1―9 空中放電
伸太郎さんの『飛び込み胴』はバズーカ砲のように、「ズドーン」と地響きを起てて炸裂する。
短い気合と同時に剣先を喉元から右目へ! 突き面でくる! と直感した相手の剣はその進路を潰し、出鼻を挫くために間合いを詰めてチッ! と反応する。
数ミリ肘が伸び、脇が───空いてからでは遅い!
反射神経が動作の命令を送りきるその前に体重が乗った左足を砲弾を撃つように蹴り上げ!
飛び込む!
迷いなどあってはならない!
・・・・・・飛び込むことに迷いなど───絶対にあってはならない!
胴に竹刀が入った瞬間は、100万ボルトの静電気が空中放電したような、バチーンッという小気味のいい音が、辺りの壁や天井や網入ガラスに突き当たって反響する。
その瞬間の眩しいほど光る映像は今でも久美さんの目に痛いほど焼きついている。
だからって・・・・・・。久美さんが続ける。
「ダンプカーに『飛び込み胴』を決めなくても、ねぇ」
「・・・・・・ですよね」
「でも」
「え? 」
「でも、あのとき。自分の目の前であの子が撥ねられてたら、伸太郎は一生、死ぬまで後悔して苦しんだと思うの。どうして助けられなかったかって・・・・・・」
「どうしようもないですよ」
「そう、どうしようもないけど、苦しむのよ。死ぬほど」
「・・・・・・」
「その後のあの子の事を伸太郎は知らない。知せるもなにも」胸のペンダントを撫でて、魔法の言葉でも囁くように、「さよならだって言わないまま行っちゃったから」の、最後は訊きとれなかった。
「誰かに言われなくたって。伸太郎は苦しむの。そういう人なの」
「それに」と、ポトンと足元に落ちたような言葉の後には少しの間があった。
その短い時間で、伸太郎さんとの出会いから始まる二人の過ぎ去った思い出が駆け巡るのだろうか。
その走馬灯を、久美さんは今まで何万回観たのだろう。そして、泣いたのだろう。
「そういう人でなければ、私は好きになっていなかったもの・・・・・・」だからって───。
身代わりになるために技を練習した訳じゃないじゃないか。
歯を食いしばって鍛えた訳じゃないじゃないか。
そのとき、本当に迷わなかったのか? 飛び込むことに迷いはなかったのか・・・・・・。
体が勝手に反射したって? だからなんだ───。
久美さんの悲しむ顔は浮かばなかったのか?
───伸太郎さん。
どこに何を、何のために、誰に、どうぶっつけていいのか分からなくて・・・・・・、切なさが重過ぎて、僕は胸に溜まった大きな大きな息を、少しづつ、自然に風船が縮まるように見えないように外に出す。
▽
勤務していた市立病院を退職した久美さんの献身的な、周りの人には狂ったようにも見えた看護は2ヶ月続いた。
が、その甲斐も虚しく伸太郎さんは別の世界へ旅立った。
あまりに若過ぎる、折り返し地点にさえまだ遠い、26歳の秋だった。
そして。深夜のその時刻に救急で運び込まれたのは僕だった。
意識がなかったから、何も憶えていない。
足の骨はまるでビニールの袋にカキ氷を詰めたようにぐしゃぐしゃで、とても再生は不可能だった。
僕を撥ねた車は今だに見つかっていない・・・・・・。
「必殺の『飛び込み胴』が敗れた日」。
事故の日を久美さんはわざと冗談めかしてこう言う。
あれは・・・・・・。
「事故 」なんかじゃない。
「殺人 」でなかったら・・・・・・、なんなの?
だから、
間違っている言葉を使うことは許されず、そんな長い言葉に変換してから口に出す。でも。 それがかえって悲しくて、僕はあまり好きではない。
けれど、いつも薄く取り繕った仕草で誤魔化して、見えない隅へ追いやる。
「その日」の伸太郎さんのランクルの助手席の、久美さんの指定席の真ん中には、丁寧にトッピングされた小さな箱が分度器で測ったように正面を向いて置かれていた。
薄いピンクの、小指の先ほどの、よく観るとハート型が首を傾げて笑ったようなペンダントは、いつか二人で出かけた百貨店で、久美さんが「あら! これ、かわいいね! 」と言って一度手に取ったものだった。
勤務を終えて帰宅する久美さんへのプレゼントは、伸太郎さんが初めて作る、覚えたばかりのビーフシチューを食べた後で渡すはずだった。
「必殺の『飛び込み胴』が敗れた日」は、
その日は、
今日で結婚生活1年目だという、記念日だった・・・・・・。
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