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女装天女 1


玲のナビで向かったレイラの潜伏先は、鄙びた空気と硫黄の香りただよう温泉町のはずれにあるビジネスホテルだった。

地下駐車場につくと凛を残して、洋一と玲の二人が外に出てロビーへとまわる。

エレベーターで五階に上がり、客室フロアをゆくとすぐに、玲が並んでいるドアの一つの前で足を止めた。

コンコンと軽くノックしてから、小さく「レイラさん?」と声をかける。

誰かが前に立つ気配がしたとおもうと、ドアが開いてレイラが顔をみせた。


----- へぇ。どんな小娘かとおもったら、意外といい空気まとってるな。 それに落ち着いてる。さすがにトップシンガーってわけか

彼女を生ではじめて見た洋一は、心の中でそう感心した。

車内で打ち合わせた通りに口を利かない洋一の代わりに玲がうながすと、もうすでに出る支度を済ませていたらしく、古ぼけた小型の革トランクケースを一つさげてレイラはすぐ戻ってきた。

玲を先頭に、レイラをはさんで後ろを歩きながら、さりげなく洋一は辺りを探る。

まだ組の捜索はここまでのびていないようだ。だがおそらくすぐに探り当ててくるだろう。


ロビーを出る前に手で二人を制すると、洋一は先に外に出て周辺に不審な人や車がいないか確認してからケータイで凛を呼び寄せた。

一分もたたずにジャガーが前に止まると、二人に合図して開けておいた後部席に乗り込ませて自分も助手席に身を滑り込ませる。

すばやく流れるようにジャガーが走り出した。

行き先は自分と母がこの間までいた、寺の裏にあるあの隠れ家のような場所だ。

洋一でも知らなかったところなので、まずしばらくは見つかる心配はない。

それ以前に、母の元にいるのなら、どんなことが起きても絶対に安心だと、無条件で洋一は信じられた。


玲のプランだと、ライブは二週間後の週末。

本当ならPAやバンドとの打ち合わせやリハなどするのだろうが、追われている状況を考えると、できて直前に数回、もしくはぶっつけ本番になるだろう。

バックミラーをのぞくと、二人が話している姿が映っていた。 主に玲の方が話しかけ、レイラがそれに笑みでこたえている。

自分を取り巻いている今の状態を、この娘は知っているのだろうか。 そんな疑問がうかんでくるくらい、彼女の顔は屈託の無い穏やかさで満ちていた。

洋一は、着いたら少し厳し目に話しておくかと考えてから、フロントガラス越しに行く先を睨み据えた。


そうすると、再会した日の夜に凛が言った言葉が、耳によみがえってくる。


『人は一つしか心をもてない。 いくつに見えてもそれはおまえ自身なんだ』


今ならわかる。

女装-----そしてその時に感じるエクスタシーと暴力への欲求。 それまで洋一は、それは隠れていた慾だと考えていた。

だがそうではなく、元々の自分が持っていたもう一つの属性が顔を見せただけ。

そう気づいた時、洋一はそれを押えてゆく自信がなく、どんどんと制御不能にまで高まってしまう快感に恐れをいだいた。


それを救ってくれたのが、全ての稽古を終えた夜に母が話してくれたことだった。

稽古着のまま向かい合って凛はいった。


「洋一。あんたが感じてるものはね、本当はほとんどの男に備わっているんだよ。普通ならそれは表に表れることはない。でも心や身体の女の部分が大きくなると無自覚に感じてしまうことがある。

あんたには人並み以上にそういう部分があったんだろうね。それが女の姿をすることで完全に目覚めてしまった。

ただその快感自体は悪い事じゃない。男と女、二つのものを感じ取る事で、感受性も考え方も幅が広がるんだからね。

あとはおまえの考え方次第だよ、洋一」


そう言われて、おぼろげながらもこうなった理由がわかった時、洋一はもう一つの母の言葉を思い出した。


『迷いは迷いのまま、胸に抱えるんじゃない。 外に出してその手に抱えていきな』


女装時の自分-----凛花にともなう負の属性。

母はあえて言わなかったのだろうが、女装だけではなく、暴力によってもそれは開花してしまったのだとおもう。

それを今すぐどうこうなどできないだろう。

だがどちらも自分だ。 封じ込めたり無視したりはできない。


そしてシンへの想いもそうだ。

それまでの洋一は、兄貴として自分を慕ってくれていたシンが、凛花としての自分にそれ以上の想いをもってしまったことに、ずっと目を背け続けていた。


なかったことにしたい。 また前のように何も考えずにシンと付き合っていきたい。

女としての己がシンに惹かれてきているということに無意識に気づき、それを否定しようとしてそんな現実を過去に戻すなどという、できないことを無理に考えていたのだ。


次に洋一が考えたのは、凛花の存在を捨てることだった。 

しかしそんなことは自分の半身を切り離すことと同じだ。 

凛花と自分。二つに見えるその人格は根っこでは一つ。優劣もなくどちらかが支配などできはしない。

それに自分の一部を見捨てて楽しく生きていける人間などいない。


先のことなど何もわからない。 けれども母の言う通り、持っているもの全て----- 凛花という存在もその中にあるものも、そしてシンとのこれからも、わからないままでいい。そのまま連れてやっていこう。

やっと出た結論と覚悟を示すため、今日こうして自分の意志で凛花となり、洋一は凛に宣言したのだった。


ジャガーの車内にいるのは、女装したヤクザではなく、女としての自分をその胸のうちに認めた一人の人間。


いま初めてここに、鮮やかに花開く、女装の天女が生まれたのだった。






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