凛 -反逆- 3
エレベーターを使わず、階段で地下の駐車場へと降りる。
まだ朝早い時刻なので人影はなかった。
カツン カツン
しんと静まった空間に、雄五郎の靴音だけが響く。
愛車ロールスロイスファントムの優雅な黒いボディが見えた時、その影からすっと人があらわれた。
「姉さん・・・・・・」
黒縮緬の小袖に燃える緋色の帯を締め、濡れて見える艶髪をそっけなく巻き上げ、紅がら簪で横留めにした凛が笑みを投げかける。
駒下駄ではなく、女だてらに雪駄履きというあだな姿が、チャリチャリと小気味よい音を立てて目の前にきた。
なぜか雄五郎には、凛が桜吹雪をまとって歩いてきた、そう見えた。
殺しを見つかってもこうは動揺すまいというほどおどろく雄五郎に、艶やかな紅をさした唇が動き、芸者も顔負けの莫連な声を押し出す。
「つきあうよ。 いこうか」
その言葉を聞いた時、雄五郎は初めて凛を見た見合いの席を思い出した。
政略結婚という名のその席で、雄五郎は義隆の相手を迎えるため玄関にいた。
車が着き、みなが腰を割って頭を下げる中、目の前を通り過ぎる凛の姿を盗み見て雄五郎は絶句した。
言葉にならぬ美しさと、内面から溢れ出る明るく力強いものを感じて、ひと目で虜になった。
生涯決まった女は持たぬという、鉄の決心すら溶かす出会いであった。
果たせぬ想いと知りながら、また決してそばに寄ってはいけないと肝に銘じながらも、ずっと遠くから見つめてきた。
そしていつの頃からか本心を秘めたまま、恋心を姉を慕う気持ちに変えて、一組員として凛に仕えた。
そんな凛の存在が、洋一に対して愛情を持ち始めた理由の一つでもあった。
長い時を越えて想いが実った。
雄五郎は不思議とそう思い、その後、断るすべての言葉を失った。
万感の気持ちを込めて頭を下げると、キーを取り出して助手席のドアを開けて支える。
中に滑り込む時に見えた、衣紋を抜いた-----芸者のように後ろ襟を大きく開けた隙間から見えたうなじの白さに、柄にもなく顔が赤くなる。
これでいい。 もう思い残す事は何もない。
雄五郎は深く満足し、そう感じた時、絶えて久しかった熱いものが目尻に浮かぶのを知った。
あわてて袖口でそれをぬぐうと、車内に乗り込みハンドルを握る。
朝の静けさを乱さず、ゆっくりと滑るように、ファントムは外に向かって走り出した。