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君の目をみて いえること
作:三小屋真尋



2−3 鍵


 毅然とした武士のような佇まいから発する声は高年齢とは思えない。その広い応接室にりん)として響いた。
「あなたの言っておられることは、常識では通用しませんよ。本人以外には、たとえ警察でも何か差し迫った相当の理由がなければ、スペアキーなどを貸せなどという申し出には応じかねます」
 影井は顔をしかめ、頭を掻く。
「いや、そこを何とかなりませんか? こっちだってそれなりの考えがあって言ってる事なんですよ」
 大家の態度は変わらない。
「申し訳ありませんね。だめです。本人の許可もなしに・・・・・・」
 影井は溜息をついた。あごを撫でるのはこういう時の癖だ。
「滞納分の家賃、全額払わせたじゃないですか。決して悪いようにはしませんよ。鳥崎が悪どいのは大家さんだって分かっているでしょう? 迷惑してたでしょう───」
「その件を持ち出されると私も困りますがね・・・・・・。あなたに仕事を依頼したのは私ですから。それでも、やっぱりだめなものはだめですよ。私にだってそこら辺のけじめはしっかりとつけておかなければならない義務があるんです」
「さすがにマンション経営の神様といわれる人だ。大家さん。固いなぁ」
 やれやれ・・・・・・。影井は怜治になんというべきか、途方に暮れた。

 なんてことはまったくない───。

 大家はいった。
「あぁー。鍵ぃ? カギねっ。あるよ! あるあるある。あー、あるあるある」
 あるあるあるを繰り返すのは鍵を取りにいくという目的を忘れないためだ。
 家は広い。途中、まちがってトイレにでも寄ろうものなら最悪だ。用をたしたあとに手を洗うのを忘れて風呂場に入り、手を洗うはずが足を洗い、歯を磨く。24時間風呂の湯は温泉と遜色なくあるじを包み、癒し、疲れを吸いとる・・・・・・。
 1時間も待たされた挙句の来客は、タオルを頭に乗せた湯上りジジイに「あんただれだっけ? 」と思いっきり厭味な顔をされ、もう一度自己紹介の位置まで強引に巻き戻された。
 今回は大丈夫だった。
 あるあるある。あー、あるあるある。
 と念仏みたいに吼えながら、大家は奥から閉じ紐に通した鍵の塊を両手で持ってきた。
 がに股になっているところを見るとかなり重いのだろう。持ち上がらないと分かっているのに、それでもバーベルの重さを確かめる、いさぎの悪い人間がこういう体制をとる。みて、想像しただけでも鍵の数は半端ではない。
 収入のあるサラリーマンから2年間も家賃を取れなくて、ひーひーと汗をかきながら思案に暮れているショボ老人と思っていれば、札幌市内の一等地にアパートだかマンションだかを50棟以上持っている資産家だった。
 この大家はマンション経営にかけて、その道では知る人ぞ知る有名人で、年商はかるく50億をこす。顔の色艶は80歳を超えているようには見えない。しかし穿いているジャージーはいつ時代のものか、黒だったのか、もともとグレーなのか判別がつかないほど褪せていた。
「どうする? これ」大家は鍵の塊を影井の前にドスンと置いた。「全部もってく? 」
 全部をどうするんだ? 鍵をどうするんだ? 怜治の試験問題の件といい、最近の影井はあきれて開いたままの口を閉じる暇がない。
 自己所有する物件を持て余しているなら不動産会社にでも任せたらどうなんだ。
「なんだったら、スペア作っとけば? 」名案だというような手のたたき方をするんじゃない。人の部屋の鍵を何だと思っているのか。
 真ん中がはげた頭を掻きながら、たぶん笑っている筈の顔を影井に近づけて、今度は違う話を切り出した。
「影井さん。わしね。あんた気に入ったよ」
「あ、ども。それで、どれが鳥崎の部屋の・・・・・・」
「あと、部屋代滞ってるのが26件あるんだがね」
「まだそんなにあんの? 」
「それもやっちゃってよ」
「え? いや」
「回収したら全額あんたにやるから」
「は? 全額って」
「そのほうがこれから先、変なのが出入りしないから。安心なわけよ」
「・・・・・・」
「まだ不満? このぉ、人の弱味に漬け込んじゃってぇ。じゃあね、空いてる部屋どれでもいいから事務所代わりにでも使ってよ。それともこれ、連れ込んじゃう? 」これ、と小指を立てて女を意味した仕草を久しぶりにみた。
 いいもなにも、変な疲れが全身に回り、ふぐの毒にでもあたったように頭が痺れてきた。
 影井は理屈の通らない相手は苦手だった。得体が知れない。壁と議論したほうがまだまだましだ。
 とにかく逃れたくて適当に返事をして大家宅を出た。
 後頭部に「風呂にはいっていけ」という声が追いかけてきた。
 結局は金持ちの道楽につき合わされただけか。
 影井の手には何百というドアキーを綴った紐が指の関節に食いこみ、重い。

     ▽

 大通りにほど近い鳥崎修のマンションは、意外に閑静な一角にあった。
 20階から見下ろす夜景は見事に飽きることのない都会の夜を演出していた。
 オートロックの3LDKマンションは有名ホテルのスイートルームのようだった。
 部屋に似合った家具やカーテンも一応そろっている。オーディオはアキュフェーズで揃っていた。そして50インチの大型薄型液晶ハイビジョン。ラックには映画だろう、DVDが積まれていた。
 普通の営業のサラリーマンにこんなものが買えるのか?
 テーブルには使ったままのノートパソコンが無造作に置かれていた。これだけは使い込まれているようで、角は掠れ新しいものでもなさそうだった。 
 まだ残る若い女が好むコロンの香りが影井をいらつかせ始めた。
「この部屋が月6万なのか? 」
 それなりに趣味がよい、背もたれの深い革ソファーにもたれて怜治がいった。
「本当は26万らしいよ。20万まちがっていたんだって」
「・・・・・・。」影井は声も出ない。固まったのでしょうがない。
「そのぶんどこかの家賃をまちがったフリして請求出すんだって。自動口座引き落としで請求書もあんまり確認する人もいないから、文句がきたことないとさ」
「な! そんなことがあっていいのか? 」影井はもうなみだ目になっている。「おまえ、あのじじいを知ってるのか? 」
「鍵のかたまりを返しにいったんだ。邪魔だから。一緒に風呂にはいったよ。じいちゃん、天涯孤独の身なんだって。僕を孫みたいだって喜んでた。帰りには小遣いをもらったよ。・・・・・・3百円」
「3百円? 」
「梓は百円とあめだま」
「あ? 梓も行ったのか? 」
「そうさ、暇だっていうから」
「わ! 梓も風呂に入ったのかっ!? 」
「はいったよ 」
「あー、あのもうろくジジイと一緒にか!? 」
「梓は別の風呂だよ。5つあるんだ、バスルームが。あれ? 影井さん、顔色悪いよ・・・・・・」
「うるさい! 1千万ぐらい、かすめとってくりゃよかったじゃないか」
「あー、でもなんかね、3百円って懐かしくて少し嬉しかったんだ。梓もそうみたいだった。梓はあの通り表情は変えないのに『おーそうか、うれしいか? 』って、反対の手にあめ玉を握らされたんだ。結構いいじいちゃんだと思うよ」
 怜治と梓はこういうたぐいの人間には垣根をつくらない。ひょっとすると人間ではなくて、癒し系の動物なのかもしれない。


「ところで、何を盗むんだ? 」影井はどうにも落ちつかない。
「盗まないよ。置いていくんだ」
「何を置きにきたってゆうんだよ? 」
 怜治は黒いショルダーバッグからDVDを1枚取り出しながら、もう片手はテーブルのノートパソコンを開いている。そしてUSBにスティックをし込んだ。
「終わったよ。影井さん、帰ろう」怜治は持ってきたDVDを適当に映画のディスクの間に挿した。
 怜治の仕事はいつもこんなものだった。そしていつもの口調でいった。

「鳥崎さんには自分の会社を告発してもらうよ」
 












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