凛 -反逆- 4
「オジキ、ちょっと待ってください! オヤジさんまだ寝てますんで」
ただならぬ様子を見て、玄関先で止めようとする屋敷番の男を無言で押しのけると、雄五郎は布袋を解いて刀をつかみ出した。
それを見た男が目を見開いて息を飲み、転げながら奥へと駆け込んでいく。
「姉さん。 手出し無用でお願いします」
廊下を行きながら言った雄五郎の前に凛が進み出た。
「馬鹿いってんじゃないよ。あんたが手ェだしゃ死んじまうだろうがィ。 組は洋一じゃない、あんたに預けたんだ。それにこいつはあたしのけじめだ、ひっこんでな!」
「すみません。それだけは従えません」
凛が振り返った。
「言う事きけないってんなら、そいつですっぱりやっとくれな」
雄五郎の手は動かない。動くはずが無かった。
それを見て早変わりのように凛の表情が緩み、くったくのない笑みを浮かべる。
「話はついたね。 そんかわりこの背中はあんたに預けた」
言われた言葉が持つ意味の甘さと切なさに、雄五郎の全身が痺れる。
白百合の咲く右腕を意識しながら、へいとうなずいた。
甘美な時は長く続かず、すぐにばたばたと目の前に男たちがあらわれて廊下をふさぐ。
「どけっ!」
裂帛の気合と本物の三白眼を見た男たちが、地蔵になって固まる横を通り過ぎる。
離れに繋がる渡り廊下を過ぎ、豪奢なローズウッドのドアの前で雄五郎は立ち止まると、荒々しく開いて中に踏み込んだ。
カーテンを閉め切った薄闇に、キングサイズのベッドの上に半身を起こし、ガウンを羽織った義隆が浮かび上がる。 その隣では裸の女があわてて下着を身に付けていた。
無造作にこちらへとやって来る雄五郎に向かって義隆がわめく
「なんじゃこら! そのダンビラはなんのつもりじゃい!」
それにこたえず、雄五郎は怯える女の腕をつかんで引っ張り上げると、部屋の外を取り囲んだ組員に向かって放った。
「邪魔だ、連れてけっ」
「おまえらなにボーッとしとんじゃい! こいつ早よ止めぇ!」
組長命令でもさすがに伯父貴-----しかも鬼と化している雄五郎に飛びかかるのを組員たちはためらったが、純粋な殺気に怯えて、次々とドスや木刀といった獲物を構えた。
だがすらりと胴田貫が抜き放たれると、その乱れ刃の冷酷な光りを見てまた石像の群れになる。
「三途の川ァ渡りてえ奴はかかってこい!」
その容赦ない一言に押されて、みな知らずに半歩下がっていた。
組員が当てにならぬことを悟った義隆は、いつも枕の下に隠してあるリボルバーをそっとつかみ出すと、背を向けている雄五郎に狙いをつけた。
その刹那、逆光の中から雄五郎の肩越しに一筋の光が射した。
半瞬後、義隆の右手からリボルバーが弾け飛ぶ。
「ひさしぶり、あんた。 ・・・・・・動かないどくれよ。つぎ動くと、その小汚い面ァ斬り裂くからね」
すばやく細引き紐がたぐられ、雄五郎の横から黒い影を背負った凛が、からみ取ったリボルバーを手にあらわれると、目を細めて笑った。