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君の目をみて いえること
作:三小屋真尋



1―15 泳ぐブローチ


 中村伸太郎なかむらしんたろうはその同じ場所に、かれこれ30分も立って同じ動作を繰り返している。
 新型のデジカメや新作DVDなんかは、あめを買うようにほいほいとレジに持って行くのに、こと釣りのタックルボックスに並べるツールとなると、途端にシビアな人間国宝級の人格に変身する。
 特にルアーとなると、たかが300円ほどのスプーンという疑似餌の色合いや光の反射具合には、迷う迷う。
 ケースから出してじかに触ってしまうので、常連でも嫌な顔をされる。
 今までの人生の何割の時間をこの魅惑的に輝く涙の形の宝石に費やして来ただろう。

 その日も大いに悩んでいた。悩むのを楽しんでいると久美はいうが、わからんでもない。
「わぁー、きれい」
 小学校の3年生ぐらいだろうか、ショートの髪の少女が背伸びをして、伸太郎の手の中を覗き込んできた。
 その目の輝きが嬉しくて、5円玉の穴を覗き込む時みたいに人差し指と親指とではさんで、照明の反射具合を確かめて、一番美しい角度で小さな手のひらに載せてあげた。生きているように輝くから不思議だ。
 3本のJの形をした針が尾びれのようにぴらぴらと銀色で動く。
「きれいだなー。これ、ブローチ? 」ブローチをして魚は釣らない。
「んー。イヤリングにしてもいいけど、針には気をつけてね」・・・・・・少女に通じないのはわかっている。

 山女魚やまめカラーとニジますカラーで迷っていたものを、少女の好みで決めることにした。即座に「こっち」と、山女魚の稚魚を指刺されては、迷うも何もあったものではない。
 満足そうな顔をしている少女に、これはブローチでもイヤリングでもなく、川で魚を釣るときにおびき寄せる偽物にせものえさだ、と教えた。
 綺麗な川の水の中では、本物のように光って泳ぐようすを説明するのにも講談者のように熱が入ってしまう。
 伸太郎が勤務をしている西署でも、最近はあまり話題に乗ってくるものは少ない。
 ひと言も逃さずに大人の説明を、暗記でもしようとしているかのように熱心に訊く子供は珍しいというより、いない。
 次の言葉でその熱心さの意味に合点がいった。
「今日はね、これからお魚釣りに行くの」
「え? それはうらやましいけど、これからだともう暗くなるよ」
「バーベキューだってするんだもん。すみもかったよ」
「へえー。誰と? 」
 少女は2つ向うのショーケースの間を横切った二人連れを指さした。
「おじいちゃんとお母さんだ? 」伸太郎が言った。
「ちがうよ! おとうさんと、おかあさん」ええ? と、驚きが顔に出てしまった。
「あの人、おとうさんなの? 」いくつなのだろう? 濃くはない短髪の頭は真っ白で、赤く黒く焼けて疲れた顔には、深い皺が傷を縫ったように刻まれていた。下がった目も虚ろでずいぶん高齢な印象をうける。70歳ぐらいにも思えた。
「うん。亜美のおとうさん」
「亜美ちゃん、今日は学校は? 」
「おとうさんが休んでいいって。今日はおかあさんもいっしょだから。今日だけ退院だから」
 何か煮え切らないものが、胸の奥で悶々とした。そして妙に明るすぎる少女の態度は、伸太郎に緊急な違和感をあたえた。

「おーし! 」と、自分でも分からない気合を入れてルアーを2つ買った。
 山女魚の稚魚カラーだ。3グラムで、長さ3センチ、幅が1センチで小指の先ほどで涙の形をしている。ティースプーンの頭そのものだ。
 レジを打っている店長に、一個のほうの針を外してもらった。そしてその穴に1メートルの細いラインを通した。
「亜美ちゃん。これあげるよ。川へ行ったら流してみてごらん。元気に泳ぐよ! 」
「ありがとう! 」とは言ったが、胸のところで揺らしているのでブローチにするだろうか。ちょうどいい紐がついたからペンダントだろうか。
 とにかく少女を喜ばせたいと思っていた。
「もうひとつのは、餌にするの? 」まあるい顔が尋ねた。
「んー・・・・・・」少し考えて「僕の奥さんのブローチにしてあげようかな! 」
「わあー、亜美とおそろいだね。おくさん、うれしいね。おくさんのお名前は? 」
 意外な質問に、ははっと照れた。「久美。久美ちゃんだ」
 亜美は、久美ちゃん?といって、それから。
「おじさん? おにいさん? ・・・・・・のおなまえは? 」と、しどろもどろに訊いてきた。
「僕は、伸太郎だよ。中村伸太郎」
「伸太郎さんと久美さん。伸太郎さんのおくさんは久美さん」
 オオムのように繰り返して、魚のブローチを目の高さへ上げて見つめていた。そして、出口から「亜美」と呼ぶ両親の方へ駆けて行った。

 この店は交差点の角で、出入り口の前は歩道をはさんですぐに横断歩道の縞模様が塗られている。2車線の道路は交通量が多い。排気ガスの臭いが途切れず、充満している。
伸太郎が会計を済ませて店を出ると、亜美がしゃがみこんでいた。
「お前。捨てられたのか? 」抱き上げて「どうしたんだよ? 」弟に話しかけているようだ。
 茶色で鼻が黒い子犬の首にはチェックのバンダナが巻かれいた。そのバンダナと交通安全の旗のポールとをビニール紐で結び付けてあった。
 亜美は黄色いショルダーバッグの中から出したクッキーを、横に置かれたダンボール箱の隅に入れていた。
「捨て犬かな? 」伸太郎が亜美の肩越しにいった。
「かわいそうだね」
「捨て犬ならね」
「どうしよう? 」結論が出せない自分に困り果てている。
「明日、もう一度来てみよう。それから決めよう。亜美ちゃんも来る? 」
 亜美は突然静かになって、子犬を撫でることを止めた。「こないと思う・・・・・・」

(この子は、感づいているのではないか・・・・・・?今夜起こる事を・・・・・・)

 横断歩道を渡りきっていた亜美の両親は、こちらを向いて亜美を待っている。
 父親は枯れ木のように立っているだけで、横の糸のような妻を支えるのさえ苦痛そうだった。

 伸太郎が横断歩道を渡ったのは、駐車場の自分の車に乗って帰るためではなかった。亜美の父親と話をするためだった。訊きたいことがあった。「何のために夜に、闇に向かって川へ行くのか? 」
 母親にもう一度亜美を抱きしめさせるためだった。「今なら間に合う、考えるのはいくら考えたっていいじゃないか」
 父親を見て進んだ。抗議の顔で睨んでいるはずだ。
 父親の目は伸太郎に「くるな!」といって逃げた視線を亜美に向けた。自分が一番考えているんだこの子のことを・・・・・・。といったふうに。

 ばいばい。亜美は子犬に別れを告げ、伸太郎を抜いていった。そのとき。
 右手に軽く「タッチ」といって、小さな手でかすめていった。

 その背中に伸太郎は短い言葉を贈った。「あした、犬、見に来よう」

 
 ───久美、ごめん。
 ひょっとしたら少し遅くなるかもしれない。結婚記念日だけど。
 ほっとけない人がいるんだ。だけど話をすれば分かってくれると思う。
 ・・・・・・なるべく早く帰るよ───












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