旅
ミシェルはハーゼンとともにエバンに連れられ、掘っ立て小屋の裏手にある空き地に来ていた。
「いいか、ミシェルとやら。目の力を押さえ込むには、まずおまえ自身がその力を恐怖に思わないことが大事だ。わかったら、まず自分について思い出せるだけ思い出せ。辛いことも苦しいことも、楽しかったことも面白かったことも。全部思い出すんだ。そして、その思い出についてまわる全ての”魔法”について考えろ。きっと、辛い思い出には多く魔法が関わっているだろう。それらに対して恐怖するな。戦慄するような出来事も、乗り越えられたなら前から向き合って思い出せ。一番初めにしなきゃいけないのはこれだから、出来たらわしらに声をかけろ。じゃあな」
エバンはそれだけ言うと立ち去り、小屋に戻った。辛い思い出、という言葉を聴いたハーゼンは左腕の傷を撫でていたが、「修行は一人でないと行えまい」と言ってエバンのあとに続いた。ミシェルは一人空き地に取り残され、切り株に腰掛けて思い出を探り始めた。
古い記憶はなんだろう。一番古い記憶、それは三歳くらいのことだろうか。まだ父も母も健在で、ハーゼンはときたま遊びに来る親類、という程度の関係だったか。そこまで思い出したわたしは、最初の嫌な記憶にぶち当たった。わたしには実はあまり良い思い出が無い。数少ない良い思い出、それも遥か昔のことばかり。父と母が居た頃にしか、良い思い出はなかった。今現在にいたっては、身体を狙われて男どもに囲まれることも多い。幼い日は幼い日で、力がないから抵抗できず、食料もまともに得られない・・・・・・・・・・・・
悲惨な思い出ならいくらでも引き出せる。近所の子供に青い目のことで忌み嫌われた。石を投げつけられ、ゴミをかぶらされ。目を隠して他の町に潜り込めば、ばれたときには「隠れて潜り込んできた嫌な奴」と言われて殴られた。一番最初に魔法を使ったのは、ナイフで切りかかられたとき。青い目を持つ人間には人権は無きに等しいのだ。そして殺される、そう思った瞬間、わたしは魔法でその人の動きを止めていた。何がなんだかわからないその人は、動けるようになると慌てて走り去った。自分を助けてくれた、それが魔法。そして自分が追われるような立場に追い込まれている原因―――――それもまた、魔法なのだった。
歳が十五になった頃からだろうか。わたしの目は日に日に、「影を湛えた瞳」になっていった。それが青い目の血統の中でもさらに忌み嫌われる、強力な魔法を秘めていることは知っていた。その目はわたしの母の目でもあったから。母は、その「影を湛えた瞳」の力を狙われて家から出て行かざるを得なかった。父は幸いにもその目は顕現しなかったが、母を引きとめようと政府の役人に殴りかかったために、死んだ。銃で一発、あっけない最後だった。魔法が使えるからといって、青い目を持ったものは万能ではない。むしろ魔法はその人に不幸を招く。わたしは、そう思った。
魔法は罪。青い目を持ったのは運命。ならば、生まれながらにして罪を背負ったわたしたちは、どうすればいいのか。・・・・・・・・・・・・わかっている。というより、この数日で少し理解した。―――――――オルト。彼のように、青い目を差別しない人だっている。ならば、同じ人間なのだから他の人だって理解はしてくれるかもしれない。実際、一人でハーゼンを訪ね歩いた途中、わたしに親切にしてくれる人はいた。彼らは特別なんかじゃない、普通の人だった。表立って協力することは出来ないけど、と言ってわたしにパンをくれた人もいた。
結局、魔法を使う人は嫌われるけども、万人に嫌われるわけではない。親切にしてくれた人たちも辛い境遇にいた。その中で同じような待遇を受けるわたしを受け入れてくれた。個人個人での感情の共有、相互の理解。それは、できることだ。
だからわたしは魔法を、許せる。――――――――怖くない。
「エバンさん。終わりました」
「そうか・・・・・・じゃあ家に入れ。食事にしよう」
時間にして二、三時間。ミシェルは切り株の上で目を閉じ、思い出を探り続けた。そして魔法についての認識を改め、今食卓についていることにすら感謝できそうなくらい、心が穏やかになっていた。
「ミシェル、魔法は怖くなくなったか?」
ハーゼンはミシェルに問いかけたが、その表情を見て理解した。
「怖く、なくなったか」
虐げられることは恐ろしい。それも、特に理由のない虐げは尚更怖いものだ。理由がないのに行われる虐げに、人は理由をつけたがる。自分に非があるように思い込み、自分を追い詰める。または、自分以外の何かに責任を転嫁して逃げる。ミシェルの場合は後者で、魔法のせいだ、青い目のせいだと「自分の一部」を責め続けた。それは一番辛いことだ。逃げ切ることの出来ない追っ手。自分の身体の一部。ミシェルはようやく、そんな呪縛から解き放たれたのだ。
「二番目の修行は明日かな。この調子なら、すぐに目の力を押さえ込めるさ」
エバンは豪快に笑うと、ミシェルにスープを勧めた。暖かい肉のスープは心を解き放ったミシェルには、普段よりもさらに尊いものに見えた。もともと食事をまともにすることも出来ない生活をしていたミシェルには、食事はなによりも尊いものだった。
「魔法、か・・・・・・」
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「ああ、あっちか」
オルトはすたすたと歩みを止めずに歩いた。その行き着く先がどこなのかはわからなかったが、とりあえず自分の「時間」を取り戻すためには行かなくてはならなかった。
「もう時間はあまりないんだから」
だからオルトには覚悟が出来ていた。自分の「時間」によって生み出された事象、その一部であるミシェルから自分の「時間」の片鱗を吸い取ることは、オルトの「時間」によって生まれたミシェルを消すことになる。それでも、時間がもうない、ならば、ミシェルを消してでも「時間」を取り戻し、生きながらえなくてはならない。
オルトは長い杖をシャン、と打ち鳴らした。飾り布の先端についた鈴は一度鳴ったあとはどんなに振っても鳴らない。そして、鈴の音に乗せたオルトの魔法が、もう少し先にミシェルがいることを示した。
「そっちか」
明日の朝までにはつくだろうか。そんなことを考えながら、オルトは時間を気にしていた。
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そして、到着した。オルトは、小屋の近くまで来るとドアまで音も無く移動し、ノックした。
「はい」
ミシェルの声が聞こえ、オルトは少し戸惑う。しかし、自分がやらなくてはならない、そうしなくては、という恐怖が、その心、僅かに残っていた良心を凍結させた。
「オルト、です」
がちゃりとドアが開いた瞬間、杖の先端を向けるオルト。しかし、そこに立っていたのはエバンだった。が、躊躇わずに魔法を放ち、エバンは足元から生えた植物で身動きを封じられる。
「オルト?」
椅子に座っていたハーゼンも、杖を片手に立ち上がりかけた。しかし、それよりも早く杖を向けられて、その腕ごと木に捕らえられる。幹にめり込むような形で口すらふさがれたハーゼンは、それでももがいてミシェルを助けようとする。
「無理だよ」
冷徹に言い放つと、杖を今度はミシェルに向ける。
「ごめんよ。でもこうしなければ僕は自分を救えない。君を構成する僕の魔法を、時間を返してもらう」
が、オルトは次の瞬間には声を出す事も出来なくなる。ミシェルの魔法が、瞳に込められている魔法が漏れ出した。自分の魔法を受け入れた今のミシェルは、自分の意思で相手を止めることも出来るようになっていた。
「オルト・・・・・・なんでそんなことをしようとするの?」
息ごと封じていた動き、それを口のみ解いて発言を許すミシェル。急に息が出来るようになって、ぜえはあと息を吸うオルト。
「今言ったとおりさ。僕は、・・・・・・時間がないんだ。僕の生きていられる『時間』は、ある人に奪われて様々ないたずらに使われた。体から奪われた魔法の時間。それを取り戻さなければ、僕は体の動く『時間』が全てなくなり、そのときには生命の全てが『止まる』それは、普通に死ぬ事とは違うかもしれないんだ。僕にはなんとなくわかる。それは、体のみの死だ。魂は永劫からだの中で、僕は苦しみ続ける」
「そうじゃないかもしれない」
「そんなことわかるもんか!死に直面するこの気持ち、ひしひしと隣に死を感じて、追われ続けるこの感触・・・・・・わかるわけがない」
「わかるよ」
泣きそうな表情で、ミシェルは言った。
「ずっと、ずっと追われ続けて生きてきたから。死ぬ事、じゃないけど、人に追われてきた。生きてはいけない、と。そうした人の感情に追われることも、きっと死、そのものに追われることと同じくらいに怖い」
「うそ、だ」
オルトも泣きそうな顔で。しかし、自分の手で人の命を抹消することに抵抗を感じて。
「本当よ。だから、杖を下げて。勿論これは、わたしの死に対する恐怖からの気持ちも入ってる。でも、そんなことをして時を取り戻しても、あなたに幸せはきっとこない」
「幸せなんていらない。それよりも、今このときを生きる事で精一杯なんだ・・・・・・」
「そんなことない。求めるべきよ」
「求められない。僕は、死にたくないから」
涙をこぼして。オルトは、床に伏せった。
「・・・・・・・・・・・・ねえ、それなら」
「?」
「一緒に旅をしよう。オルトの時間を取り戻せるように。わたしも一緒についていく。だから、オルトのいる国に連れて行って。わたしも、差別のない国に行ってみたい。そうしたら、このわたしの時間をあげるから」
「そうしたら君はいなくなるんだよ?」
「幸せを得たら、もっと幸せを得たくなるとは思う。でも、そこでわたしは満足してみる。そこで、あなたに時間を返してあげる」
オルトは、なきながら考え込んだ。悩んで悩んで、そして、差し出されたミシェルの手をとった。
「わかったよ。差別のないところに連れて行く。今から」
「今?」
足元に光る円が広がる。ハーゼンとエバンの姿は掻き消え、気がつけばミシェルはオルトの手をとって街の中にいた。
「ここが僕のいた国・・・・・・いや、時代だよ」
「時代?」
「僕は時間を旅していたんだ。その途中には、青い眼に対する差別のない、こういう国、時代もあったってこと」
そして、ふっとまた光る円が広がり、またエバンの小屋に戻っていた二人。
「さあ、差別のない国に連れて行ったよ」
オルトはそう言うと、ミシェルの手を離した。そして、小屋の出入り口に向かい、ハーゼンとエバンを元に戻した。
「もし君がまだ、差別の無い国に行きたいというなら、僕の旅についてきてもいいよ。でも、それを選ぶならもう二度とそこの二人には会えない。僕は三人も一緒には連れて行けないから。選んで。ここで暮らすのか、それとも僕と一緒に行くのか」
オルトは懐から砂時計を取り出し、逆さにした。その時間内に決めろということらしい。
「エバン、ハーゼン」
木から解放されて喘ぐ二人は、ミシェルの眼を見ているばかりだった。
「あと半分だ」
差別の無い国。そこはきっと素晴らしいだろう。でも。
「時間切れだよ。どうするの?」
「わたしは・・・・・・行かない」
「なぜ?」
「自分の魔法はもう、嫌いじゃないから」
そう告げると、オルトは笑い出した。そしてふうと溜め息をつくと、「わかった」と言って光の円に入っていった。
「じゃあ僕とは一緒に行きたくないんだね」
「行きたくないわけない。でも、それでもわたしはここを捨てられない」
すると円はひときわ大きく輝きを放ち、あたり一帯を包み込んだ。
「・・・・・・え?」
ミシェルが気づくと、そこは先ほどいた『時代』だった。後ろを見れば、ハーゼンとエバンもいる。
「さっきの三人一緒に行けない、っていうのはウソ。自分の魔法を君が嫌わなくなった、というのを君自身の口から聞きたかった。それと、一緒に行きたい、と言う言葉も」
オルトは少し笑うと、ミシェルに手を差し出した。
「君に時間は預けるよ。だから、しばらく旅に付き合ってくれ」
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