挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

短編集

悪質な批判はいけないことです。

作者:丘/丘野 優
 俺は、カタカタとキーボードを叩く。
 机の上には、他に、コーヒーの入ったマグカップとスマートフォンくらいしか置いておらず、部屋を見回しても殺風景だ。
 そんな俺の日課は、小説投稿サイトでひたすら小説を読むこと、そして感想を書くこと。

「……今日の日刊一位は……あー、異世界ファンタジーか。そうかそうか。またか」

 そんなことを言いつつ、ぽちりとお気に入り小説に突っ込む。
 適当に斜め読みをし、それから感想を書く。

「良い点……ええと、面白いですね。非常に読みやすくて僕は好きです……云々と」

 返信が来るのは明日か明後日か。
 かなり人気のようだからもしかしたら来ないかもしれないが、別にいい。
 感想を書くのが、趣味のようなものなのだから。

 それから、一度ログアウトして、アカウントを別のものに変える。
 明らかに規約違反行為だが、そんなことは気にしない。
 そしてもう一度日刊一位になった小説をお気に入りに登録し、そして非公開に設定する。
 ちなみに、このアカウントのユーザー名は本当にふざけたものだ。
 そもそも、目的からしてふざけているのだから、むしろお似合いかもしれない。

 黙々とパソコンを操作し、そして感想を書く。

「良い点……特に見当たりませんでした。悪い点……なぜ主人公があのような行動をとるのか理解できません。それに国王の態度も疑問です。王女なんて馬鹿丸出しなんじゃないですか? と。一言……もう小説書くのはやめたほうがいいですね……。送信っと」

 はたして返信は来るのか来ないのか。
 まぁどちらでも構わない。この感想を読み、そして筆者はいったいどのように心を乱されるのだろうか。
 それを想像するだけで、気分が高揚した。

 これが俺の趣味だ。
 人を貶して、そのあとの相手の心情を想像して楽しむ。
 人としては最悪と言われるその行動。

 自分で振り返ってみてもとても性質のいい行為ではないと思うし、またそんなことをする自分を評価することもできないのだが、どうしてか、いつからか、こんなことをするようになってしまった。

 いつからだろう……と考えながら、俺の指先はマウスを動かして、この人を馬鹿にしたアカウントで一番はじめにお気に入り登録した小説を開く。

『聖なる雨の降る世界』

 と名付けられたその小説。
 『夜』という名前の作者が書き上げたその小説は、総合評価ポイント5万を超える大人気小説だ。
 その内容はかなり陳腐でありがちなもので、異世界にトリップした少女がそこで自らの居場所を探しながら色々な事件に巻き込まれていく、というものだ。
 “雨”がそのストーリーの大きなキーポイントになっている点が、他の小説と異なっており、文章自体も美しく洗練されていて、更新頻度もかなり高いため人気なのである。

 かくいう俺も、ずっとそれを読んでいる。

 読み、粗を探し、そしてひたすらに貶す。

 それが俺の、この小説の楽しみ方だった。

 ネット上のことだ。
 誰が小説を書いているのか、また感想を書いているのかなんて、分かりやしない。
 匿名性を最大限に悪用し、楽しんでいる。それが俺だ。
 相手側が決して現実での俺が誰なのかわからないのと同様に、俺も相手側が誰なのか、全く分からない。
 それがこのサイトのいいところだ。
 どんな批判を書いても、現実世界に影響することなんてない。
 それが普通だ。

 けれど、何事にも例外というものはある。

 実のところ、俺はこの小説の作者、『夜』を知っている。

 それは――

 ◆◇◆◇◆

 高校というのはあるタイプの人間にとっては非常に退屈な空間だ。
 それは俺――ではなく、彼女のようなタイプの人間にとって。

 彼女はいつも、机に座っている。
 朝、学校に来て、それから授業がすべて終わり、帰宅できる時間になるまで。

 彼女に話しかける人間はいない。
 なぜなら、彼女はいじめられているから。

 俺は彼女と正反対の立場にいて、かなり人当たりもよく、要領もいい。
 だから常に周りには人がいるし、成績もいいから教師からの覚えもいい。
 部活でもそれなりの成績を残している。
 つまりは、人気者に分類される。

 そんな俺がなぜ彼女に興味を持っているのかというと、彼女のクラス内での迫害を主導するのが俺だからに他ならない。

 彼女を無視し、避け、決して触れないように巧妙にクラスメイト達を誘導し続けてきた俺の頑張りをぜひ、だれか褒めてほしいものだ。
 まぁ、実際、本当に褒められたら困るのだが。

 彼女は、美しい。
 いじめられてはいるが、別に見た目がひどい、というわけではない。

 むしろ、学校でも一、二を争うくらいの美貌を彼女は持つ。

 けれど、それでもいじめの対象になってしまうのが、学校という空間の理解しがたいところだ。

 首謀者が何を言っているのか、という感じだが、客観的に見てこの奇妙さは何とも言い難いということは誰から見ても明らかだろう。

 非常に優れているのに、彼女はいじめられている。彼女に悪いところなど何一つないのだ。

 なのに。

 わけのわからないことである。ただ、俺には都合がよかった。

 俺は、彼女が精神的に追い詰められる姿が見たかったからだ。

 人が崩れ落ちていくのは楽しい。人は弱い。だから立ち直るだけの強さも持つ。けれど、それには限界があるのだ。その限界に人を追い込むのが、俺は好きだった。そしてその対象は美しければ美しいほどいい。そう、思っていた。

 だからクラスメイト達を導いた。

 けれど、俺の行動は結果として無駄だった。

 彼女は、いくら無視されても、迫害されても、傷ついてはいなかったからだ。

 どうしてか、彼女は強かった。その儚げな見た目とは異なり、手折られることのない強い心を、彼女は持っていた。

 どうしてなのか。気になった俺は、ひたすらに調べた。

 なぜそんなに強いのかを。

 何を支えに、生きているのか、その根本を。

 内面が腐りきっているとはいえ、外面的には人気者の俺は人にお願いを聞いてもらうのも難しくない。

 いじめの首謀者が俺などと、だれも気付いていないのだ。もちろん、彼女も。

 だから、自作自演なその状況を自ら破壊することによって、彼女に近づこうと、そう俺は考えた。

 まず、彼女に話しかけた。

 俺がそのような行動に出たことに、クラスメイトたちは驚き、そして自らが今までしてきたことを恥じた。

 彼女にそのようなことをすべきではなかったと、そう考えたのだろう。

 それからは、彼女は普通に生活できるようになり、友人もできはじめた。

 彼女は、俺に感謝するようになった。

 そして、自らの秘密を、少しずつ俺に打ち明け始めた。

 俺は、歓喜した。やっと知れるのだと、そう思ったからだ。

 そして明らかになったのは、彼女が密かに小説を書き、それをネット上に公開していること、そして彼女のユーザーネームが『夜』だということだ。
 彼女から聞いた小説投稿サイトには聞き覚えがあった。部活仲間の誰かに、大分前に勧められた記憶があった。

 帰宅した俺は、自分の部屋で彼女から聞いたサイトを開く。
 なるほど確かに彼女の小説はそこにあった。
 ためしに読んでみると、非常に面白く、売っている小説よりも面白いのではないか、とすら思った。
 そして、感想を書くフォームがあることに気づき、俺は感想を書いた。
 彼女はそれに丁寧に返信をくれた。
 なんだか、満たされたような気分になった。

 けれど、ふとほかのユーザーの感想を見ながら、思ったのだ。
 俺に対する返信も、彼らに対する返信も、同じだ、と。

 同じように、定型的に返している。

 丁寧ではあるし、しっかり読んで返してくれていることは分かる。

 けれど、それは大勢の人間に返す文章であって、彼女の感情はそこに見えない。

 彼女は、俺を見ていない。

 そう思って、ショックを受けた。

 次の日、俺はなんだか酷く落ち込んだ気分で学校に行った。

 虚しかった。彼女も心配そうに俺に話しかけてくれたが、何も言う気になれなかった。

 そんな俺に、彼女はいろいろな話をしてくれた。友達と遊んだこと、家族の話、次の小説の構想、などなど。
 けれどどんな話も、響かない。

 そんなときだった。彼女からいつもは聞かない愚痴のようなものがもれたのは。

 なんでも、あの小説投稿サイトには、たまにおかしな感想を書くユーザーがおり、自分のところにもたまに来て非常に悲しい思いをしている、という話だった。

 何百件、何千件もある彼女の小説の感想。

 そのすべては読んでいなかったから、そんなものがあるとは気付かなかった。

 俺は家に帰って、彼女の小説の感想を見てみた。
 すると、確かに彼女が語るような感想がいくつもあった。
 こんなものは無視すればいいのに、と思ったが、彼女は一つ一つに丁寧に返答していた。
 涙ぐましい努力であり、強い精神力を感じさせた。
 あのいじめに耐えぬいた彼女の精神を別の形で見せつけらえたような気持がした。
 思えば、あのときの彼女も揺るがなかった。
 この批判じみた感想に対してさえ、そうであっても何もおかしいことではない……

 そう思いながら見ていたのだが、いくつも読んでいくうちに、俺は奇妙なことに気が付いた。

 たくさんある、悪質な感想。そのうち、なんども似たような感想を書くユーザーに対して、彼女はわずかに取り乱したような返答を返していたのだ。
 それはわずかな違いだった。
 本当にわずかな。

 けれど、だれよりも彼女を見続けてきた俺には分かった。

 彼女は、傷ついていると。

 この感想の繰り返しに、ひどく傷ついているのだと。

 俺は、うらやましいと感じた。彼女を傷つけることができる、その存在に。

 ――俺にもできないだろうか。

 ふと、そんな気持ちが鎌首をもたげた。

 ここで、はっきりとそんな気持ちは無視しておけばよかったのかもしれない。

 だが、俺はすでに相当に壊れていた。彼女に関して。
 いや、もともとおかしかったのかもしれない。

 だから、俺はそう考えるとすぐに、新たなアカウントを作成し、彼女の小説について批判を始めた。
 酷く悪質で、しかもしつこく、見るだけで嫌な気分になるような。

 そんな文章を、何度も書き連ね始めたのだ。

 我ながら、最悪だが、欲望には逆らえない。
 それから俺はずっと批判を書き続けている。

 彼女は、傷つき、そのことを俺に話す。

 それを、俺は慰め、彼女の心に近づいていく。

 なんと甘美な日々なのだろう。

 俺は、そう思っていた。

 ◆◇◆◇◆

 私は『夜』という名で小説を書いている。

 はじめは知り合いや友人何人かに読んでもらえればいい、と思っていたその小説も、根気よく書き続けるうちに、多くの人に読んでもらえるようになり、小説投稿サイト内でのランキングもかなり上位の方に名前を連ねるようになった。非常にありがたいことだ、とよく思う。

 学校でいじめられているときも、私には小説があるからと、さして気にせずに通い続けることができた。

 そうやって過ごすうちに、いじめもなりを潜め、クラスメイト達は普通に話しかけるようになってくれたし、仲のいい男の子もできた。おおむね、私の人生は幸せなものでできていて、これからもずっと続いていくのだと、そう感じている。

 そう、仲のいい男の子。

 彼は非常に人当たりもよく、優しく、またクラスでも人気者だ。

 彼を悪くいう人は、学校内にほとんど存在しない。いても、彼の人気をやっかんでいるネガティブな人間だけだ。

 そんな彼は、私のいじめが終わるきっかけを作ってくれた人だ。

 いつも通り、クラスメイト達に等閑視されて登校した私に、彼はそんな事実などまるで存在しないかのように、にこやかに話しかけてくれた。

 その瞬間、クラスの空気が変わったのを、私は感じたのだ。

 彼には本当に、感謝してもしきれないくらいの恩がある。そう思っている。

 そう。本当に。

 彼には、いろいろなことを話した。友達のこと、家族のこと、それに誰にも内緒にしていた小説のことも。

 そう。いつからか、彼は、私の支えになったのだ。

 だから、私は彼が何をしていても、腹が立たない。

 たとえ、かつて行われていたいじめの首謀者が彼であるのだとしても、また私の小説に非常に悪質な批判を何度も何度も書き続けているユーザー『朝』の正体が彼なのだとしても、私は腹が立たない。

 彼は知らない。

 私が、すべてわかっていて彼の隣にいるということを。

 実際、彼はうまく隠していた。

 誰にも知らせないように、細心の注意を払っていたように思う。

 けれど、たった一度だけ、彼の携帯の画面に、見慣れたロゴと、そして記憶に残っていたあのユーザー名が過ったのを、私は見た。

 屋上で、クラスメイト達が、私に対する所業について楽しそうに語っているのも聞いた。

 ぴん、と来るものが、どこかにあった。

 だから、私は噂話を一つ一つ集めて、その出所を探っては、どこに向かって糸が伸びていくのかを調べた。

 根気のいる作業だったが、私にはどこか確信めいたものがあった。

 生まれてはじめて、あぁ、これが女の勘と言う奴なのかと、そう思った。

 そして、点と点が、線で繋がって……。

 私は、すべてを理解した。





 さきほど、彼から電話があった。

 大事な話があるから、明日の朝、学校の屋上まで来てくれないかと。

 もちろん、行くに決まっている。

 私は明日を楽しみにしながら、鞄に明日の準備にと、様々なものを詰める。



 教科書、ノート、手鏡、筆箱、カッター、ナイフ、包丁、スタンガン、ガスガン………そう、様々なものを。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ