それから 1
洋一と凛が再会してから10日が過ぎたある日。
「機材はほとんどそろってきてます。 でも玲さんが最高のヤツっていったからそれで集めちゃったけど、すんごい金額になって・・・・・・大丈夫?」
「だーいじょうぶだってば。 ぜんぶ凛花が払うんだから」
「・・・・・・それって凛花さんの許可もらってないですよね?」
「うん。 でも断られるわけないし」
「・・・・・・」
女装ルームでレイラとの打ち合わせを終えケータイを切った玲に、こちらも音響関係に連絡をつけていた真紀がそう報告してきた。
「あとは綾乃さんに頼んだ衣装がどうなるかよね」
「それも大丈夫でしょ。 あの人、凛花さん級にいろんなとこに顔が効くみたいだし」
真紀がそう答えたとき、また玲のケータイがあの水戸黄門のメロディを奏で始めた。
「はーい、ウッシー! そっちはどぉ? ・・・・うん、あっそ。じゃ一台はおさえたわけね?ありがと。 ・・・え、改造の方? うーん・・・・・・それはこれからなんとか考えるわ。そっちもアテがあるならあたってみてくれる? うん、そう。ウッシーにまかせるから。 はいはーい、じゃ、よろしく!」
ピッと通話を切った玲に笑いながら真紀が「ウッシーってあの人のこと?」などとたずねるのに笑顔でうなづくと、両手を上に突き上げて伸びをしながら、ソファにどさっともたれかかった。
「改造かぁ・・・・・・ お金よりできるとこがあるかが問題よねェ・・・・・・」
ほとんど馴染みのない分野なだけに、どうやって探せばいいかすら思いつかない。
真紀の方を見ると、彼もアテがないらしく顔を横に振った。
その時、とつぜん声がした、
「それなら心配すんな。 俺がなんとかすっから」
「凛花!」
「あ、凛花さん!」
声のした方を見た二人が、同時におどろいて大声をあげた。
視線の先にいたのは、リビングの入り口の壁にもたれて、笑っている洋一だった。
その目に以前の光が戻っていることに玲が気づき、もう一度おどろく。
洋一はあっけにとられた表情の二人の前まで歩きながら、続きを話した。
「キャンピングカーを作ってる車屋が知り合いにいてな。 そこに頼めばかなり無茶な注文でも聞いてくれる。なんとかしてくれるはずだ」
簡単だとでも言うようにそう洋一は口にすると、玲のそばにいき、スーツの中から一枚の折りたたんだ紙を出して彼女に渡した。
「それよっか玲、それ頼むわ。前にいってた友だちに作ってもらってくれ。素材は極上で、金は前払いで渡す。 最高傑作を作るつもりで、そう伝えてくれ」
首をかしげながら、渡された紙を開いてそれに目を落とした玲が、ぎょっとして叫んだ。
「ちょっとあんた! これなんのつもり!? なんでこんなもんがいるのよ!!」
「今回の依頼用だ。 ヤクザの俺のまま、ライブの手伝いなんかできっこねえだろ?」
「そうじゃなくて! なんでこんな服がいるってのよ!!」
「深い意味なんかねえよ。 着てみたくなった、それだけだ。 とにかく急ぎで頼むわ」
人の悪い笑みを浮かべて玲にそう答えながら洋一は、あの山中の家から去るときのことを思い浮かべた。
玄関先で靴を履いていると凛が、「あ、そうそう」と忘れていたことを思い出した風に、服の中からこの紙を出して渡してくれた。
「前にあたしがデザインしたものだけど、洋一にあげるわ。 それ着て、生まれ変わった気でやんなさい」
そういって凛は妖艶な笑みを見せたのだった。
洋一の答えに納得がいかず、食ってかかろうとした玲だったが、自分を見おろす目に何かを感じてぐっと口を閉ざす。
----- なんかわかんないけど、吹っ切れた目になってる。 兄ちゃんのこととこの服は関係ないみたいね
二人のやりとりを見ていた真紀が、興味深々といった顔で玲が握った紙をのぞこうとすると、玄関が開く音がしてあわただしく綾乃が駆け込んできた。
洋一の姿を見て「あら、ひさしぶり」などと挨拶したが、すぐにいつものおっとりとした口調ではなく、あわてた声でしゃべりだした。
「たいへんだわ。 レイラさんのこと探し回ってる人がいるの。なんか大阪の方の人らしいんだけど」
「ああ、それはあっちの極道だ。 それにうちの組もからんでる」
「え?」
三人が同時に洋一の方を見た。 だがそれにかまわず自分の指示を話しだす。
「それでだ。 レイラって子をまず見つからないところに隠す。場所はまかせてくれ。だからすぐに会わせてほしい」
「ちょ、ちょっと待ってよっ。 あんたいきなり帰ってきていっぱい言いすぎだってば!」
「いや、急ぐ。 そろそろその子の居場所も見つかってる頃だ。そういうことでヤクザ舐めんじゃない。 それにさらわれちまったら終わりだぞ」
帰ってきたとおもったら、豹変してテキパキと話す洋一に玲はとまどったが、妙にいうことに迫力があるのでうなづくと、ケータイでレイラに連絡を入れはじめる。
「真紀っ」
「はい! ・・・・・?」
「場所教えるからトレーラーを車屋に運ばせてくれ。 それで綾乃っ」
「はい?」
「真紀についていってくれ。 おまえがいれば話も早くなるだろう」
「はいっ。まかせて洋ちゃん!」
そのこたえを聞いて、洋一が満足げにニヤリと笑う。
綾乃は少しうっとりとした顔でそんな洋一を見つめた。
『洋ちゃんってたまにだけどこうやって凛々しくなるよね』
そうおもって綾乃が頬に手をやったとき、ケータイを閉じた玲が洋一を見上げた。
「レイラさんのOKもらった。 今から迎えにいくっていっといたよ」
「わかった。用意してくるからちょっと待っててくれ」
そういい残すと、洋一の姿が寝室へと消えた。
みんなが不審顔になりながら待つこと30分。洋一が女装して出てきた。
ボディラインに沿った黒のスーツにミニスカートと、どこかの秘書といった風だ。
ひさしぶりに凛花をみた気分でその姿を見つめていた玲が、あっという顔をした。
目の前にいるのは凛花ではなく、ただ女装しただけの洋一だ。
なぜなら、まとってる空気が変わっていない。
かけていた尖り気味の伊達メガネの縁を押し上げながら、洋一が玲を見ていう。
「よし。 じゃ下に車を用意してあるから。 いくぞ玲」
「あ、うん・・・・・」
洋一はバーカウンターにいくと、隅に置いてあったメモ用紙に車屋の住所と電話番号を書いて真紀に渡すと、「たのむわ」そう声をかけて玄関にむかった。
「もォなんなのよ、あいつ! わけわかんないしっ」
ぶつぶつ言いながらも、玲はその後ろについて歩き出した。