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雄也 -接触- 6

雄五郎の話では、鬼小島の連中が泊まっているのは最上階の奥の部屋。

エレベーターと部屋の前には見張りが配置されているだろう。非常階段は内側からロックされているので使えない。

やはり正面突破しかない、そう凛花は思い定めると、上へとあがるエレベーターのキーを叩いた。

ゆっくりと下がってくる階数表示を見つめる横顔に火女が声をかけてくる。


「手順は?」

「正面からいって、一気にやるしかないわね」

ふーんと同じ表示を見ていた火女が気のない声でつぶやく。

チャイム音が鳴り、扉が開いた。二人は無言で中に入ると、凛花がボタンを押す。

一度フロントまで出て、人目を集めながら、客室へとあがるエレベーターのところに急ぐ。

その後ろをついて行く火女の目が、クロークの奥にかかっている時計を見た。

まだ時刻は夜の8時。


またエレベーターに乗り込んだ二人は、一言も口をきかず、お互いを見ないようにしながらも、気配で探りあっている。

上がってゆく階を示すランプが、最上階の五つ手前まできた時、凛花が一歩前に出ると、右手を伸ばして火女の身体をさえぎった。

----- ふんっ。紅椿の二代目のお手並み、見せてもらおうか

チーンと音が聞こえ、エレベーターが最上階についたのを知らせると、扉が開いた。


体格のいい男が二人、中に険しい眼を向けるが、目の前に立つ警官姿を見て、ぎょっとした顔になる。

が、次の瞬間にミニスカートのスリットからのぞく白い太ももをに目を釘付けにされ、だらしなく表情をゆるめた。

そんな二人に向かって、凛花はニコッと天使の笑顔をみせたが、半瞬も間を置かずに身体を沈みこませた。

左の男のみぞおちに正確な正拳突きを見舞って失神させると、相手の身体がまだ倒れないわずかな時の間に、奥へ向かって駆け出す。

部屋のドアの前に立っていた二人組が異変に気づいた時には、もう紺色の突風と化した凛花の身体は彼らの目の前にいた。


シャンッ


二人の男はわずかに金属のこすれる音を聞いた。

だが音と共に自分の咽喉元に押し当てられた冷たい刃の感触に、小さくうめいてしまう。

両腕を胸元で交差させ、小柄の刃をぴたりと男たちに突きつけた凛花が小声で命令する。


「うごくな!」


エレベーター前に残っていたもう一人の急所を蹴り上げ悶絶させた火女が、目を丸くしながら「やるね」といって近づいてくる。


「ルームキー、取り上げて」

男たちを睨みつけたまま凛花が頼むと、火女は妙に慣れた手つきで二人組の身体を探り、カード型のキーを抜き取ると、目の前で振ってみせた。

凛花はこくりとうなづくと、拳銃を回すように手のひらの中で小柄をくるりと回転させ、柄頭で二人の咽喉を打って沈めた。

声も出せずに動いている二人に、ヒールのかかとをめり込ませて止めを刺していた火女に向かって凛花がたずねる。


「いい?」

「いつでもいいよ」

そっけなくこたえると、火女は無造作にカードを差込みロックを解いた。

薄くドアを開け、そばに誰もいないのを確認してから、凛花はするっと中に身体を滑り込ませた。その後に火女もつづいた。


「オラァ、早よ吐けや! シロウトがいきっとったら大ケガすんぞっ」

二間つづきの部屋の中に男の怒声が響く。その後すぐ、肉を打つ鈍い音がした。


ソファの前に工事用のビニールシートがひかれ、後ろ手に手錠をはめられた牛島が転がっている。

青いシートの表面に点々と赤いものが跳ねていた。


囲んでいる三人の男の一人が、牛島の髪をつかんで上体を引き起こすと、手にした物をちらつかせながら湿った笑い声をたてる。

ブラックジャック-----細長い皮袋に砂鉄を詰めたその鈍器で殴られながらも、牛島は口元をニヤッとゆがめるだけで一言もしゃべらない。


「おい! 顔はしばくなよ、目立つさかいな」

厚いビロードで出来たソファに腰かけ、煙草を口にしている雄也のそばに立つ付き人が、責めている三人に注意した。そしてすぐに腰をかがめて耳打ちする。

「若。こいつ何もんでっしゃろ? えらい肝すわっとって、なんも言わしまへんけど」

「妙なガキやのォ。 レイラとかいう歌手とつながるもんもなんもあらへんし。こりゃ、見込み違いやったか・・・・・・」

首を傾けて渋い表情で雄也は煙草をもみ消した。そしてこめかみに指を当てて考え始める。


またブラックジャックで殴られながらもそれを聞いていた牛島は、心の中で笑った。

このまま誤魔化せそうだ。だが、まさか殺されることはないだろうが、しばらくはこうやって痛めつけられるだろう。

顔に笑みを浮かべようとして走った激痛に少しうめく。


暴力のプロだけあって急所ははずしてくれているが、かなりやられていて、頑丈な牛島の身体もさすがに悲鳴をあげていた。

いつまで意識がもつのかわからないが、『絶対に口を割らない』これだけは自信があった。

自分の身体を叩く鈍い音を聞きながら、半ば痛覚を失った牛島の頭の中に、ぼんやりと霞む夢のように凛花の顔が浮かび上がった。


----- ああ、凛花さん・・・・・きれいだ・・・・・・

いつかのシンと同じセリフを心の中でつぶやいた時・・・・・・


牛島は見た。 愛する女が風となってこちらへ駆け込んでくるのを。


ソファの背後から舞い込んだ凛花という名の暴風は、雄也には目もくれずにそばを走り抜けると、うつぶせに転がる牛島をまたいで見おろしていた男の顔面に、小柄を飛ばして吹き飛ばし、残る二人の間に割って入った。

一人に肘打ちを当て、そのままの勢いで回転すると、手を床に突いて身を沈め、長く伸ばした足で後ろから足払いをかけて後頭部から下に叩きつけた。

こんな状況だというのに牛島は、しゃがんだ拍子に深く割れたスリットの奥に、いつか見たのと違う色を垣間見て、「うぉ!く、黒いっ」と歓喜の声をあげた。


まばたきの間に起こった出来事に、全員が凍り付いていたが、さすがに付き人はすぐに我に帰り、スーツの内側に手を差し込んで銃を抜くと、凛花に向かって構えた。


シャーッ


カーテンを強く引く時に似た音が付き人の後ろでしたかとおもうと、固く重い物に右手を一撃され、咆え声と共に銃が床に落ちた。


「はーい、みんな動かないでよ!」

いつも腰に巻きつけているステンレスワイヤーで出来た鞭-----サンダーアームを両手に構えた火女が、細めた目を光らせながら抑揚のない口調で警告した。


「わりゃなんや! どこのもんじゃい!」

しなやかだが硬いワイヤー鞭で叩かれ、折れないまでもおそらく骨にヒビが入った右手首を押えながら、顔をしかめて付き人が喚く。

また素早く火女の手がひらめき、金属の蛇が付き人の顔を襲った。

弾ける絶叫をあげてしゃがみこんだ男のわき腹を蹴って吹き飛ばすと、火女は雄也のそばに立ち、鞭をその首に絡めて、見おろしながら低くささやく。


「しゃべらない、動かない、逆らうと痛い目に会う。 これ、こう言う時の常識だとおもうけど」

「姉ちゃんら、おもろい獲物もっとるなァ。そんなん初めて見たわ、わし」

一人だけまったく動じていない雄也が、この場にそぐわないひどくのんびりとした声でそう言うと、顔を横にむけて、下からすくい上げる眼で火女を見上げ、そして凛花を見おろした。

牛島を抱え上げながら周りをうかがう凛花の眼と、雄也の眼が空中でぶつかる。


にらみ合う二人の間に黒い火花が散った。

その瞬間、凛花は奇妙な擬似感を感じた。

----- あれ? こいつってもしかして・・・・・・

その先を考えるより早く、雄也の薄く酷薄そうな唇が動き、しゃべりだす。

「ん? 姉ちゃん、どっかで会ォたことあるな」

一度だけ、ほんの一時会っただけなのに、ヤクザとしての雄也は凛花の姿を記憶の中の誰かに結び付けようとしていた。


すばやくそれに気づいた火女が、巻きつけた鞭を締め、剣呑な声をあげた。

「あんたしゃべりすぎだよ。 人質としての自覚なさすぎ」

首にまとわり付く鞭の冷たい感触にも、雄也は怯えた様子を見せず、かえってくくくっと含み笑いをした。

「ええ度胸や。鬼小島のわしを人質扱いとはの。 姉ちゃんら、筋モンには見えへんけど、そうなんか?」

「こたえる必要ないよね」

「おお、こわっ」

おどけて雄也は肩をすくめると、急に優しい声音で言った。

「もうええやろ? そいつ連れて早よ帰り」


気味の悪い猫なで声に、火女と凛花の目に不審なものが宿ったが、牛島のうめきを聞いて無言で立ち上がると、肩を支えて歩き出す。

ようやく鞭の打撃から立ち直った付き人が、それをさえぎろうと動くのを雄也の手が止める。

まず凛花と牛島の姿がドアの外に消えた。するっと鞭が首から滑り、やがて火女の気配も部屋から無くなる。

まだ床の上でうめいている組員たちを見おろして舌打ちした付き人が、押え切れない怒りを吐き出した。

「若っ このままにしとってええんでっか!」

「かまへんわ。あいつらのやりたいことも見えてきたし。もうちょっと泳がしとけ」

「ですけど・・・・・・」

ぬめっとした笑みを口元に浮かべながら、雄也が煙草を取り出してくわえる。


「絶対にあいつら近いうちになんかやらかす。勝負はそん時につけたったらええ。 それよりか早よ兵隊こっちに呼べ。道具も忘れんなや」

「わかりました」

向けられたライターの火を手のひらでかばって受けながら、つかみどころのない表情で笑いながら雄也がいう。


「銭も好きやけど、ケンカの方がもっと好きやねん、わし」

白い煙をゆっくりと口から立ち上らせ、聞こえないくらい小さな声でまたいう。


「おもろいことになったわ。 ・・・・・・ひさしぶりに暴れたろかい」

はじめは喉の奥でしていた声が、やがて大きな笑いに変わり、雄也は周りをはばからぬ大声で笑い出した。

その手の中で、火のついたままの煙草がぐしゃぐしゃに潰されているのを見て、付き人は顔を硬直させた。









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