玲
その日、玲は通っている女子高で奇妙な噂を耳にした。
放課後、帰り支度をして、自分が記事を書いているタウン誌のネタ集めに街へとでようと考えていたら、まだ居残っておしゃべりしていたクラスメイトの話が聞こえてきた。
また彼氏とかの話だろうとは思ったが、新聞部平部員-----だが実は部長を影であやつる真の支配者-----玲の記者本能がつい発動して、聞き耳をたてた。
「あたし昨夜、すんごいの見ちゃったぁ」
「なによ、またしょうもないことでしょ?」
「ちがうってば。あのね、戦闘メイド見たの、あたし」
「はぁ? それってアニメかなんかの話?」
「だーかーら、ちがうって!リアルのお話。あたしメイコたちと夜中までカラオケいってて、そんで2時くらいだったかなぁ、アーケードの裏を通って帰ってたわけ。そしたら西商業のヤン姉たちがいてさ。うわヤバって思ってたら、先に絡まれてる人がいて。それがメイドさんだったんだけどね。まきこまれんのイヤだったから、あたしかくれて観てたの。そしてらなにやったのかわかんないんだけど、西商のヤツらワーッて逃げ出していなくなっちゃったの」
「それって、メイドさんがなんかやったわけ?」
「うーん、そこまではわかんない。でね、あたしなんかおもしろそうって思って、そのメイドさんの後をつけたの。そしたらその子が国道に出たとこで、ハルオさんとこのチームが走ってきて」
「うわっ、あのタチ悪い人!」
「そそっ。たぶんあれはあの子さらってなんかする気だったんじゃないかなぁ。みんなバイク止めておりてきて、メイドさんかこまれちゃったの」
聞かされている子は、鼻息も荒く顔を近づけて、話の続きをせがんだ。
「そしたらメイドさんが暴れだして大乱闘!めちゃくちゃ強いんだって、それが。たぶん空手か拳法だねあれは。で、ハルオさんたち秒殺!」
「なにそれ、ほんとに女の子なの?」
「うん。女装子であれだけきれいな子はいないとおもうから、女の子だと思う。で、全員やっつけちゃって、そのうちにヤっちゃんまで出てきて大騒ぎよ」
「え、ヤクザも返り討ち?」
「ううん、さすがにそれはないよ。ヤっちゃん出てきたとこでメイドさん逃げちゃっておしまい」
「ふーん・・・・ まぁ作り話にしては面白かったわ。漫画に描いたらまた見せて」
話を聞いていた子は、ニヤニヤと笑って立ち上がると、教室の出口の方へと歩き出した。
「なによー、それ!ちがうって、マジ話なんだってばー!」
しゃべっていた子も、怒りながらそれについてゆく。
肩越しに顔をむけて二人を見送って、玲は考えた。
----- ほんとかな? たしかあの子、漫画描いてるっていってたからネタなのかも。でもダメ元で今夜さぐってみるかなっ
机の上に置いていたスポーツバッグを拾い上げると、玲は軽い足取りで教室を後にした。
午後10時。
自宅を出た玲は、タウン誌のスポンサーになっている店や、顔見知りの店へ挨拶がてら入っていっては、ネタになりそうなものを物色した。
高校に入ってすぐ、遊んでいたところでタウン誌の記者と知り合って、雑誌作りの真似事をするようになった。
そして高校三年の今、玲はすでにタウン誌の有力助っ人ライターとして、編集長の覚えも高かった。
この仕事を手伝いだして知り合った人たちも、活発で妙に人懐っこいこの娘のことを、子ども扱いせずにかまってやり、ささいな街の情報でも教えたりした。
行動的乙女である玲の夜は短い。
肩までの明るい茶色の髪を夜風に流しながら、玲はきびきびとした足取りでその健康的な身体を運んでゆく。
あちこちに顔を出す内に、あっという間に日付が変わって、玲は少しあわてた。
----- やばっ! そろそろアーケードの方にいかなきゃ
広告を出してくれると約束してくれた居酒屋の大将にお礼を言うと、玲は急いで表に出た。
アーケードへと早足で歩きながら、さっきスポーツバーのマスターに聞いた話を思い出していた。
そこのマスターが、野次馬としてメイドさんを目撃したと言ったのだ。
「いやぁ、凄かったよ玲ちゃん、あれ。華奢な子でね。外人かハーフかと思ったくらい綺麗な顔してんのに、木刀持って男をメッタメタにしちゃってさぁ。あれって絶対に剣道の有段者だよ。どこのイメプレの店に勤めてるのかなぁ。行ってみたいなぁ、俺」
思い出す内に、玲の瞳が段々と光を帯びてきた。
----- 空手に拳法。おまけに剣道ねぇ・・・・・ おもしろいじゃないっ!
この平和な地方都市では、10年に一度あるかないかというネタだ。
話がもし本当なら、今それをタウン誌で取り上げれば、何か新しい波を起こせるかもしれない。
自分が、すごく大きなものの鍵を握っているような気分になって、玲は背中がゾクゾクとしてくるのを感じた。
肩から下げたバッグの中に、デジカメとボイスレコーダーが入っているのを確認してから、玲は足に力を込めて急いで歩き始めた。