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雄也 -接触- 7 


目立たぬように、牛島を火女にゆずってホテルの外に連れ出すように頼むと、凛花は地下から地上へと走りながら真紀に電話した。

駐車場出口のそばに止まったジャガーの前で三人は合流して乗り込むと、運転を代わった凛花がアクセルを踏み込んだ。


助手席の真紀が後ろを振り返り、シートに倒れこんだ牛島を心配そうな目つきでながめながらケータイを耳にあて、みんなが無事な事を玲に伝えている。

かなりのスピードで街を駆け抜け、ジャガーは郊外へと向かうバイパス道に乗った。

街道の要所に張り付いているはずの鬼小島の者の姿は見えない。


バックミラーで後をつけてくる車がいないことを確認していた凛花の目が、鏡越しにこちらをじっと見ている火女の目とぶつかった。

その問い詰めるような目を見て、まだ火女にこたえていないことに気がつき、適当なところで彼女を降ろす事をあきらめた。


何事なく隠れ家へとたどり着き、玲たち三人に牛島の手当てを頼むと、凛花は車に引き返した。

石段を降りると、玉砂利の音を響かせながら、車止めへと歩く。


星明りに照らされ、ぼんやりと黒く見えるジャガーのそばに立ち、火女がジタンをふかしているのがわかった。

暗闇に妙に映える、その白い煙の行方を見上げていた火女が、音を聞いて凛花の方へと顔を向けた。

何も言わずジャガーに乗り込み、キーをひねると、火女も無言で助手席のドアを開けてシートに座る。

かすかに砂利を掻きながら、ジャガーはゆっくりと滑り出した。


「こたえ、きかせてよ」


夜更けと共に徐々に減ってきた車通りの中を進むうちに、火女が前を向いたままそういった。

その物憂げな横顔を、街灯のオレンジの光が照らし、ぱさついた赤毛を夕日の色に染めている。

作り物のように白っぽく見える、火女の顔を見ながら、凛花はハンドルを握った両手に力を入れた。


----- この人はシンのことが好きなんだ。 そしてシンも・・・・・・

火女の行動、そして何よりその表情を見て、凛花はそう思った。


このままシンをこの人にまかせて、しばらくたてば、きっとまた前のように気軽な関係に戻れる。望んでいたあの頃に帰れる。

そう考えた。


だがすぐに小さな痛みが胸を刺し、そしてその痛みは水のように心を浸しはじめた。


『じゃあ、あなたは元に戻れるの?』


突然、内側からそう問いかけられ、息が止まる。

凛花という人格の奥-----その核の部分がそういっていた。

そして凛花の核は、全てをさらけ出しはじめた。




シンをどうするかなんて問題じゃない。 

あの時、抱きしめられた時から、もうわかっていたはず。 気づかないあいだに、自分の想いも進んでいたってことを。

それを認めないために、あたしを、凛花を切り離そうとした。 そして今度はいっしょに生きる決心をした。

でもそれは、もう元には戻れないということ。 自分でそういう道を選んでしまったの、あなたは。

そしてそれは、シンとのことも恋愛としてちゃんと見なくっちゃいけない、そう決めたのと同じ。


だからこの女の人がたずねていることは、凛花が、あたしがあなたにたずねているのと同じ。

さあ、洋一。 本当にあたしと共にいくのなら、きかせて。




洋一は静かに取り乱し、混乱した。


嵐のようにかき回される胸の中。 そしてそのすごいスピードで、今までのシンとのことが、頭の中でフィードバックされてゆく。


----- 考えられない! なにもかんがえられない、その先なんて

頭を振って苦しみを追い出そうとしている姿を、火女がいぶかしげに見つめている。

だが今の洋一には自分の内側しか見えていない。

深く広い迷路の暗闇でもがく中、凛花の声がした。


『正しいこたえがほしいんじゃないの。もうわかってるあなたの気持ちをきかせてほしいだけ。 それがあたしを、凛花を認めてくれるってことだから』


そこでやっと洋一は気がついた。

いま漂っている闇は、自分の心を隠そうとする闇。そして凛花という女性人格を覆うために作り出した闇。 

そうわかったいま、凛がいった言葉がよみがえる。


「まがいものなんかじゃない。 ・・・・・・ちゃんとむすびつけばいいだけ」


炸裂したまばゆい火花の光によって、黒い世界が掻き消えた。


『ごめんね、凛花。 いっしょにいこうって言いながら、あたしはあんたを閉じ込めてた。女として感じたものを認めないようにしてた。でもそれは凛花を、あんたを認めてないってことと同じだったんだね。

やっとわかった。だからいまこの瞬間から、あたしはあんたといっしょに踏み出すよ』


やっと一つになった心が、硬く閉ざされていた口から、本当のことを紡ぎだした。


「あたしはシンを」


後につづく言葉を、すれ違ったトラックの騒音がかき消した。

だが火女は、はっきりとそれを聞き取った。


聞いた刹那、目が大きく開き、息がとまったが、すぐにその瞳は煙った。

「わかった」

小さくそういって、細い吐息をついた。


繁華街へと入る手前で火女は、ここでいいというと、ドアを開けてジャガーを降りた。

開いてあった窓に手をかけ、そこから顔をのぞかせて凛花を見た。

見つめ返す凛花が感謝の言葉を口にする。


「おかげで助かったよ。 えっと・・・・・・・」

「火女、よ」

「ヒメ、ありがと」


それにこたえず、火女はそっけない仕草で窓から離れると、背中を向けながら片手をあげて歩き出す。

街灯が照らす道を、前と後ろに別れて去って行く火女と凛花を、夜が包んで溶かしていった。









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