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百花繚乱 -終章- 3


紅椿一家の事務所は騒然としていた。

見た目はまったく変わっていないが、詰めている者たちの緊張した目つきや発するピリピリとした気、そしてかかってくる電話への荒い応対が、重苦しくキナ臭い、火薬が充満する部屋のような空気を生み出していた。


何か小さな火花一つ散れば、たちまち組全体が一気に燃え上がる。そんな一触即発な組内を、雄五郎は無言で押えていた。

自宅にも帰らず、ずっと事務所に詰めて、フロアの中央にあるソファに腰を据えているその姿は、アルプス山中に掘られた核シェルターに似た絶対感を醸し出している。


ハイライトを口の端にくわえ、雄五郎が火をつけようとしたとき、外が騒がしくなった。

そしてすぐに、組員の狂介が数人に抱えられ、怒声と共に入ってきた。


「伯父貴! 今度は狂介がやられました」

「あいつら完全にやる気です。つまんねえことでイチャモンつけやがって。いくら本家だからって汚ねえ!」

長椅子の上に狂介を横たえ手当てしていた若い組員が憤った声でいう。


「わしらァ、本家入りもクスリ捌くんも断ったんじゃ。ここは引け目がある。今は辛抱するしかない」

古参の組員が苦しそうな声で若い男をさとした。


「それだってよく考えりゃ、向こうがうちにケンカ売る口実だったんじゃないんスか。手を出すなって言われても、このままじゃうちのメンツが立たねえ! だったら・・・・・」


「おい!」


獣の咆え声に似た雄五郎の叱咤にさえぎられ、若い組員がうつむく。

「いったいいつまで待てばいいんだよ・・・・・・」

囲んでいた組員の間からそんな声がもれ聞こえた。


ハイライトを指に挟んだまま、雄五郎が組員たちを見回しいった。

「もうすぐだ。どっちに転ぶかわからねえが、今週中にカタがつく」

はっきりと切られた期限に安心したのもつかの間、最悪の事態になった時のことをおもい、全員の顔にさっきまでとは違う緊張が走る。


「あと三日か・・・・・・」

誰かがそうつぶやいた。

雄五郎は何も言わず、ハイライトをくわえ直して火をつけた。







火女が部屋を出て行った後、シンはしばらくうつむいて目をつぶっていたが、やがて決心したように立ち上がり、壁に吊るしてあった自分のスーツを手にした。

その中から、あの日以来ずっと電源を切ってあった携帯を取り出すと、ボタンを押してONにする。


しばらく待つうちに、続々とメールが届きはじめた。 すべて玲からのものだった。

それを一つ一つ時間をかけて読むシンの目に、火女によって戻ってきた力とは別の熱いものが生まれ、膨らんでゆく。


全てを読み終えたシンは、シャツを身に付け、いつも仕事で着ていた、執事然とした黒いスーツを羽織った。

そしてキッチンにあったメモ用紙を持ってテーブルの前に座ると、考えてからペンで文字を書いた。


ありがとう


たくさんの言葉が浮かんだが、この五文字しか書けなかった。


だがそれすら嘘臭く感じて、シンは書いたメモを荒く毟り取ると、くしゃくしゃに丸めてスーツの中に落とし込んだ。


言葉なんかじゃ伝えられない。悔恨と共に、ずっと胸に一人で抱えるべきものだ、そう思った。


シンは立ち上がった。

今さら何をしようというのか。自分でもこうして動いている意味がわからない。

だが、再び生まれたものに突き動かされるまま、シンは歩き出した。


明かりを消し、そのまま玄関へと向かい、靴を履く。そこで振り返ると、姿勢を正し、暗い部屋の中に向かって頭を深く下げた。

貰った大きなものに感謝し、こたえられなかったことを詫びるように。

そしてドアを開いて駆け出す。 もう振り返ることはできない。


----- あと三日

そう心の中で確認してから、階段を飛ぶように駆け下りた。





大学の別館。そこにある講堂内で、最後のリハーサルが行なわれていた。


綾乃はどういう手を使ったのかわからないが、トレーラーを警察から取り戻す手続きをしてくれた。

きっと車は見張られている。そう考え、洋一は牛島といっしょに緊張して引き取りに行ったが、何事も起こらず持って帰ることができた。


鬼小島組のあの二代目の意図が読めず、不気味だったが、洋一は深く考えないようにした。

このまま向こうが黙って引き下がる事などありえない。いつか仕掛けてくるのだからその時、迎え撃てばいい。


持って帰ってきたトレーラーの中を見た時、洋一は思わず玲に向かって叫んだ。

「あっ、おまえこれ、いくらかかった!?」

ニヤッと笑って玲が耳打ちした金額を聞いて、ぐっと口を閉じた。

「誰が払うとおもってんだ、コラッ!」

「え? 凛花に決まってんじゃん」

当然のようにそういわれ、がっくりと肩を落とした。

冗談で「ほんとにクスリでもさばくか・・・・・・」などとつぶやいてしまう。


それから細かい詰めをみんなと話し合いながら、今日、こうやって最終準備までこぎつけたのだった。

洋一は、バンドが出す爆音とレイラの太い歌声を聴いていた玲の腕をつかんで講堂の外に引っ張ってゆくと、小声でささやいた。


「当日はおまえらだけでライブやってくれ。俺は別行動すっから」

「えーっ、なにそれ! あんた最後で逃げんわけ?」

玲の抗議を聞き流すと、洋一は告げた。


「鬼小島の連中の出方が気になるんだ。 だから俺はおまえらから離れて、外からライブを守る」

「守るって・・・・・・ あんた一人で大丈夫なわけ?」

「ああ。ちょっと小細工もすっからいけるだろ。それにおまえらが出てきても戦力にならねえだろうが」

「まぁ、実力行使はあんたの担当だしね」

あっさりと玲は承知すると、目に力を込めて洋一を睨んだ。


「でも絶対なんとかしなさいよね!」

「わかってる」

そうこたえて、洋一はまた講堂の厚い扉を押し開けた。

流れだして来た爆音に身を包まれながら噛み締めるように言った。


「あと三日だ」

すぐにもやってくるであろうその時を思い、洋一は顔を引き締めた。











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