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君の目をみて いえること
作:三小屋真尋



1―4 0個のぷりん


 あ!

 という素っ頓狂な声が出てしまった理由を説明するには、時間を24時間ほど巻き戻さなければならない。

 きのうは日曜日で、いつものコンビニは少し混んでいた。

 ガムだけでは体裁がつかず、その中で一番安いプリンを手に取ったとき「あぁ! 」と誰かが短い悲鳴をあげた。その声の主が彼女だった。
 泣きそうな、恨めしそうな顔を残してすぐに離れていったが、大きなため息は後から地を這うように時間差で伝わってきた。

 そのときの彼女にとって僕は日本一の大悪党にちがいなかった。極悪非道。情け容赦のない横暴をはたらいたからだ。

 そのプリンは、僕が手にとったものが最後だった。

 みまわすと彼女は兵隊のようにならんだペットボトルのドリンクの前で、なにをえらぶでもなく、オレンジ色の買い物かごを持ってたたずんでいた。
 肩が上下している。息が荒い。ショックが強すぎて呆然としているようだ。どの呪いを使って仕返ししようか迷っているのかもしれない・・・・・・。

 短い息を吐いて、反動をつけて彼女の横をすり抜ける。そして「プリン、ずっと奥にもうひとつありましたよ」と、すれ違いざまに彼女の後ろの肩のあたりにセリフだけを残し、木枯らしのように去る(消えたほうがかっこいいが)計算で、歩調を速めた。
 しかし、タイミング悪く(良く? )彼女が振り返った。小さい頃、隣の猫は「チョコ! 」と名前を呼ばれると、顔を上げて右と左の耳を交互に動かして、こんな顔をしていた。
 思いもよらぬ言葉に驚いたのだろう、声を出さずに(え! そうですか・・・・・・?)と唇でいっていた残像が、ドアを出たところで蘇った。

 そんな数十秒の『出会い? 』であった。のに───。覚えていたらしい。
 まあまあこれでギリギリ初対面ではないということにはなる。

      ▽

 話は喫茶店の中にもどり、再び「あ!」(このひと、昨日の?)からはじまる。

 コーヒーカップを持ったまま(あ! )と声ではない声を内側に出していた僕を見た彼女は、好きなおやつでも見つけたように寄ってきた。と思ったときはもう椅子に手をかけていた。
「いいですか? ここ」
「え、ええ・・・・・・どうぞ」
 そっけなく聞こえてしまったのではないか。少し後悔した。
 座ると同時にカウンターを振り返り
「コーヒーください」
 ひとつ、と長くて細い人差し指を立てて注文をした。
 その声にウェイトレスが感じのいい笑顔をかえし、いらっしゃいませ、と慣れた手つきで水をおいていった。

 透き通った氷が刻まない秒針のようにゆっくりと回っている。

「きのう、ありがとうございました」
 肩を撫でる長さの髪が見えない風と踊るようにサラサラと揺れた。
「あ、いえ」
「わたしも、あのプリンでなければダメなんです。・・・・・・美味しかったでしょ? 」
「え? うん・・・・・・美味しかったですよ」
「うそ! 」
「ん? 」
「自分のを棚にもどしたでしょう? 」
「いや・・・・・・」
「奥にもう一個あるなんて・・・・・・うそついて・・・・・・」
 僕はかゆくもない頭をかいた。

 あのまま彼女のカゴに入れてあげれば簡単だった。と言えばそうだ。しかし細かいことを恩にきせるようで・・・・・・。
 そんなことで「ありがとう」と太いゴシック体で言われるのは心苦しかった。最初から僕の取ったもののほかにもう一個があったんだったら、それが一番いいことだ。

 彼女の大きな目は瞬きをすると音がしそうだった。本当に音がするからゆっくりと閉じるのだろうか? だから、潤んでいるのだろうか?
 彼女は嬉しそうに話し出す。
 始めから考えていたことのように、言葉が滑らかに艶やかに滑り出す。

 値段が安いのは量が少ないからであって、あのプリンはいつもすぐに売り切れるそうだ。
 パッケージも地味なのでそんなに美味そうには見えない。たしか『とろ〜りクリ〜ミ〜・・・・・・』なんとかといった。
 だからといってわざわざそれだけ買いに行く気にもならない。またそのついでにガムを買うだろう。
 それから。ガム一個を買うのがかっこ悪くてすぐに食べたい訳でもないプリンを買いたす、なんてことは、経済観念がまったくなっていない。とうてい考えられない。あきれる。
 それならガムごと我慢しろ。
 やら。
 同じ買うなら腐らないものを選べ。
 やらと説教され。
 挙句にはお礼をいう間もあたえず去ってゆく足は早すぎる。木枯らしのようだった。
 だとか・・・・・・。
 こんな状況をマンガに描いたなら、彼女の周りには丸い吹き出しがいくつも重なって描かれているだろう。

 僕は両膝を揃えて、コーヒーをおかわりするタイミングをも逃し。彼女の、お芝居の台詞を憶えているような、ピアノのBGMの五線譜に歌詞をつけたような、西洋の子守唄のような声を聴いた。

 秋晴れの午後・・・・・・。
 偶然が暇つぶしに作ってくれたこんな時間も、そう悪くはない。

     ▽

 彼女の席には名刺が置きっぱなしだった。
 結婚祝賀会の席札のようなそれは、僕の名刺だった。
 今時縦書きの、年賀状の宛名側を縮尺したような名刺は自分でも出すのが恥ずかしかったが、さっきまでそこにいた細川という男が置き忘れていったのだから、今はただの紙切れに価値を落としている。


「あ、それ、僕のだから」

「宮下洋兵さん? 」「はい! 」
 ・・・・・・「っていい名前ですね」
 宮下洋兵さんの「?」のところで僕は思わず返事をしてしまった。
 腕の良い若い女医に名指なざしでもされたような錯覚だ。

 予期せぬところで「はい! 」という民謡のような『合いの手』が入ったものだから、それが可笑しさのツボにはまったようだ。
 それからは僕のひとつひとつの動作を楽しんでいるような、とにかく何をしても、たぶん何もしなくて も、それは彼女にとってはおかしさの「もと」になった。

 美人でスタイルがいい。
 彼女とすれちがう男の何人かは微妙に角度を変えて振り返るだろう。
 下心?
 それは「ないわけではない」という遠まわしな言いかたでなく確かにある。
 けれど、彼女の発散している何かが、喉から抜けたはずの小骨のように気なった。それも、ひとつではない。
 僕はとにかく、少しでも長くそこに陣取る言い訳を探していた・・・・・・。

 名前はなんというのだろう?
 そう思ったと同時だった。
 彼女は突然言ったんだ。

「じゃあ、へーちゃん? 」

 ・・・・・・

 そして僕はコーヒーカップの王冠を授与された。












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