Missing 8 ◆懐かしい風
私を守って、私を殺しに来襲した“魔女”と相打ちになった。
「――観ました。そんな夢も。何もかも知っててそんな夢を観たんです。自分があまりに非力で無力で、いかに甘えていたかを思い知ったんです。それほど小さな存在でした……ずっと奥底にある意識だったみたいなんです。それを改めて夢で思い起こされて、その夢を観てからは随分ものあいだ、理由も分からずにその光景を思い出して苦しかった……」
あの妙な抑圧感と重過ぎる喪失感。私はずっと泣いてたんじゃないかと、そう思えるほどに、自分の精神的な重圧の原因を突き止めた気がした。
自分が恐れているのは、大事なモノを失くしてしまうこと。
周りが怖くて俯いているのは、私の動きが“敵”を呼んでしまうから。。
しかし、その悲劇的な過去世を思い出して泣いているのではない。
納得したからだ。
今までに押し隠してきた、心の奥底にある説明の出来ない重石や戸惑いの正体がはっきりして、自分で納得し認識できたからなのである。
何も誰か見知らぬ人でもいいからと、同情や慰めが欲しいのではないのは確かだ。
暫くの間、私はハンカチを握り締め、テーブル脇のゴミ箱をティッシュでいっぱいにしながら泣いた。
占い師は黙って見守ってくれていたが、私が落ち着くのを見計らって、
「小さいときってどうだった」と聞く。
「―――……」
とても怖がりだった。
怖かったのは、暗闇と、大勢の人間。
木々や花々溢れる自然の中に遊びに行くときと違って、見知らぬ人々が行き来する場に居るのは恐ろしい事だった。親ならまだしも、親戚でさえ怖くて仕方の無いヒドイ人見知りだった。
「生まれてから夜泣きも酷かったみたいで、生来の対人恐怖症かと考えてたんですが……」
「――うんうん。なんかこの水に見える映像がはっきりしてきた感じするよ。あのね、赤ん坊って夜泣きは当たり前でしょ。でも時には赤ん坊は前世の悲しい事を思い出して泣くってのもあるんだ。もしかしたらヒドイ夜泣きってそれだったかもしれない、が―――もうすこし詳しくみてみようか」
今度は片頬に頬杖をついて、水面を眺める。
「――整理してみよう。ね。……まずアナタは自分が思うほど小さな存在じゃない。それだったらどうしてこんなに大げさなほどの強力な守護があるんだろう。しかもアタシの感じる限り彼らは“この世界のものじゃない”。アナタがいた世界の連中だ。
言ったでしょ。アナタが此処に入ってきたときに“珍しいお客さんだ”って。たまにいるんだよ。この世界に馴染みの無い人。馴染めなくて見知らぬ記憶に振り回されて悩む人。―――でも少し妙だね。次元を超えてまで、この世界に干渉できるほどの力を有しているとしか思えない、この構図」
そのバックの大きさを鑑みるに、その力に取り囲まれ守られている、私の存在はそれほど矮小とは言えないらしい。
逆を言えば、『その程度』のものに、なぜこんなに大げさな護衛があるのかと、そんな疑問にもなる。
「ここに見えるイメージだと、小さな可愛らしいピンクの花なんだよね。大きな赤紫のコスモスが花を守るようにたくさん咲いてる。なんて力強いんだろう。コスモスって“宇宙”って言うじゃない。こんなに大きな力に護られて、怖いものなんて無いのにね。
ピンクの花ね、すごく繊細で純粋で、最初から守られるために咲く花だ。包丁一つ握れないようなお嬢さん花を、守る戦士が居てもおかしくは無いねぇ。だから喧嘩を吹っかけられたら守るのは当たり前だもの、場合によっては死んじゃう事もある」
あって当たり前のものを失う、その衝撃は小さな花の、小さな花びらを散らすほどに大きかった。
「これは普通の人間だってそうだ。当たり前に二十四時間守ってくれて、命をかけて忠誠を誓って、傍にいて、それだけ身近な存在が急に居なくなってしまうんだもの、さぞかしショックだと思うよ。これがトラウマになって、トラウマはアナタの今生の命題になってるようだ」
ただ、そういう足手纏いになりかねない者が、わざわざ危険を冒して転生してくる理由にはならない。
「この世界に生まれ来た理由は……分からない。と言うか水がその先を映さないから、これもロックされてるんだろう。きっと自分で気がつくしかない。ただアナタは彼との約束を果たしにも来た。彼には逢える。それで心の整理をつけるだろう。コレが一つ目」
占い師は、何気なくさらっと言い放った。
彼に逢う――?
あの自分の悲嘆ぶりからして、「てっきり――彼は、彼自身の存在が“消滅”したのだと思ってたんですが……いるんですか」
魔女と戦士、互いに相反する存在同士でしかも相打ちになっていたので、対消滅をしたのだと思っていたのだ。だから、どんな世界に行っても会えないのだと。
「“消滅”してるなら、どうしてここに見えるんだろうね? 誰かとても大事な人と“再会”の兆しが見えてるし、アタシとしてはそう解釈するしかないんだが……それも、今の生活が大きく変わってからのようだから……仲間もいるようだし」
「仲間まで……」
そう聞いて、心は躍る。
驚いたり、嘆いたり、哀しんだり、嬉しくなったり、無為に過ごしたこの数日間で、一番忙しい日だ。
占い師はテーブル脇のラップトップパソコンに数字を打ち込むと、さらに続ける。
「星回り(ホロスコープ)が、今までの生活が根底から引っくり返る角度を取ってるんだよねぇ。これは生活の刷新、転職、引越しなんかの暗示なんだけど、アナタの場合は……」
もう一度、水ボウルを引き寄せた。
「いま住んでいるところは、時期が来るまでアナタを封印する役目をしていたようだから、そろそろ出てもよい頃合じゃないか……と言っても、アナタの場合はアタシがそう言わなくても分かってるんだと思うけど?」
意味ありげな視線を送る、その目は心なしか笑いを含んでいた。
そう、何故なら私は、全てを知ってるし、全ては予定通りなのだ。
つまり、これまでの人生は、私が悩む事ではなかったし、また何の心配も要らないはずだったのだ。
時々、この世界に順応できなくて激しく落ち込んだときに、ヒントになる事象が身の周りに起こっていた。
――或いは、私があまりに我儘を言うから、仕方なく寄り道させてその先を示唆していたのかもしれない。
急に自分の中にある芯が、自ら立った気がした。
軸が揺り戻って、もう迷う事も、ヘタに悩む事も、今までのそれがいかに馬鹿馬鹿しい事だったか――それから、此処にへ来た理由も――を納得した。
占いと言う自己分析ツールは、一つの手段に過ぎない。
私は、自分で答えを得た。
そう思ったら、自然と占い師の視線に微笑みで返していた。
「自分のね、自身に対する答えってのはね、大抵は自分で知っているものなんだ。なぜ自分でそれを見つけられない? それは自分を見てないからだよ。鏡に映して、その自分の姿をね。占いは無いものは見れない。あるものを反射してるだけ」
南の夜は、昼間と同様に濃密だった。
何をしに来たか分からなかった。
でも、そうだ――
ここの風が私を招いたのだ。
天幕を出て、騒がしい俗界に戻ると、急に一陣の風がやってくる。
知っている風だった。 |