4 【シェリー】 《味方と言い切れる者は、いったい何人居るのだろうか》
志保は、組織において重要な役割を担っていた。それは傍目に見ても、自分で見ても、明らかに分不相応なものである。
実力至上主義者の巣窟とも言うべき闇の世界でのこの人事だ。彼女をこのポストに就けたジン、そして、それを辞退しなかった志保に対するバッシングは、それはそれは酷いものだった。
「両親があんな研究に手を出したりするから……」
そう、彼女を上から下から突き上げられなければならない状況を作り出したのは、両親なのである。実験中の事故で亡くなったとは聞いていたが、おそらくそうではない。それぐらいは気付いていたが、何があったのかまでは、よく解らない。だが、それがこの風当たりの強さを生み出しているのだということは、だいたい想像がついていた。
「まさか、ジンに追われることになるなんて」
ピンチになれば助けてくれるものだと思っていた。そう思い込んでしまっていたのだ。
今にして思うと、仕方のないことだったのかもしれない。志保のごとき者が、ジンほどの男に惚れてしまったことがそもそもの失敗だったのだ。一人の女と組織の存亡、秤にかけるなら自分でも組織をとっていただろう。
パソコンのキーを叩きながら、自分の少し前の姿を思い出す。そう、居心地が悪いながらも幸せだったあの時を……。
今は、それとは逆に表面上は平和だ。だが、心が満たされることは一度として、無かった。新たなるロマンスの予感は毛利蘭という小娘によってその芽を刈り取られてしまっているし今身を寄せている阿笠宅にも、新出医師に化けたベルモットにより盗聴器を仕掛けられたことがある。
つまり、ベルモットの気分一つで、いつ組織が攻め込んで来てもおかしくない状況が出来上がってしまっているのである。
……、それにしては、動きが鈍すぎる。もうとっくになんがしかのアクションがあってもおかしくないのだ。いったい組織は何を目論でいるのだろうか。少なくとも手を引いてくれた、ということは無いとは思うのだが。
「……、解らない……、どういうことなの……」
解らない。いくら考えても明確な回答は導き出せたかった。
パソコンのディスプレイには、自分が研究していたアポトキシン4869に関するデータが並んでいる。データの内容は、組織においてシェリーと名乗っていた頃と同じく、アポトキシンの解毒剤、若返りを解くための薬の研究だ。
阿笠宅に匿われることが決まった頃から比べると、かなり進展したと言える。
中国酒パイカル。工藤新一から得た情報から、この酒によって一時的にではあるが若返りを解くことが出来たのだ。
パイカル。そういえば、正体を知らない構成員の中にパイカルというコードネームがある。他にも組織内で接触したことのないコードネームは山程あった。
ラム、マティーニ、バーボン、スピリタス、ライ、サンテミリオン、アーントアガサ、ブラッディーマリー。
志保自身が知るだけでもこれほどの数に上る。その内、アーントアガサが阿笠博士、ライがFBI捜査官、赤井秀一であるということ、そして二人は、既に組織から撤退しているということは明らかになっている。
だが……、撤退しているとはいえ、頭から彼らを信用していいのだろうか。……、……、出来ない。出来る訳がない。博士はほぼ間違い無くパイカルで若返りが解けることを知っていた筈だ。にも関わらずその情報は、博士からではなく、工藤新一からもたらされている。
赤井は赤井で、組織を相手にしたときはいつもいつも足が異様に速いのに動きがてんで鈍い。
どちらもまだ繋がりを否定できないのだ。
今志保にとって確実に味方である、信用できる、と言い切ることが出来る者は、いったい何人居るのだろうか。
江戸川コナン、否、工藤新一只一人しか見当たらなかった。
彼女のコードネームは【シェリー】
彼女は今、阿笠宅の地下室の中、自分が今孤立無援に近い状態であることを再認識している。
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