~帝国軍基地・ジャスティス計画研究所~
月――夜空に気高く咲く孤高の花。
その白く非情な光が射るのは逃げ場を失った獲物の心臓。月光から逃れられるものなどいない。
赤く咲き誇るは血糊、そして非常事態を知らせる警報ランプ。
朱に染まった無機質な通路。各ブロックを隔離するために灰色のシャッターが次々と閉まって行く。
灰色の檻から逃げ失せるは白衣を着た人間達。
研究所の一室。ガラス張りの部屋には少女がいた。
彼女を一言で記すならば“キカイ”であろう。
およそ人とは思えない美貌を持て余している少女。
腰のくびれ辺りまで垂れ下がる髪は月光のような蒼、深海のごとき澄みきった蒼を宿す双眸。
綿のような白い裸体には魅惑の魔術が掛けられており幾多の男を虜にする。
蒼い髪から垣間見える純白の背中には、狼を模した刺青が刻まれていた。
「来るな……来るなぁ、化物ぉぉ!」
雄叫びと共に無闇にハンドガンを乱射する一人の兵士。耳を塞いで床を這い回る研究員達など構っている余裕は彼にもはや無い。
血飛沫を上げて痙攣を起こしている同胞ごと少女を蜂の巣にしてもなお、鉛弾を打ち込む。が、彼女の進行は止まらない。
「ひ、っひぃ……っく! 早く弾を、早く!」
撃鉄が虚しく音を立てる中、震える手でカートリッジを装填しようと試みる。しかし、焦りが彼の手際を素人同然にまで劣化させてしまった。
「テキがイル、テキがクル、テキがイル、テキがクル」
仲間を血祭りに上げた少女の声が、ひたひたと音を立てながら死の宣告のように近づいてくるのだ。最後のカートリッジを迂闊にも落してしまうのも無理は無い。
「はっ――」
カートリッジを拾い上げた兵士の眼前には少女の胸があった。熱を持った銃口が胸に当てられているというのに進行を止めない魔女。
形の良い胸が銃口で抉られていく。
「あぁ! ぁぁ!! 死ねぇぇ!! 死んでくれぇ!」
鳴き声に等しい兵士の叫び。
ゼロ距離からの発砲ならぬ空砲。弾が入っていないハンドガンが楽器のように少女の胸で音を鳴らす。
胸を抉ったお返しと言わんばかりに、顔面を抉られ兵士の動きは止まった。
乱暴に兵士の死体を引きずる少女は、研究室の外を目指す少女は死体で埋め尽くされた通路に一つだけまだ動いている人形を発見した。
「……ふん、すい」
「な、何を……ぁはっ、ひゅぅ」
何人分の血液を浴びたのか赤色に染色された白衣を着る男。
怪我で上手く呼吸ができないわけではない。恐らく、恐怖で上手く呼吸ができないだけだ。
死体に紛れ込むように倒れていた彼の目の前には、魅惑に満ちた白い素足が二本ある。
少女の右腕に引きずられてきた死体が無ければ、この地獄に天使が舞い降りて来たと言えば彼は信じたかもしれない。
少女の真っ赤な指先から、秒を刻むように落下する血。
くびれた腰には赤い液体が白いキャンバスを汚すように伝っている。
塗りつけられた乾いた赤が……少女の血に塗れた裸体は一種の芸術作品であった。
「や、めろ! やめろ、やめろぉ!」
腰を抜かして後ずさりをする男に歩み寄り、何の予告も無く胸を貫く。
即死だったであろう。だが、人間は死しても数秒間は生きていると言われている。
心臓を抜き取られた彼に意識があるかなど定かではないが、生気の無くなった彼の眼球にはこれからの光景が写っていた。
元気よく脈を打つ心臓。血を求めて動き続けるポンプ。断線した血管から血が溢れ出す。
「ふ、ふふ。ふふふ」
少女が無邪気に笑う。天使のような頬笑みも血と肉で出来た地獄では魔女のそれと言われても仕方が無い。
蒼い髪をも朱に染め、赤色の噴水を眺める少女。
少女にとって初めて見る噴水は――生温かく赤かったのだ。
「っくそぉぉ!! 手遅れだったか」
少女の背後、ガラス張りの一室を破壊して研究室に転がり込むフルフェィスヘルメットを装着した兵士。
表情こそ見えないが、叫び声から怒りを露わにしているのがわかる。
男と魔女が対峙する。男の腰には帝国軍人に支給されているハンドガンがあるが、構える気配を見せない。
「お前の敵は……ここにはいない」
両手を挙げて哀れむような声で男は魔女へと慎重に歩み寄る。
「テキ……いない。ニンゲンいない」
「あぁ、そうだ。敵はいない。人間は敵じゃない。お前も人間、俺も人間、みんな……味方同士だ」
共和国と帝国が戦争をしている中、こんなことを軍人が言うなど皮肉としか言いようが無いだろう。
しかし、少女は男に敵意が無いことを理解したのか手にした肉塊を床に落とす。
「……少女に手を出すとはな、良い大人が聞いて呆れるぜ!」
警戒を維持しながら、男は窓の外……格納庫を眺める。
発掘人型兵器メタルフレーム・通称:MFの格納庫。
バイザーの奥にある二つのカメラアイ。騎士の様な重厚かつ清楚な甲冑に身を包み、両手両足には杭打ち機のような武装が一本ずつ。
歴戦の英雄と言った風体だが、この機体は戦闘を行えない。
MFが両国共に実戦投入されて以来、戦闘ができない機体は資材となるのだが、この機体、帝国にとって特別だった。
現代稼働するメタルフレームの性能を凌駕するであろうと言われた新種のMF。それがこの蒼い騎士の正体だ。
秘めたる性能と構造が人知を超えていたため“神の落とし物”というジョークが関係者内で飛び交う程である。
「何が“神の落とし物”だ……コイツは悪魔の類の兵器だろうに」
蒼い少女と蒼い機体を交互に見やり、苦虫を噛み潰したように言葉を飲む男。
人知を超えた蒼い機体が発見されたことで、帝国の軍人、貴族、考古学者の発掘は拍車が掛った。
掘れる土地があれば掘り返す、森林を破壊し、川を汚し、海を黒く染めていくことに帝国の科学者達は何も感じない。
“自然の力が全て治してくれる”そんな身も蓋もない理論を鵜呑みにし、彼らの夢と希望に溢れた行動は星を汚しただけに終わったのだ。
唯一誇れる事と言えば、“神の落し物”の解析が進み、コックピットに凍結されていた男の前に佇むこの少女を救出したということだろう。
機体内に人が凍結されるなどあり得ない技術だ。
未確認のこの技術を聞きだそうと今度はこの少女に科学者達は食いついた。
遥か古代の機体から救出された少女。
彼女は年数から察するにタイムマシーンを利用したようなものだ。そんな稀有の存在を研究対象として見ない科学者はいない。
ただ、少女は言語・学習能力に障害有りと判断され、研究施設で面倒を看ることになった。
彼女の脳に機体の全ての情報がある。そして、新たな進歩に繋がる技術がある。
それが科学者・技術師による答え。
「タイプ・ミリオン……」
男の悲痛な声。指に付着した血を舐め取っている少女もまた国の犠牲者である。
推定百万年前の代物とされる“神の落とし物”が動き出せばたちまち帝国は共和国に勝利を収めることができる。
長年、魔術師に虐げられてきた技術師達が頂点に立つ。科学が魔術を追い抜くという歴史的瞬間が生まれようと言うのだ。
しかし、そんな技術師達の願いは、いつまで経っても叶わない。
コックピットが開いたのは良いが、蒼い機体は戦闘はおろか起動すらできなかったのだ。
現代技術では、“神の落し物”を解析することなど不可能。人間風情が扱って良いものではなかった。
帝国の技術師にとって屈辱だった。
帝国の貴族にとって金の浪費だった。
そして――保護していた少女を“解析”することになった。
よかれと思って日夜、研究に明け暮れ、スポンサーから無理やり資金を奪い、帝国の明日のために全てを投げ出した研究員。
新しい技術を世のために発見しようと研究を重ね、危険を顧みず発掘現場に向かった考古学者。
彼らはその日――歴史から消された。
ジャスティス計画研究所など存在しなかった。
そこは|ただ《・・】の魔科学を研究していた施設だ。
不運にも、当時、世間を騒がせていたフェンリルというテロリストに襲われ、跡形もなく爆破された研究所である。
当時救援に向かわせた、百に近いメタルフレーム部隊は壊滅。生存者はいない。
コックピットを鋭利な兵器で一突き。軍のパイロットは原型が無くなった状態で絶命しているものばかり。
帝国が何故、テロリスト退治に百もの大部隊を向かわせたのかは歴史上でも永遠の謎とされている。
ただ、研究施設の跡地には空から鉄球が降ってきたかのような穴が無数に残されていた。発掘の穴にしては小さ過ぎるため、何のために空けられた穴なのかは不明。
人々は言う。
フェンリルのリーダーが罪も無き人々を虐殺したその事件を“紅蓮の悲劇”と。
血も涙もないテロリスト達が研究施設に爆弾を仕掛け、全てを焼き尽くしたのだと心の悲痛を叫ぶ。
しかし、この事件に関する資料は一切残っていない。
メタル・ラッシュと呼ばれる風潮の中、極秘で母なる大地に穴を空けまくった結果、人間は触れてはいけないモノを見つけてしまったのだった。
これから起こる殺戮の幕開けとも知らず、人々は紅蓮の悲劇を妄想の域で語り継ぐ……。
ただ確かなことは、紅蓮の悲劇の生存者はゼロである、ということだ。
汝、見つけし者よ
汝には力を 汝には勝利を
汝、血肉の杯を手にし 世の神となる
妾、見つけられし者
古より目覚め、汝の剣となる
死して尚、戦場に赴き 勝利を掴む
故に、不死なり
神の子ら 妾を“魔女”と云う
+注意+
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