天河を渡る仮初めの恋(7/10)PDFで表示縦書き表示RDF


天河を渡る仮初めの恋
作:レイ@名無し



Missing 7 ◆魂の傷


 湿った空気を追い払うように、天幕内に置いてある扇風機が、ブーンと唸る。
 首を振ってテーブルクロスの裾を乱し、私の素足にも控えめに風を送っていた。
 それでなくても湿度の高いところだから、天幕なんて張らずにオープンにしたら良いのに。
 意味も無く扇風機を見つめて、全く関係のない事を考えているのは、たぶん、リゾート地に昼寝しに来たもう一人の自分。
「――何か言えるかい?」
 占い師は上着の裾を煽って涼を取りながら私を見る。
「――え」
「かなりの衝撃だった?」
「――あ……」
「辛い?」
「……」
 急に酸素濃度が下がる、そんな息苦しさを覚える。
「“黒衣の戦士”は、どうなってますか……」
「私の口からでいいのかい」
「符合性を、得たいと思います。是非」
「……その戦士風の人は、アナタに忠誠を誓うボディ・ガードみたいな感じ。アナタが深窓のお姫様みたいな、巫女みたいな立場……に見えるんだが、そういう人を守る専属の戦士と見受ける」
 いつの間にか握り締めた自分の掌に、じっとりと汗が滲んでいた。
「ナンだろうね――…どう? 全てをゆだね信頼しきっていた人が、自分を守って傷つくってのは」
「……――」
 何の予告も兆しも無く、占い師を凝視した目から熱いものが急に溢れた。
 あっという間に、頬を伝って下に落涙する。
 何で、泣いてるんだろう――
 まだ、もう一人の自分は不思議そうにしていた。
 
 ――思い出したから……
 
 知ってる。
 そうだった……
 
 自分で戸惑いを覚えるほど滂沱の涙に視界がぼやけ、嗚咽が漏れそうになり慌てて口元を押さえた。
「――し――死んでしまったんです――」
 どうして、こんなに自分は哀しくて泣いてるのか、見当も付かなかっった。胸も、息も詰まる。
 “時間を止めて――”
 “――あの人は、私を守って死んでしまった……”
 
「それも知ってるし、観てるんだね」
 頷いて返事とした。
「それが直接的原因かな」
 アシスタントの男が天幕の中を覗いて、ティッシュボックスを隅に置く。みっともないとかそんな余裕も無く、「貰います」の断わりも忘れて、私は続けさまにティッシュを四、五枚取って顔に当てた。
 それから鼻声のまま、
「――わたし……私は、何も出来ない存在でした……平和に、守られていて、何者かも知らないで……何処からか敵が攻め込んできて……私が、私の落ち度のために、自分を危険に晒す事態に陥って……応援が間に合わなくて…彼は――」
 
 
 
 ――白い雲海のような世界に、まるで神殿と言う趣の天井高い建物の中で、物陰に隠れる私。
 周囲が騒がしい。
 結界が破れたのだという。
 瞬く間に敵が侵入してきて、混乱に陥った。
 なぜ、結界が破れたのか?
 それは分からないが、自分が原因であろうとは思う。
 何か、禁を犯したとでも言うのだろうか。
 あいにくと私の居場所は手薄だったのだ。
 醜い獣のような異形の生物が、ここを目掛け大挙してやってくる。
 狙いは私。
 私は戦う術を知らない。
 いつも誰かに(かしず)かれ護られてきたから。
 虚を突かれて、私の傍には『彼』しか居なかった。
 多勢に無勢とはこの事なのだろう。
 いくら手練れとは言え、敵うわけも無いのに『彼』は、私の護衛と言う任務を全うしようとした。
 ――もっと、早く
 ――誰かが間に合ってくれれば
 
 ――それより
 ――自分が戦える手段を持ってたなら
 
 
 どうみても死にゆくしかない、そして“死”しか見えない『彼』の、“別れ”を告げるその頭を胸にかき抱いて、私はこれからの生きる術を失くしたように途方にくれ、悲嘆にくれ、我が身を呪う。
 別離が決定したその瞬間から、死までの瞬間の、その大切な一瞬を万感の思いをこめて、忠実なる(しもべ)の別れに応えた。
 未来の夫が、戦う力の無い私のために遣わした武将。
 大好きだったから、ずっと傍にいるものだと思ってた。
 
 でもこれから、たった今、彼は死ぬ。
 
 私を置いて、彼は発った。
 私を殺しに来た、魔物の老婆と戦いに。
 渾身のオーラを纏った剣と、醜い手指から出る禍々しい光と、それらはぶつかって火花を散らした。
 戦いがピークに達したとき、それらが互いに刺し貫く。
 
 ――分かってたでしょう
 ――だから、お別れを言ったじゃない
 
 ――分かってる
 ――分かってる
 ――これは仕方の無い状況だから
 
 ――仕方が無い?(・・・・・・)
 
 耐え切れないその時が訪れ、私は自分の口から聞いた事も無い、空間をも(つんざ)く叫び声を聞いた。
 
 私を救出しに力強い味方が駆けつけたのは、全てが終わった後だった。
 間に合うはずも無い。
 
 ――私のために、私の大切な人が死にました
 
 ――胸が張り裂けそう
 ――私の半身が失われたような痛さ
 ――これが、失うと言うこと
 
 急激で巨大な喪失感は、私を飲み込んだ。
 護るだけなら『彼』一人ではないのに、それこそ私は戦いの力を持たない女であるのに、その他にも私を守る心強い優しさに囲まれて、それでも――今の私には『彼』と、この状況下における己の不甲斐なさに激しく我が身を呪った。
 
 
 ――彼が、死にました。
 
 ただでさえ、感度が高く細い神経を一気にすり減らす。
 
 ――何処へ行ったの。
 
 自分で(ぬぐ)うしかないものが、私の魂に刻まれた。








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