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君の目をみて いえること
作:三小屋真尋



1―13 父を被った父


 宗方建設むなかたけんせつは、小さな従業員10人ほどの建築業だった。社長の宗方義夫(むなかたよしおはとにかく働いた。
 しかし、仕事は下請けのまた下請けの、孫請まごうけという有様だった。手元に来るまでに吸い取られた利益は、入れる封筒に負けるほど薄かった。
 橋梁工事でコンクリートの強度が最低強度(呼び強度)を下回った。その中でも宗方建設にとっては大規模な工事だった。
「生コンが悪いんだろ」
「生コン屋は標準採取した供試体の強度はかろうじて出てるから、養生ようじょうが悪いと言っている」
「あんなもの、作ろうと思えばどうにでも作れるだろ」
「役所が立ち会ってるんだるんだよ」
 取り壊しの上に再工事という大打撃が襲った。
 ミスのなすり合いが続き、足の引っ張り合いが起きる。
 工期も遅れて各社の信頼は地をめがけて落ちて行った。結局は「折半(せっぱん」とはいっても宗方建設にとってその金額は破格だった。
 それが元で、得意先との折り合いも限りなく悪くなって行った。

 銀行への借り入れの返答は挨拶をするよりも簡単だった。
 当然のことを言うように「分からないのか? なぜ来るんだ」という、あからさまな顔をして断られた。
 そうこうしているうちに元請けが不渡りを出した。続いて自己破産宣告を受ける。計画倒産だ。責任者は借金だけを残し、沼に逃がした蛙のように姿をくらました。
 待ち望んだ工事代金は、約束でもしていたように次々と滞りはじめ、仕事をする以前に、生活することがその日の課題となってしまった。

 妻の美佐子は38歳で、12歳宗方よりも若かったけれど、病弱でいつも入院と退院を繰り返していた。
 健康状態は亜美を産んでから、心臓病を伴って更に深刻になった。入院費の支払いも滞っている。
 とうとうサラリーマン金融にしか頼るものはなくなったのは、いつからだったか。つい先週のようだけど、実際はもっともっと以前の・・・・・・1年以上も前の話だ。

 その日は、美佐子の外泊許可を無理矢理とった。
「どうしてもというのなら無理に引き止めるわけにもいきませんが・・・・・・」
「奥さんの体には相当負担がかかりますよ」
 1日だけだからと、医師や看護士がいぶかしむ中を病院から連れ出した。

 ショッピングモールのホームセンターは賑やかだった。
 亜美が「クリスマスみたいだね」と目を丸くした。こんな所にも連れて来てやってなかった。
 袋に入った炭と七輪しちりんとガムテープを買った。
 亜美には昨夜のうちに言い訊かせてあった。 
「亜美、明日は川原でハイキングだぞ」
「ハイキング、いくの? 」
「そうだ、バーベキューだってするんだ」
「わぁー! お肉? 焼くの? 」
「そうだよ。川でお魚だって釣るぞ」
「お魚釣るの? おとうさん、釣るの? 亜美も釣る! 」
「だから、アイスクリーム食べたら早く寝ような。お母さんも楽しみにしてるぞ」
「うん」
 亜美は、母親と外に出るのは初めてだった。母親のことでごねた事は今まで一度もない。何をするのも一人でこなし、いつもひとりで遊んでいた。
「ごめんな。亜美」
「う・・・・・・ん」
 亜美の寝顔を眺めていると、このまま眠ってしまうのが勿体なかった。いつまでも天使のような寝顔を眺めていたかった。
 亜美が急にびくっとして寝返りをうった。自分の落とした涙の粒を邪魔そうに拭いた。
 タオルケットで拭っても拭っても、溢れ出てきた塩辛い液体は、止まろうとしなかった。
「ごめん・・・・・・」

 宗方義夫にはもう、考えられる策はなかった。財産も生も根も、未来も全てを使い果たした。最初、亜美だけはと懇願していた美佐子も、もう何も言わず泣きながら頷いた。
「わたしの体が。このポンコツの体が」自分の弱い体が憎いと布団に顔を埋めた。
「3人で。楽になろうな・・・・・・」
 
 美佐子の腕を抱えて横断歩道を渡り終え、亜美を待っていた。
 亜美は途中、つながれていた子犬の頭を撫でていたために遅れた。
「お前。捨てられたのか? どうしたんだよ? 」一度抱いて別れを言ったようだ。
 頑丈な体格の、短髪で誠実そうな青年が真っ直ぐにこちらを見て歩いてくる。亜美はちらりと彼を横目で見て、急ぎ足で追い越した。
 ダンプカーは意志を持ったように、目掛けるように突っ込んできた。
 事故が起きた。

 亜美はその時、非番の警察官だった中村伸太郎に命を救われた。そして、父の手からも・・・・・・救われた。

 サラ金の取立ては容赦がなかった。
 亜美の病室までにも押しかけてきた。
「宗方さん。困るなあ」
「す、すみません。すみません」
「すみませんって、なあ。何回いったってなあ。1円にもならねえんだよ、こら! 」
声を荒げられ、わざと目立つように待合室に呼び出して、人の前で懇願させる。
「なんとかしろよ。ああ? 見舞金もねえのかよ」
「ないんです」宗方は冷たい廊下に土下座する。
 名古屋の妻の姉の嫁ぎ先に用立てを頼んだが、前に借用したした分は全く返していないので、何万円かのお見舞い金を送ってきただけだった。
 
 1ヶ月を過ぎた頃、もうとっくに使い切ったはずの恥を忍んで、恩人のはずの、今は夫の伸太郎がいなくなった、中村久美の家へ向かった。頭を床にこすり付けてでも、とにかく頼もうと思った。
「お金をお借りできないものか」と。そんな筋合いでない。
 気違いじみた申し出だと言うことは重々過ぎるほど心得ている。しかし、もう、知っている人といえばあなたしかいない、と。
 もう、目の前にあるものはわらであろうと、足のすそであろうと、何であろうと、見さかえなどない。
 とにかく頼んで頼んで、頼み込むことしかなくなった。

 しかし、その夜。いくら待っても、まだ悲しみも癒えない久美のアパートの居間の灯りが点くことはなかった。
 一滴の希望は急に腹立たしさに変わって、バチッといって蒸発した。そして、その容積は何倍にも膨れ上がり、限界を超した圧力は、自分の中の何かのスイッチに触れた。
 体だけが動いてしまった時には、足元の砂利を投げつけていた。
 何個かの窓ガラスに当たる音が、名指なざしをするように追いかけてきて、バンバンと響いた。

 3日後、美佐子が帰らぬ人となったことを、亜美の病室で知らされた。
 悲しむ前に一人分楽になったと、返って安堵する自分がいた。俺は悪い奴か? だからどうした?「もう、どうでもいい・・・・・・」と、もうひとりの自分が叫んだ。
 どれほど経っただろう・・・・・・?
 汗が梅雨のように流れている。これだけの汗だから、きっと走っていたのだろう。
 気がついたときは、灯りが点いている久美のアパートの窓へ、思い切り石を投げつけていた。
 確かに「割れろ! 」と願って投げつけた。


      ▽


 次の日に、久美は函館を出たと坂口刑事から訊く。
 そうさせたのは、自分以外の誰であろうはずはなく、すまなさと、ふがいなさと、情けない自分にスコールのように嫌気が叩きつけた。
 その瞬間、激痛と共に頭の遥か奥のほうで「ぷつん」と何かが途切れた。
 くも膜下出血だった。
 植物人間の状態が1年続き、宗方義夫は強い雨の降る日の午後、亡くなった。

 札幌の久美に電話をしたのは、刑事の坂口だった。
「一応、教えておくけど。あの、宗方さんの娘さん。亜美ちゃん。名古屋の親戚へ引き取られていくことになったよ」
「そう、あの子、元気になった? 」
「いや、事故の日から変わらない。あの日のままだ。俺、声も聴いたことないぜ」
「名古屋の人達は、いい人なの? 」
「そりゃ、親戚だから・・・・・・」坂口が口ごもった。職業上の感だ。よくはない。

 (いくら遠いといえど、一度も見舞いに訪れない叔母が障害のある小学生の少女を、大事に育てることが出来るのだろうか・・・・・・? )













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