兄妹 1
牛島騒動からしばらくたったある日。
いつも通りに事務所にやってきた洋一は、デスクに陣取ってゆったりとシンの淹れてくれた紅茶を楽しんでいた。
あの騒動の翌日、持病の痔が急に悪化した父・義隆の代参として神戸に行っていた洋一は、ひさしぶりに女装ができるとワクワクしている。
ひさしぶりといってもわずか一週間なのだが。
----- 今夜はなに着よっかなぁ。メイド、チャイナときてるから、次も定番の和服? いやでも、和服は髪をアップにしなきゃ決まんないし・・・・・・
そんなことを考えている目の前で、お盆を片手に、シンが沈鬱な表情でたたずんでいる。
「おうシン、どした。なんか話でもあんのか?」
「いえ・・・・別にありません。失礼します」
表情を消してシンは、いつもの丁寧な礼をして部屋を出て行った。
「なんだあいつ・・・・ 妙な顔してたな」
そういぶかしがる洋一が、ティータイムを再開しようとカップに目を向けたとき、デスクの先、ちょうど入り口との間の床に紙が一枚落ちているのが見えた。
何気なく立ちあがって手にとってみると、それは毎週この街で発行されているタウン情報誌だった。
シンが落としていったのかと思い、興味がでて中に目を通してみると、ほとんどが店舗のPRやクーポン券で占められている、どこにでもあるパンフレット風の冊子であった。
紅茶を口に運びながら、何の気なしに後ろのページの占いなどを見ていたが、つまらないのでもう一度パラパラとめくって捨てようとしたとき、大きなあおり文句とスナップ写真が目に留まり広げてみた。
その途端、洋一の口からダラダラと紅茶がこぼれだした。
「WANTED!
ワルと戦う 戦闘コスプレお姉様!」
大きなゴシック体でそう書かれた下には、スリットから白い足を覗かせて駆け去る、真紅のチャイナドレス姿の自分がいた。
そのまた下に小さな活字で、洋一がこれまでに起こしてきた事柄が克明に記事として書いてあり、末尾の言葉はこう結ばれていた。
「この女性の情報を編集部では求めています。ささいなうわさでもOK!電話・FAX・メール等でお送りください」
ジノリのティーカップを持つ手が震えているのを感じながら、洋一は口中の紅茶を全部吐き出してそこに立ち尽くした。
「玲ちゃんすごいよ反響が!こんなになるとは思わなかったな俺」
「ねっ、あたしの言った通りでしょ? 絶対にこれ当たるって」
送られてきたお姉様情報のメールの数を見て、玲は得意そうに胸をそらせると、タウン情報の記者にそういった。
彼女の目論見どおり、平和な街の退屈に飽きていた人々から、たくさんの戦闘お姉様に対する有象無象の情報が送られてきた。
その内容はどれも玲の集めた情報の域を出ないものだったが、自分の記事が大きな反響を呼んで、彼女の心はワクワクとはずんでいた。
「続報も頼むよ、玲ちゃん」
記者は笑顔でそういうと、またかかってきたお姉様情報の電話へと対応しはじめた。
「はい、まかせといて!」
そう元気よくこたえたとき、ポケットの中でケータイが振動した。
見ると兄からの着信である。
ピッとボタンを押してでた。
「兄ちゃんめずらしいね、自分からかけてくるなんて」
「・・・・・玲、ひさしぶりだな」
彼女の耳に爽やかなアルトの声が聞こえてきた。
「どしたの、なんかあった?」
「いや、これから会えないか?」
「うん、いいけど・・・・・・ どしたの?兄ちゃんから電話で会おうなんて、なんか不思議」
「会ったときに話す。今どこにいる?」
「タウン情報の編集部。兄ちゃんには言ってなかったけど、あたしライターやってんだよ。さっきもさぁ・・・・・・」
「知ってる。じゃあ今からいうところで待ってるから」
玲の言葉を途中でさえぎると、兄は編集部近くにある喫茶店の場所を彼女に伝えてから電話を切った。
いつもと違う兄の態度に玲は首をかしげたが、まぁ会えばわかるよねと、編集部の入っているビルを出ると、軽い足取りで歩き出した。
待ち合わせの店へと行きながら、兄にも戦闘お姉様のことを聞いてみようと考えていたとき、ふと気がついた。
----- あれ? あたしがライターやってるの知ってるっていってたけど、なんでかな?
玲の親でも知らないことを、家を出ている兄が知っていたというのがおかしかったが、人に大っぴらに言えない職業だからどこかできいたのかもと軽く思いなおして、早足で歩道を歩き出した。