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紅椿 1


関西から客人が来ているので挨拶を、と雄五郎から連絡を受けて、洋一は義隆の屋敷にやってきた。

こんな用でもなければ絶対にくぐることのない門を抜け、迎えに出ていた雄五郎といっしょに広い庭を横切って歩く。


洋一はここで育っていない。

この屋敷は彼が幼い頃に建てられた、ほぼ義隆と妾たちのための屋敷だった。


中庭に面した座敷間の開け放たれた障子の奥で、大きな紫檀の卓を挟んで向かい合う二人の男の姿が目に入り、洋一は雄五郎の後ろで顔をしかめた。

正面に座る義隆の脂ぎった顔を見てしまったのだ。


こちらに背を向けている男が客なのだろう。

明るい色の長い茶髪が、肩先で少し跳ねている。細身の身体を濃い鼠色のスーツで包んでいた。


めずらしくきちんとチャコールグレイの背広を着込んだ義隆が、庭先から歩んでくる二人に気がついた。

入り口に回ろうとする雄五郎に手で縁側から上がれと示してから、また目の前の男に向き直る。


座敷にあがった洋一は、雄五郎が義隆の左に座るのをみてから、彼の左側に腰を下ろした。

あらためて男に目を向ける。


整った顔をした、色白で細面の男前だった。 おそらく自分と変わらぬ年だと思う。

にこやかに目を細めて愛想よく微笑むその顔からは、同業の匂いはこれっぽっちもしない。

だが洋一は、この男に剣呑なものを感じた。

そしてまだ言葉も交わしていないのに、気に入らない奴だと思う。


いつもならすぐ理由を探るのだが、今の洋一は、全てに対して受身になっていた。

言うなれば、心がくすぶっていたのだ。


「若、紹介しときますわ。 これがわしの息子の洋一です」

男がこちらを見た。 何も言わず、さっきと同じ笑みをつづけている。


「こちらが本家の直若・鬼小島組の二代目、氷室雄也さんじゃ」

義隆が顔を自分に向けてきたのを無視して、洋一はじっと男を見つめる。


「はじめまして、どうぞよろしゅうに」

そう挨拶して、雄也という男は頭を下げた。 張りのあるはっきりとした声だった。


「鬼小島の若は仕事でこっちにいらしての。そんでその手伝いを頼まれたんで、お前らを面通しさしとこおもォて呼び出したんじゃ。その手伝いゆうんがの・・・・・・」


義隆の話を洋一は半分も聞いていなかった。

ようやく目の前の雄也とかいう男に対する不快感の訳に気がついたからだ。


笑顔で義隆の方を見ながら雄也は話を聞いているが、その目の動きが読めない。

初めて正面から見た時と変わらず、瞼同士がくっつきそうなくらい細められたままだ。

穏やかな表情に騙されていたが、その細められた目の意味が洋一にもやっとわかったのだ。


----- こいつ・・・・目の色や動きを読ませないように、わざと細めてやがる


己の心中を悟らせず、また相手に警戒されないように。 そうしながらじっくりとその人物を確かめているのだ。

ヤクザでは老練な大親分クラスがよく使う目だった。


自分以外の者には決して気を許さない。

ヤクザには多いタイプだが、雄也の目は徹底してそれを意識している事を物語っていた。


気がついてしまうと、ますます気に入らない気分が高まってくる。

知らずに相手を睨んでいた洋一の耳に、聞き覚えのある単語が飛び込んできた。


「・・・・・・での。そのレイラっちゅう歌手を探しにこられたわけじゃ、鬼小島の若は」

無表情で端座している雄五郎越しに、洋一が義隆を見た。

横顔に、金儲けとは違う欲の色が浮かんでいるようにおもえた。


「相手は大物らしいけん、大事にならんうちにこっそり連れ戻してくれっちゅう音楽事務所からの依頼なわけじゃ。 洋一、雄五郎。組のもんに探すの手伝うようにゆうとけ」


仮死状態だった洋一の頭が、軋む音を立てながらも動き出した。

----- めんどうな雰囲気になってきたじゃねぇか

そう思った時、めらっと胸に炎が揺らぎ、その赤い火が恥骨の奥に点火されたのを感じた。

女装もしていないのに疼きはじめたそれは、危険な匂いを嗅ぎ当てて喜びながら、チクリチクリと甘い棘で洋一を刺しはじめる。


----- こいつは敵だ。 さぁ、やっちゃおうよ。 そうすればもっと・・・・・・


表情に出さないように苦心しながらも、段々と目つきが妖しくなってくるのがわかる。

その時、雄也の目が自分を見た気がした。

だが、顔は義隆の方を向いたままだった。


「・・・・・・それからの。 今度この若の口ぞえでうちらが本部入りできるかもしれんのじゃ。まァそれにはよォけ玉がいるんじゃけどな。それでシノギをまた見直さないかん・・・・・・」


義隆がさりげなく言った言葉は、疼きに耐える洋一の耳を素通りしてしまった。

しばしの静寂の後、雄也は胡坐から正座に姿勢を改めると、わずかに後ろに下がって三つ指をついた。


「そういうこって、よろしゅうおたのみもうします」


頭を下げる時、右目だけが大きく開き、自分を射抜いたのを洋一ははっきりと見た。










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