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雄也 -接触- 5

あるチェーン系列のステーションホテルの裏を歩いていた火女は、すれ違ったジャガーを振り返った。

車が地下駐車場入り口のバーの前で止まった時、運転している人物の顔が見えて、さっと足を戻した。


眠るシンの胸からこぼれ落ちた写真に写っていた女。

どんなに紅椿一家の周りを探ってみても、姿すらつかめなかったその女の顔を今とらえて、火女は駆け出した。

一度だけ、うわごとでシンがつぶやいた『リンカ』という名を思い出す。

----- あれがそのリンカだ!

そう火女は確信すると、ホテルの正面から中に入り、焦げ茶色のハーフコートをなびかせながら、階段を駆け下りて地下へと向かう。


この街に入った関西の暴力団と紅椿一家のつながりを洗っていて思わぬ拾い物をした。そう考え、目を光らせる。

駐車場からフロントへと上がる、狭いエレベーターフロアに踏み込むと、足を止めて辺りを探った。周りには誰もいない。


すぐに駐車スペースの向こうから歩いてくる人影を見つけた。

外と内をへだてるガラス扉の向こうから、こちらへとやってくる凛花の姿を見て度肝を抜かれた。


女性警察官-----といっても帽子もかぶっていなければ、スカートは犯罪のように短い。おまけにスリットまで入っている。あきらかに何かのコスプレかイメプレだ。

----- 警官! 写真でコス好きだって想像してたけど、こいつなに考えてんの!?

めったなことでは動じない自信をあっさりと崩され、火女は表情に苦労しながらも、バレないように凛花を観察した。

自分の目の前を、涼しげな顔をした凛花が通り過ぎようとした時、火女のアンテナが異常を察知した。


----- あ、こいつ男!??

うまくシャツのカラーで隠していたが、うっすらと盛り上がって見える咽喉仏がわかったのだ。

あまりな現実に火女は眩暈をおぼえたが、ぐっと足に力を入れてこらえた。

シンがあれほど悩み、そして打ち明けてくれない訳がわかった。


『恋敵が男だったなんて・・・・・・』

想いを抱えて苦しむシン、そして自分が哀れに思えた。


そんな感情がふいに変化を起こした。

そして火女の混乱する頭の中に、一つの言葉がポッと浮かび上がる。


『シンはあんなに悩んでるのに、この女は知らん顔でこんなことをしてる』

通り過ぎる凛花のクールな表情を見て、火女の心に炎の柱が燃え立った。

そして勝手に口が去って行く後ろ姿を呼び止めた。


「リンカ、よね? あんた」


カツンッ


ヒールの音が一つフロアに高く響き、ゆっくりと凛花が振り返る。

その眼を見た火女が、あっと叫びそうになるのをあやうくこらえる。


----- しかもこいつ、紅椿の二代目じゃない!

火女の見抜く力、いや秘めた想いを持つ者のカンが気づかせたのだ。

好きになったのが男で、しかも組のトップ。

火女は今、シンの苦悩の全てを理解した。


だがわかってしまったことで、余計に錯乱してしまう。

そして、呼び止めてしまった意味もわからず、また言ってしまった。


「あんたあいつを、シンのことをどう思ってるの?」


こんなストレートなことをなぜ聞いてしまったのか。

口にしてしまった自分に驚き、そして後悔した。


----- なにいってるのあたし!? いったいなにがしたいわけ?

火女もあせったが、目の前にいる凛花もその問いに息を飲んだ。

初めて会った相手にシンとのことを知られている。その恐怖におののき、そして問われたことへの答えに顔をこわばらせる。


----- この人はシンのなんなの?

傍目にはにらみ合っている二人だが、お互いに今この場にいない者のことを考え、動けないのだ。

凛花の戸惑いと疑問を見通した、そんな口ぶりで火女がまた言った。


「シンはあたしといっしょに暮してる」


背筋を走った衝撃に、凛花の身体が剣を突きつけられたように後ろに下がる。

今までに経験したことのない、赤黒くドロドロとしたものが心の壁を焼くのを感じた。

それが嫉妬というものなのかどうか、凛花にはわからない。

ただ乱れた心はパニックになった。


そんな二人を救ったのは、凛花の胸ポケットから流れ出した黒電話の着信音だった。

無意識に電話に出た凛花の耳に、真紀の緊張した声が流れ込む。

「凛花さん。車止める場所が近くにないんで、ホテルの周りを走ってます。それでいいですか?」

「・・・・・・うん」

「じゃあそっちを出る時に連絡ください。それまでずっと待ってます」

切れた通話の後に流れるブザー音を聞きながら、真紀の言ったことを頭で反復していた凛花の心が、火女より早く現実に立ち返った。


目の前の人物が誰なのかわからないが、いまは牛島の救出だ。

そう思ったときには口が動いていた。

「だれだかわからないけど、今はやることがあるの。 話は終わってから聞くわ」

「なにをやろうってのよ?」

まだたずねてくる火女の目を見て『このままでは引き下がらない』、そんな強い意志を感じた。


警報のように頭はそれを止めた。だが賭けになるが凛花は決意して火女に言った。

「仲間がさらわれたの。それを今から助けに行く」

「鬼小島の奴に?」

そこまで知られていたことにおどろく。なぜかこの女は自分の周りのことをほぼつかんでいる、その事実に目を見開いてしまう。

凛花の表情で答えを悟った火女は、乱してある赤毛をさらに手でかき回した。

敵意に似た燃える瞳が静まっていくのを見た凛花がまたとまどう。

コートに両手を突っ込んで、少しうつむき加減に火女がまた質問してきた。

「よくわかんないけど、その仲間ってシンに関係あんの?」

「うん」

「で、紅椿の人間じゃない?」

「そうよ」

そこで火女は凛花から視線をはずすと、はーっと肺が空になるほど大きくため息を吐いた。


----- ここでこのリンカとかいう女を見逃すわけにはいかない。このまま曖昧になんかできない。 だったら・・・・・・

小声で火女は「バカだな、あたし」とつぶやいた。


やがてまた自分へと向けられた火女の目に、別の炎が宿ったのを見て凛花がおどろく。

それにかまわず、火女はその名と同じ火の熱さを持った口調で言った。


「手伝うよ。 早いとこ済ませてからさっきの答え、聞かせてもらう」


凛花の目が品定めするように火女を見た。

勝気な瞳と乱れた赤毛でスレて見えるが、業界の者とは思えない。

これから起こることの危なさをこの女はわかっているんだろうか。そう危ぶんだ。

そんな凛花の不審な表情を見て、火女が叩きつけるようにいった。

「心配しなくったって足手まといなんかになりゃしないよ。 さっさと片付けよう」

思わぬ成り行きだったが、見えぬ因縁の糸に絡まって、凛花と火女は共に鬼小島組が待ち受ける場所へと乗り込むことになった。










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