカスカした感覚が抜けないのは欲張りな話なのだ。

 

 自分は今何を求めているのだろう。
分かりもしないのにモヤモヤが抜けないのは何故だろう。
分からないからモヤモヤするのかもしれない。
何か起こしたくてしょうがないのに今を失くすのが恐くて動けない。
 そんな私が謎の小説家に興味を示さないわけはない。
原稿を取りに行った時も郵便受けに入っているのを取りに行くだけ。
編集長に聞いてみたところ大学時代の後輩らしい。
それ以上ははぐらかされてしまい聞けなかった。
編集長は今年四十歳。
ということは三十五〜三十九歳といったところか。
男だというのは文面から感じとれる。
本当にそれ以外分からない。

 その小説家のことが気になる理由は他にもあった。
毎回全ての作品に目を通すのだが、彼の作品はいつもハッピーエンドじゃない。
いつもラストには主人公の男性が死ぬのだ。
事故死だったり・自殺だったり...たいていが孤独に死んでいく。
一番印象に残っているのは天涯孤独の男が旅をして死んでいくというストーリー。
読んでいてどこかが痛くなる。
 どうしたらいいのか。
 どうしたいのか。
まずはそこから見つけないといけない。

 私は考えた結果手紙を書いてみることにした。
いつも原稿が入っている郵便受けに入れておいたら読んでくれるんじゃないだろうか。
思い付いたはいいものの何を書こう。
いろいろ考えてみてもいい内容が見つからない。
結局原稿を取りに行く日になってしまった。
やめようかとも思ったけど、諦めたくもない。
考えすぎるのはやめよう!何でもいい!出してしまおう。
 「急に冷え込んできましたね。いつも締め切りを守っていただきありがとうございます。
  お身体壊さぬようこれからもよろしくお願いします。」
なんの可愛げもない内容だ。
それでも出すことに意味があると思うようにしよう。

 


 あぁ、出してしまった。
どうしよう。後悔している。
返事を期待していなかったわけではないが、返事が来てしまうのも恐い。
結果は一ヵ月後。次の原稿を取りに行く時。
きっとその間この後悔とモヤモヤに悩まされるのだろう。
早く過ぎて欲しいようで、その日が来るのが恐い。
そんな一ヶ月は嫌という程早く流れた。

 モヤモヤした一ヶ月間。
居心地のいいものではなかったけれど、この非日常がなんだか気持ちよかった。
締め切り当日。
足取りは怖ろしく重かった。
でも行かなくてはいけないことは決まっているので腹は据わっている。
郵便受けを開ける瞬間はさすがに少し躊躇ったが、逃げずにゆっくりと開けた。
 そこにはいつも通りの原稿。
原稿を取り出したその下に小さな紙切れが一枚。
 「はい。」
それだけ・・・。
原稿の切れ端に書かれた。
いつも目にしている濃い紺色のインクで書かれた癖の無い文字。
たったそれだけ。
なのに私は嬉しくて、少しニヤけてしまった。
そして私はその場で急いでペンを走らせた。
 「今日は少し暖かいですね。夜から冷え込むそうなので温かくして休んでください。
  次の原稿もよろしくお願いいたします。」
急いで書いたため走り書きのようになってしまったが、きれいに折りたたみまた郵便受けに入れておいた。
前回とは違う。
一ヶ月後が待ちどうしい。
 「はい。」
とだけ書かれた紙切れは手帳に挟んでおいている。
なにも無い日々のほんの少しの楽しみ。どうにかなりたいわけではなかった。
そうやって私の手帳には十数枚の「はい。」とだけ書かれた紙がたまっていった。

何回目の手紙だろう。
手紙と言えるほどのものではないのかもしれないが・・・
いつも通り郵便受けに入れてその場を離れた。
もう季節も巡りまた冬がやってきたころだった。
 「もうこんな季節ですね。去年の今頃と同じことを書いてしまっているかもしれないですが、
  本当に寒い日が続いています。お身体壊さぬよう気をつけて。」
マフラーをしっかりと巻き直し歩き出した。
角を曲がるところで後ろから小さな音がしたので少し振り返ってみると、郵便受けの前に男性が立っていた。
私は隠れてその光景を見ていた。
その男性は私の書いた手紙を読み、少しだけ微笑んだ。


 
 この一年間、小さな小さな繋がりをどうにか保って来た。
少しでも彼が私という存在を知っていてくれていることが嬉しくて、このまま続いていけばいいと思っていた。
文字でしか見たことが無かった彼が、私の手紙を読み微笑んだ。
そしてポケットから紙切れを取り出し郵便受けに入れた。
まるで事前に用意していたように。

 どうしていいか分からないほど戸惑っている。
彼は私の中で存在はしていたけれど、実在はしていなかったから。
文字だけ、しかも「はい。」という言葉だけで存在していた彼。
始めて目にした彼は、とても細く儚い人だった。

 それから一週間後。
私は仕事帰りに彼の家に寄り、郵便受けから返事を取り出した。
そしてまたその場で手紙を書いた。
 「仕事帰りに少し寄らせていただきました。今晩は雪がちらつくそうです。寒くなりそうですね。
  私は雪が好きなので嬉しいのですが・・・」
なんの脈絡もない内容。ただじっとしていられなかった。
次の日の帰りにまた立ち寄った。
するともう返事が、
 「僕も好きです。」
そう一言。
始めて「はい。」以外の返事。
胸が高鳴るとはこういうことなのだろう。
急いでまた手紙を書こうとしてペンが少し震えた。
 「昨晩は風花ほどしか降らなかったようですね。私は寝てしまったので見ることはできなかったのですが。」
次の日の返事には
 「美しかったです。」と・・・
それから私は帰りに彼の家に寄るのが日課になった。
相変わらず返事は一言二言。
もう今年も終わりそうな季節。

 今年最後の原稿を取りに行く日。
編集長に呼び止められ、今回彼は原稿を落とすと言われた。
どうしたのか尋ねたが教えてはもらえなかった。
その帰りにいつも通り彼の家に寄り郵便受けを覗いた。
返事は無かった。
それから返事は無く年を越した。
そしてまた彼は原稿を落とした。
一月も終わる頃、編集長から呼び出され
 「あいつと連絡が取れなくなった。自分が尋ねて行きたいのだが、お前の方がいいと思う。
  行ってみてくれないか?」
とのことだった。

 あいつとは当然彼のことだ。仕事帰りに寄ってみることにした。
始めて押すチャイム。
・・・・・・。
出てきた彼はフラフラで真っ青だった。
私を見るなりビックリして
 「なんで君が・・・」
始めて聴いた彼の声。かすれた柔らかい声だ。
 「体調崩されたんですか?早く部屋に。」
私は彼を部屋に戻し布団に寝かせる。
部屋はほとんど何も無く執筆するための机・布団。
床にはいつも使っているらしい万年筆とカロリーメイトの空き箱。
台所に行ってみると水道は辛うじて出るが、ガスは止まっていた。
こんなことなら買い物をしてくればよかった。
私は彼のところに戻り
 「ちょっと買い物してくるので大人しく寝ていてください。何か欲しいものはありますか?」
と伝えた。すると彼は虚ろな瞳で
 「ダメだ。君は帰りなさい。」
とやっと聞き取れるくらいの声で言った。
 「こんな時に何言ってるんですか。欲しいものがないなら適当に買ってきますからね。」
少しキツイ口調で言って家を出た。
私は急いで買い物をすませて戻った。
自宅から取ってきた体温計で熱を測り、りんごを剥いて食べさせ薬を飲ませた。
水分をたくさん取るようにミネラルウォーターを布団の横に置いておいて氷嚢をおでこにのせ眠らせた。
買ってきたヨーグルトなどを冷蔵庫に仕舞い、心配で仕方なかったが家を後にした。



 それからまた私は日常に戻った。
編集長から彼は回復したことは聞かされていた。
それでも彼の原稿は上がることは無く夏を向かえた。
どうやって生活しているのだろうか。編集長に聞くこともなく日々はただ過ぎ去った。
悲しくなったりはしなかったけれど、小さな淋しさと手帳に残るたくさんの紙切れは決して消えることはなかった。

 
 そしてまた寒い季節に向かい時間は淋しくも流れて、マフラー巻き仕事に出かけた。
その日も淡々と仕事をこなし帰ろうと仕度をしていると、編集長に呼び止められた。
手には原稿が入っているであろう茶封筒。
 「やっとあいつの原稿が上がってな。一応俺は目を通した。お前には読んでおいて欲しい。
  明日休みだろう?ゆっくり読んでこい。」
渡された茶封筒を手に足早に帰る。
家に着き、食事・片付け・お風呂を済ませ温かいカフェオレを淹れてすべての準備を整え読み始めた。
 
 何時間読み続けたのだろう。
外はもう明るくなり始めていた。
物語の内容はもちろんハッピーエンドではなかった。
ただいつもと違うのは主人公が死なないということ。
主人公の男性は幸せに暮らしていた。愛する人と共に・・・
そんな彼を襲うのは自分が死ぬことよりも悲しく苦しい現実。
愛する人の死。
心臓の病気を患った彼女は、移植をすれば助かる可能性を秘めていた。
しかしドナーは現れず彼女は亡くなった。
主人公は彼女のためなら自分の命など惜しくはなかっただろう。
どれだけ自分の心臓を渡したかったか。
しかし許されない現実。
日々弱っていく彼女を見続けるのがどれだけ辛かったことか。
愛する人に何も出来ない自分をどれだけ憎んでいるか。
その心情がありありと伝わってくる文面。
これまで読んだ彼の作品の中で始めて現実を感じた。
彼女が死んでから、主人公は毎日毎日死ぬことばかり考えていた。
しかし彼女が亡くなる前に言った
 「あなたは生きて。」
という言葉を守ろうと、生き地獄のような日々を過ごす。
やりきれない苦しみの中で彼は、唯一の慰めを見つける。
大学では文学を学んでいた主人公は物語を書き始めるのだ。
そう。すべて彼の実話。
私は彼の作品を殆ど読んできた。
彼は作品の中で自分を殺し続けて来たのだ。
そうして主人公はたくさんの作品で自分を殺し続け、年老いていく。
悲しい慰めを糧に一刻も早く死ぬことを望みながら、生きて行くことへの苦しみを伝えながら静かに物語は終わった。

 

 週が明け仕事に出る。編集長に原稿を渡し、
 「ありがとうございました。」
と言い仕事に戻った。
帰りがけに彼の家に寄った。
とても久しぶりに家の前に立ち、ペンを走らせた。
 「お久しぶりですね。新しい原稿読ませていただきました。お疲れ様でした。また寒い季節が来ましたね。
  また次の冬も、そのまた次の冬も、私は貴方の原稿を取りに来ます。
  どんなにあなたが作品で自分を殺してしまおうと、現実に貴方が生きているのであれば私は
  ずっと貴方の作品を読み続けます。」
きれいに折りたたみ郵便受けに入れ、その場を立ち去った。
次の日の帰りにまた立ち寄り郵便受けを覗いた。
そこには原稿用紙が一枚。
 「僕はもう何回自分を殺してきたか分からない。あの小説のように死を待つ日々を送っていくのだと思った。
  そんな中に君が現れてしまった。毎月・毎日、君の手紙を待っている自分が許せなかった。
  君が僕に手紙を書いている時間は、僕のことを思っていてくれているのだと思うとなんだか苦しくて。。
  恐いんだよ。大切な存在を作るのが。
  今もどうしたらいいのかわからない。ただ書き続けることは止めないと、君の手紙を読んで決めた。
  ありがとう。」
いつのも濃い紺のインクの癖の無い文字。



 それからまた私たちの文通は始まった。
前と変わらないほどのやりとり。
日々増えていく短い文章が書かれた紙切れ。
月に一度の締め切りの日には郵便受けではなく、彼の手から原稿を受け取る。
私は「お疲れ様です。」と言い、彼は「君もお疲れ様。」と・・・
小さく微笑み合うほんの僅かな時間の温かさ。
こうやって日々を過ごし季節を巡り、毎月見る彼の微笑みで私の時間が満ちる。

 巡る季節。
何回目か互いが好きな季節を向かえ、風花が散る中、並んで歩くことを思い描いて今日が流れる。


こんな拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございます。
「淡くて・儚い」
現実から少しだけ浮いた恋が描きたかったのです。
登場人物に名前をつけない物語にしたので、読んだ方それぞれが好きなようにイメージしていただけたらいいなと思いました。













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