雄也 -接触- 2
月の無い夜。 めずらしく女装ルームに玲以下のメンバーがほぼ顔をそろえていた。
ステージ用のトレーラーが仕上がったとの連絡が牛島から入ったのは、いよいよ決行日まで一週間を切った日だった。
すでに真紀の手配で、大学裏にある別館の講堂内に機材も集め終わっている。
レイラ自身のツアーバンドでギターを弾いている男が、他のバンドメンバーを極秘で集めてライブ直前にこちらに入るよう動いていた。
音響PA操作は、前に一度友人のステージで扱ったことがあるという真紀が、慣れないながらもレイラと相談しながら学んでいた。
本当に最低限の人数での開催になるが、なんとか形は整った。
玲はほっとし、レイラはのしかかる責任の重さに顔をこわばらせている。
牛島からの通話をつないだまま、玲が洋一の方を向いた。
「ウッシーが車いつそっちに持っていこうかって聞いてる」
「そうだな・・・・・・見つかるとまずいからギリギリまでどっかに隠しておいてほしいな。それとその車は買ったのか借りてんのかも聞いてくれ」
うんとうなづくと、玲はケータイに言われたことを吹き込んだ。
「え、あれ借り物?大阪の業者から? わっ、それあんなに改造してマズくない? まあ最悪、凛花さまのお買い上げってことで」
おいおいという突っ込みを期待していた玲に、洋一の鋭い声がかかった。
「おい、大阪ってなんだ? ちょいかわれ」
「えー、なによそれ」
ごねる玲に、いいからと言って乱暴にケータイをうばいとると、耳に当て話出す。
「大阪のどこの業者だ?」
いきなり洋一の声が聞こえてきて、牛島がうっと息を飲んだのがわかった。頭の中でこれが凛花だとわかってはいても、うまくイメージがつながらぬようだ。
しどろもどろで牛島がこたえる声が聞こえてくる。
「あ、えっと。うちの会社につながりがあるトラック協会に話通して、そこから・・・・・・」
「ライブで使うっていったのか?」
「はい。いちおーイベントで使うってことで・・・・・・」
「すぐにこっちに帰ってこい!」
「え?」
話を途中でさえぎってきつい声でそういった洋一の剣幕に、牛島だけでなく、周りにいたみんなもおどろいた。
「そういうとこは元ヤクザとかがいっぱいいるんだ。だから話が漏れてるかもしれない。 すぐにトレーラー引きとって大学にこいっ」
牛島もまるっきりのシロウトではないので、洋一に指摘されて何か思い当たったらしく、声を低めて承諾した。
通話を切った洋一が綾乃を見る。
「綾乃」
「はい?」
「玲とレイラさん連れて、隠れ家まで送ってくれ。場所は玲が知ってる」
「まかせて!」
「それと真紀」
「は、はいっ」
ヴィクトリアン風メイド服の襟元を揺らせて真紀が振り向く。綾乃のせいか、最近の真紀はほとんどこの服を着ていた。
「俺といっしょに大学まで頼む」
「ちょっと待ってよ! それってウッシーがヤバいってこと?」
ヒステリックな声をあげる玲を手で押えてこたえる。
「まだなんとも言えないが、念のために先手うって早めに動いた方がいい。すぐに移動してくれ」
みんながあわただしく動き出した中、洋一は真紀をうながすと部屋を出た。
トレーラーに乗って走り始めた牛島は、用心してメインの街道筋を避けて大学へと向かう。
だがさすがに大型車が通れる道は限られていて、その中でも比較的車が少ない旧国道を進んでいた。
牛島が舌打ちしながら路肩駐車している黒塗りのシーマを交わして通り過ぎたとき、スモークシールドに隠されたその車の中、ナビシートに座っていた険しい顔の男がトレーラーのテールランプを眼で追いながら携帯電話を耳に当てた。
「見つけました。ナンバーも間違いないです。旧国道を市街地を避けて北に走っとります」
「・・・・・・ほうか。ゆっくりつけてけや。北で網張っとる方にも連絡しとけよ」
はい、という返事を聞いて、雄也は携帯を閉じた。
泊まっているホテルの地下にあるバーラウンジの一番奥のブースに、付き人と二人、向かい合って座っていた。
シャブリを口にしながらうす笑いしている雄也に付き人が話しかける。
「運転しとる奴、歌手とつながっとりますかね・・・・・・」
「調べてみたらあの歌手、地元でなんかやる気みたいや。 たぶん歌に関係することやろ。で、妙な理由でトレーラー借りた奴がおんねん。 わしのカンやと間違いのォつながっとる」
ここに来てからほとんどホテルの中に篭りっきりで、何もしていないように見えた二代目が的確に手を進めていたことに付き人は舌を巻いておどろく。
「せやけど、ほならそいつちょっと泣かして居場所吐かしたった方が早いんとちゃいますのん?」
「いや、このまま歌手のとこに行くかもしれん。手ェ出すんはそいつが妙な動きしてからでええ。 もうちゃんとマークしとるんや。あせらんでも時間の問題やわ」
ぐっと飲み干してテーブルに戻したグラスに、またワインが注がれるのを見つめながら、雄也は考える。
結局、義隆は謝り倒すだけで、なんら要領を得る答えは聞けなかった。
今のところ交渉は決裂で、二つの組の間には不穏な空気が流れ始めていた。
しかし抗争になどならないことははじめからわかっている。
本家に、日本最大の組織の中枢にいる組に対して弓引く者など、いくら田舎極道だといってもいるはずがない。
このままゴネつづけながら少し組員をこの街で暴れさせれば、向こうはさらに弱腰になって後の交渉が有利に運ぶ。
もしそこで小競り合いがあったとしても、執行部に一本電話を入れればすぐ他の組から調停が入り手打ちにできる。
その際にも原因は紅椿一家側にあるのだから、向こうには一方的な条件を飲ますことが出来るだろう。
どちらに転んでも不利は無く、かえってこの機会を生かして以前にたくらんでいた以上の金を引き出してやろうと雄也は考えていた。
頭脳と組織力。そして最小限の暴力によって相手を喰らい、金と言う血をすする恐竜。
それが雄也の思い描く極道の姿だった。
満たされたグラスをまた手にすると、鼻の下に持ってきて香りを嗅ぐ。
「銭のええ匂いがするわ・・・・・・」
ソムリエの表情を浮かべシャブリを含む口元だけが、獲物を捕らえ歯を立てる獣のように歪んでいた。