エピローグ 1
ワードローブの中にある大きな姿見の前に洋一は立った。
鏡には、はじめてここに立った時と同じ顔をした自分がいる。
だがあの時とはもうちがう。
自分の中にはもうひとりの自分、凜花がいる。
新聞にも載ったあの大騒ぎの夜。
洋一と凜花は一つになる契約を交わしたのだ。
洋一の手がワードローブにかかっていたある衣装をつかんだ。
『ああ、かあさん…… あなたはなんでこんなものまでもってるんですか!』
切なげな目で洋一は母が帰っていったバンコクの方角を見上げたが、やっぱり方向ちがいだった。
やがて呼吸するのも忘れて、洋一は荒い息を吐きながらそれを身に付けた。
一方、ここ女装ルームのリビングでは、赤いソファのそばに立ち、シンがマイ兄貴のお出ましを背筋を伸ばして待っている。
いままでに見せられた、様々なコスプレ姿がシンの脳内を駆け回り、彼の口元をゆるめようとするが、この謹厳で執事な男はすばらしい精神力がそれを食い止めていた。
やがて廊下の向こうでカチャっとドアがひらく音が聞こえ、シンは一段と姿勢を正した。
そしてリビングの入り口に目を向ける。
やがて、すっと足音もたてずにあらわれた姿を見て、つくっていた莊厳な表情が崩れる。
まず盛り上がった胸の谷間に視線が吸い寄せられ、次に身体を白くおおう、豪華なカーテンに似たネグリジェもどきの衣装に目をやられてしまう。
だがそれ以上にシンを乱したのは、長めのストレートヘアをそっけなく垂らしたなか、アクセントのように耳の上あたりで留められた二本の髪。
そう、それこそまさに、シンが密かに好む女性の髪型No1のツーサイドアップ。
しかもオプションパーツとして、なぜか背中に白い天使の羽根までついている。
もはや完全に女装の範疇を超えた格好にシンは戦慄した。
「どう?」
その姿で後ろ手を組んだまま、凜花はかかとを軸にくるりとあざやかなターンを決めると、わずかに腰をかがめ、小首をかしげて艶やかに微笑んだ。