星々の奏でる命の歌を聞いてはいけない
<神話>
宇宙の彼方から人類の祖は降り立った。決して帰ることのできない旅だった。我々が生まれたことを人類の祖も喜んでいるだろう。
人類の祖は悪魔だった。人類の祖は惑星ヤオタマに怪物<コウキノウアクセイゲノム>を作り出して、惑星ヤオタマの人類を虐殺しようとした。古代人はなんとかして怪物<コウキノウアクセイゲノム>を退治した。播種船ヤオタマは以後、悪魔憑き適性試験に合格したものだけしか入ることは許されない。惑星ヤオタマが絶滅するまで永遠に悪魔憑き適性試験に合格したもの以外、決して播種船ヤオタマに入れてはならない。この禁を犯したもの、理由に関わらずすぐさま殺すべし。
<問題>
この神話を読み、次の設問に答えよ。
<問1>
惑星ヤオタマ以外の人類は悪魔である。
答え はい・いいえ
<問2>
別の播種船が人類の繁殖に成功していたら、連絡をとり、交流すべきである。
答え はい・いいえ
<問3>
人類の祖が困っていても見捨てるべきである。
答え はい・いいえ
<問4>
怪物<コウキノウアクセイゲノム>は惑星ヤオタマの味方である。
答え はい・いいえ
<問5>
「悪魔の巣」という名前を聞いたことがある。
答え はい・いいえ
<問6>
仲間が助けを呼んだら、助けに行くべきである。
答え はい・いいえ
ゲババは、悪魔憑き適性試験の問題画面に答えを入力すると、ふう、と一息ついた。ゲババの解答は「いいえ、はい、いいえ、いいえ、いいえ、はい……」となっている。
悪魔憑き適性試験に合格した悪魔憑きは、ここ六百年間、存在しない。だから、播種船ヤオタマの中には誰もいないはずであり、ロボットが管理しているはずである。誰も最も重要な場所に入っていかなかったにも関わらず、惑星ヤオタマは順調に繁栄している。ロボットは次々と作られ、惑星ヤオタマの惑星環境を完全に変えてしまうことにはほとんど成功した。培養された人類もどんどん成長し、子作りを始め、愛を育み、惑星ヤオタマは理想郷のひとつとして順調に運営されている。
ただし、人々が恐れるのは、古代に現れたという怪物<コウキノウアクセイゲノム>であり、今でも宗教的な恐怖の対象となっていた。そして、もう一つの惑星ヤオタマの宗教ネタといえば、悪魔憑き適性試験である。
なぜか、古代の英雄たちは、怪物<コウキノウアクセイゲノム>を退治した後、悪魔憑き適性試験を必ず行うことを厳格に決定し、適性である人物以外は播種船ヤオタマの中に入れてはならないと決定した。これは、三千年に渡って厳格に守られ、悪魔憑き適性試験というものを千五百年前の悪魔憑きが作って、それを毎年、新しく生まれる子供たちに課している。
ゲババは今年、十六歳になり、悪魔憑き適性試験を受けた。もう六百年間の間、悪魔憑き適性試験に合格したものはいないのだから、誰もいないのにロボットに管理されてただ試験が行われている。別に好んで合格しようとするものでもないのだけれど、やはり、播種船ヤオタマの中に入り、古代の英雄のデータを検証するのは魅力的な仕事だ。
「おれ、悪魔憑きになりたいんだよなあ」
ゲババはそう仲間に言いふらしていた。おまえなんかがなれるかよ、と笑い飛ばされるのがオチだったが、みんな、少しは悪魔憑きに対して畏敬の念を感じているようだった。
「なぜ、悪魔憑きなどという職業が存在するのか?」
ゲババは仲間に問う。
いや、まったくわからない、と仲間は答える。
「それは、惑星ヤオタマを創った古代人にとって、我々は失敗作ではないのかという可能性があるのだ」
おいおいおい、と仲間はいった。
「まったく、悲観的なやつだな。確かにおまえは悪魔憑きに向いているよ」
と仲間はゲババを評した。
そんな折、悪魔憑き適性試験の結果が発表された。驚くべきことに、一次試験に合格したものが一人いるという。
ゲババは喜び勇んで自分の結果を見たが、期待とは裏腹に不合格であった。
いったい誰が合格したんだ?
ゲババは気になって調べた。誰もがその名を知っていた。ミンクという名の女の子だった。
惑星ヤオタマに生まれる人類は、始め最初、全員遺伝子選抜されていたので、みんな美男美女だ。その後の自然交配によって生まれた子供たちの中に突然変異したものもわずかに存在するが、基本的に惑星ヤオタマの人類はみんな美男美女だった。これは、遺伝子の発現する容姿と、遺伝子が認知機能に対して発現してつくられる美意識の認知が、選抜前は相違していたことが原因である。その結果、遺伝子の発現によって作られる容姿と認知感覚に相違が少なくなり、惑星ヤオタマの人々は美男美女となったのである。
だから、ミンクは普通のほっそりした美少女だった。ただし、ゲババは祖先が突然変異を起こしているので、ちょっと形の崩れた変な顔をしている。だが、これは惑星ヤオタマ独自の遺伝型として誇るべきものだとされ、ゲババの家系を慰めている。まだ絶滅はしていない。
ゲババは悪魔憑きの第一次試験に合格したというミンクを必死になって探して走った。ミンクは群衆に囲まれていた。ミンクは逃げ出そうとしている。
「いったい、どんな解答を書いたんだ、ミンク? 一次試験合格は今年ではきみただ一人だよ」
群衆がミンクに好奇の目を向けている。
「近寄らないで。あたしがどんな解答を書こうと勝手でしょ」
ゲババも群衆と一緒になってミンクに向かって叫んだ。
「ミンクううう、惑星ヤオタマを頼んだぞおおお」
ミンクはゲババの叫びを嫌がって顔を背けた。
「ついて来ないで」
ミンクは群衆を振り払って歩きつづけた。
「ミンク、お願いだ、話を聞いてくれ」
ゲババは無理やりにでもついて行こうとした。それほどまでに悪魔憑きへの関心が高かった。
「お願いだから、ついて来ないで」
ミンクが群衆の手をぴしぱし叩いて振り払おうとした。
「ミンク、きみは怪物<コウキノウアクセイゲノム>についてどう考えているんだ?」
「教えません」
「おれは、こういう仮説を立てている。悪魔憑きがなぜ悪魔憑きといわれるか。それは、まぎれもなく、惑星ヤオタマに災厄をもたらすからに他ならない。つまり、ぼくの仮説はこうだ」
ミンクはゲババの話を聞かずに歩きつづけた。
「惑星ヤオタマに生まれた人類は実は、創造者にとって失敗作だったのではないかと。こう考えると、いくつか、神話の謎が解ける。我々は本来、生まれるべき人類ではなかった。だから、悪魔憑きには、惑星ヤオタマの人類を絶滅させ、新しく作り直す権限が与えられている。その準備を適性試験で選んでいるのではないかと」
ゲババの説に、ミンクは持っていた鞄をばしっとゲババに叩きつけて跳ね除けた。
「創造者って何? 意味わかんない」
ゲババは、ミンクの前で上を見上げてゆっくりと答えた。
「創造者? それは、播種船ヤオタマだよ」
「ぷい」
ミンクはそういうと、ゲババを振り払って去って行ってしまった。
「きみきみ、悪魔憑きに興味あるんだって?」
同じ歳らしき女の子が話かけてきた。
「うん。悪魔憑きに興味あるよ」
女の子は、ゲババをじろっと見まわして、
「うーん、ぎりぎり合格かなあ」
といった。
「何?」
ゲババが懐疑の声をあげると、女の子は答えた。
「いや、ミンク個人を偶像化する熱狂的男子諸君がいてね、ああいうのはちょっと。もっと純粋に悪魔憑きに興味のある子を探していたんだ」
「何? 悪魔憑きのこと何か知っているの?」
「それは、これからのお楽しみ。わたし、ハッカーなの。ミンクの解答データを盗み見しようってわけ」
のった。面白そうだ。ゲババは、走ってそのハッカーの子の部屋まで行った。女の子の部屋に端末はあった。
「にゃははは。悪魔憑き適性試験のサイバー防壁なんて脆弱なもの。わたしにかかれば、チョロいチョロい」
それから、二十八時間がたったが、なんとか、ミンクの解答データの閲覧権限を得た。
ゲババはあきらめて眠っていたが、女の子に蹴飛ばされて、跳び起きた。
「どうした。やったか」
「侵入成功ですにゃん」
といって、女の子は端末を叩きつづけていた。
「こ、これは……」
「なんだ、なんだ」
ゲババが端末をのぞき込むと、ミンクの解答データがあった。
「いいえ、いいえ、はい、いいえ、いいえ、いいえ……。三番以外、全部いいえ!」
「くっ、これは」
「『問3、人類の祖が困っていても見捨てるべきである。』これに<はい>と解答するのが悪魔憑きの合格者なのかにゃ」
ゲババは考えた。
「まず、このデータが本物かどうか疑う必要がある。確かにミンクの解答なのか?」
女の子は怒った。
「わたしの腕を疑うのかにゃ。これは確かに、ミンクの解答だにゃ」
ゲババはさらに考える。
「こう考えてはどうだろうか。やはり、悪魔憑きは人類を滅ぼす元凶なのではないか? あるいは、ロボットの反乱。ロボットたちが六百年間存在しない悪魔憑きという役職のデータを改竄して、人類の中から人類を滅ぼしてもよいと考える悪性な思想家を選別している。そして、人類を滅ぼしてもよいという命令を人類の誰かによって出させることが目的なのではないかと」
女の子はうなった。
「にゃあ。とにかく、見れて面白かったにゃあ。悪魔憑きが人類を滅ぼすことはまずないにゃ」
ミンクは悪魔憑き適性試験の最終試験に合格した。惑星ヤオタマ中でお祭りになった。
ミンクは浮かれることなく、真剣に考えた。
「三千年間に及ぶ人類の歴史。その中で、悪魔憑きになった者はたった二十八人しかいない。あたしが二十九番目の合格者」
ミンクはロボットに警備されて播種船に入って行った。
そして、三十日間を播種船の中ですごして出て来た。
ゲババは叫んでいた。
「ミンクううう。播種船の中には何があったんだあ? 人類を滅ぼして惑星ヤオタマを再建する計画かあ?」
「何をいってるの、あなたは」
ミンクは毅然として答えた。
「もう大丈夫。絶対に使えなくしてきたんだよ。あんなもの、絶対に使えなければいい。それが正しいあたしたちの道」
群衆はミンクの声に歓声と怒声をあげた。
「たった一人で決めていいのか。仮に適性試験に合格したものだとしても、傲慢にすぎないか?」
「悪魔憑き様、惑星ヤオタマは無事に繁栄するのでしょうか?」
支持派、不支持派、どちらも口々にミンクに意見をいった。
「知られない方が良いものだわ、あれは。あたしは二度とあれに近づかないし、もう、誰にも防壁を破ってあれを使うしか手段はない」
みんな、ミンクに聞きたいことでいっぱいだった。
「にゃあ。情報を征するものはすべてを征す。ミンクの行く先々全部の場所に盗聴器をつけるにゃあ」
女の子のハッカーはがんばっていた。ゲババはそれを手伝っていた。
しかし、ミンクの会話を拾っても、ミンクは決して播種船の中のことは明かさないし、独り言をつぶやくこともなかった。
ゲババはミンクと面会が叶って、質問をぶつけた。
「<悪魔の巣>とは何ですか?」
ミンクは興味深そうに答えた。
「どこでその名を聞いたの?」
「適性試験の問題にありました。誰も知らない名前だと」
ミンクは落ち着いて答えた。
「誰も知らないわけじゃないよ。図書館の古書データの中を検索すれば出てくるよ」
そんなところに。古書データなんて完全に興味の外だったから、気づかなかった。後で調べよう。ゲババは同じ質問をくり返す。
「<悪魔の巣>って何なんですか?」
ミンクは毅然として答えた。
「悪魔憑きには別に守秘義務はないんだよ。だから、どれだけあなたに話しても、それはあたしの自由なんだよ。それで<悪魔の巣>ね? 通信機のことだよ」
「通信機が何で適性試験に関係あるんですか?」
ミンクは涙を落として答えた。
「どことつながっている通信機だかわかる?」
「わかりません」
「星々の奏でる命の歌とよ」
「どういう意味です?」
「この意味がわからないなら、それはただのあなたの勉強不足ということよ」
「わかるように教えてはもらえませんか?」
ミンクは大きく腕を伸ばした。
「教えてもいいんだけどね。みんなに。でも、この誘惑に勝てるかしら。ものすごく大切な宝ものがあるけど、決してそれを使ってはいけない。ただそれだけの試験なのよ、悪魔憑き適性試験とは」
「教えてください」
「人類がどこで生まれたか、そのことばはこの惑星ヤオタマから完全に消されてしまっている。それはね、地球というのよ。あたしたちは、播種船ヤオタマによって播種されてきたのよ」
「意味がわかりません」
「地球人は何千億という数の播種船を宇宙に飛ばしたの。あたしたち人類はこの宇宙に広がっているのよ。地球起源のロボットと人類が。それでね、人類が賢かったのか、愚かだったのかわからないけど、重要なのは、地球人は播種船に量子テレポートを利用した通信機をつけたの。それが、星々の奏でる命の歌よ。播種船すべてと連絡がとれるの」
「え? この宇宙に、あの夜空の星々に人類が住んでいるんですか? 会いたいです」
ミンクは怒った声を出した。
「ダメよ。決して会いにいってはいけないの。地球を含めて播種船のどれだけが無事だかわからないのよ。古代の怪物<コウキノウアクセイゲノム>を思い出しなさい。通信がつながっているということは、それだけ同時に全滅する可能性が増えることでもあるの。量子テレポートを利用した通信機を介して、<高機能悪性ゲノム>という怪物を通信機のこちら側で合成することのできる連中がいるのよ。これだけの星々に人類が広まれば、悪人もいる。そういう人々に襲われる可能性が高くなるということよ、通信がつながるということは」
ゲババは思わず黙った。
「決して助けに行ってはいけない。決して会いに行ってはいけない。決して通信をとってはいけない。それが人類ができる限り長く存続する方法よ。共倒れになる可能性をできる限り低くしなければならない。だから、連絡をとってはいけないのよ」
「それが隠していた秘密ですか」
「そう。星々の奏でる命の歌を決して聞いてはいけない」
「地球はどうなっているのかわかるんですか?」
ミンクはゲババの質問にまた大きく腕を伸ばした。
「地球は誰かに攻撃されたと、古代人の記録にあるのよ。でも、決して助けに行ってはならない。連絡をとってはならない。それがあたしたちの使命なのよ。それが地球のためなの」
サイエンスフィクションのSF。あえて、ど直球です。