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火女 2


火女はこの町に古くから続く、テキヤ系の組の娘として生まれた。

明治の侠客を地でいく父親と鉄火芸者な母親が率いる灘組は、古風なわずか数人の小さな所帯で、ヤクザとは違い、主に祭りの縁日に出展する出店で生計を立てる香具師である。


そのシマに乗り出してきたのが、義隆の紅椿一家だった。

フロントによる土地の買収で合法的に進出してきた後、屋台を警察に道路交法違反でタレこんだり、客を装い難癖をつけ喧嘩にもってゆくなどという方法で、一人、また一人と留置所に灘組の者を送り込み、裸になったところでシマの所有を宣言した。

紅椿による人海戦術で、あっけなく組は潰された。


大阪の兄弟分の所に身を寄せた火女たち家族と、最後までついてきた若頭の緒方 勲だったが、手伝いで縁日に出ていた父親が喧嘩の仲裁で刺されて死亡するという不幸に見舞われた。

その時、中学三年だった火女は、兄弟の組長や母親が止めるのも聞かず、地元に戻った。緒方もついてきた。

組を再興する、などという気ではなかった。ただ紅椿一家だけは許せなかったのだ。


義隆は元々灘組のシマが欲しかったわけではなかった。

狙いは土地で、まず小さな商店街を乗っ取って大手ディスカウントスーパーに売り払うと、その会社に付随する企業に周辺の土地も売却した後、シマを放棄した。

土地以外にも裏の収入があったのはいうまでもない。


紅椿一家によって、火女の育った町は跡形もなく消された。

自分たちだけなら我慢もしたが、そうやって土地を奪われ四散しなければならなかった人たちの話を聞き、一矢報う為に戻ってきたのだ。


だがすっかり住む人まで様変わりしてしまった町に、彼女の居場所はなかった。


香具師とはいえ世間ではヤクザと同類である。 周りや学校ではヤクザの娘として見られ、隔てられた。

火女は孤立した。


幼く考えが浅かったと言えばそれまでだが、意気込んで町のために戻ってきた自分の思いと、周囲との温度差に火女は気落ちした。

それがさらに孤独を深めてしまう。


そうやって避けられ突き放されて暮すうちに、自分を隔てる人の輪を外から眺めるようになった。

それが相手の考えや思う感じていることを察する力を育てた。

しかしその力がさらに火女を人から遠ざけてしまった。

相手のことがわかるので、たまに自分に近寄ってくる者がいても、怯えや興味本位な感情が見えると、一歩引いてしまうのだ。


それは特に男に対してひどかった。

その頃から人目を充分に惹く容姿だったので、明かりに誘われる蛾のように、女より男の方が寄って来てしまう。

それが同性の反感を買い、もっと孤立してしまった。


また大人になる前の男で、同年代の女性より精神的に成熟している者は少ない。

そんな言い寄ってくる男たちの未熟さや欲望のストレートさを、まだ若かった火女はうまくあしらえず、全て疎ましく思った。


一人の方が楽だ、そう思い、その通りに生きた。

だがそうやって成長していくうちに、火女の中にある純粋な憧れ-----本当に身も心もゆだねられる相手が欲しいという気持ちは、胸の奥で意識されないままどんどん大きくなっていった。

今思えば、復讐などという報われない、乾くばかりの行為を行なおうとしている自分を止めてくれる者を探していたのかもしれない。


中には優しく思いやりのある男や、力強く引っ張ろうとしてくれる男もいた。

でもどんな男も違っていた。

失った欠片を探すようにして、火女は大人になった。

その間にも人を見抜く能力は培われてゆき、前後の行動まで読めるようになっていた。


しかしそれがなんになったというのだろう。

まるで幻を追いかけるような心の旅で身に付いてしまったその力を、そして自分を、火女は無価値だと思った。


そんな中で火女は、一つだけ自分が役立てることを見つけた。

何かで行き詰まり、くすぶる男を癒すことだった。 そうすることで少し、自分の心も楽になるのだ。

娼婦と名乗るのは相手に気づかいさせないためのブラフだったが、そういう男を見つけると世話を焼いてきた。


そんな暮らしがシンという存在を引き寄せてしまったのかもしれない。

はじめは打算で近づいたが、シンが自分を見る目の中にデジャヴを感じて興味をもってしまった。

鏡に向かい合って、その中に自分の半身を見つけてしまった、そんな擬似感を火女もおぼえていたのだ。

紅椿一家の弱みを探り出し一矢報いる、そんな建前が、探していた欠片を見つけた予感に取って代わった。


それは放心して歩いていたシンを拾い、いっしょに時を過ごすうちに、確信になっていった。


素直に相手に飛び込めない自分。 相手にとって重荷になる、そう感じると身を引いてしまう自分。

同じものをシンに見た火女は、過去の寂しかった自分を救う気持ちで、この男を助けようとした。


失くしたのは欠片ではなく、自分の心の片割れ-----生き別れた双子のようなデジャヴを感じさせる自分の半身。


ずっと相手を好きになろうとしていた。 だがそうではなく、好きになるのだ。

何を考え思っていようと、巻き込まれるようにそうなってしまう。

シンと出会ってそう気がついた。


片思いというのは始めからわかっていたが、それでもこの気持ちは押しとどめようがなかった。

わずかでもいい。一日、一時間でもいい。 そばにいてあげたい、いてほしい。

そして一夜の幻でいいから、シンとつながりたかった。

だから自分の想いを隠し、会った時とかわらぬスレた風をよそおって、シンの心の負担にならない〈娼婦〉を演じてきたのだ。


しかしシンは自分に触れようとさえしない。

嫌われているのではないことはすぐにわかった。 その逆で、昔の自分のように、惹かれることを恐れている、そう感じた。


『気にしなくていい・・・・・・ あんたがまた好きなその人の元に向かう、それまでの間でいいのに・・・・・・』


少しづつ心を開きはじめたシンのことを喜ぶ反面、二人の間に引かれた一線の深さを思う。

目もくらむほど、それは越えられない溝だった。

でもそれがなんだというのか。 報われないくらいで止まるならはじめからそうしている。

辛くないと言えば嘘になるが、火女はそう思い切り、いさぎよい心で、短いであろうシンとの暮らしをつづけていたのだった。


『最初で最後の恋なんだ。 しめっぽいものはしまって、心も身体も張ってやるしかない』


抱えているいろんなものをそう精算して、火女はシンを見つめた。

自分のこの胸にずっと抱いて暖めた背中だ。


そのひろくあたたかな背中が振り向いた。

二つのカップを手に、笑顔を自分に向けてくれるシンを見て火女は、この一瞬だけ許した笑顔を好きな男に見せた。










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