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光臨 1


シンがいなくって三日が過ぎた。

少し気を持ち直した洋一と玲は、あらゆる手とルートを使って彼の居場所を探したが、痕跡ひとつ見つけることができない。

だが、執念深さでは共通している二人は、諦めずに、今も女装ルームでお互いの情報を交換していた。


「で、あんたのアンテナにも兄ちゃんのいそうな場所はかかってこないわけね」

「ああ」

「てかほんとにそれでもヤクザなの? 人ひとり見つけらんないなんて」

「・・・・・・すまん」


すっかり大人しくなってイジメ甲斐がなくなった洋一に拍子抜けして、玲はふぅーっとため息をついた。

両手を上に突き上げて大きく伸びをすると、どかっと背中をソファにあずけて考える。


なんとなくだが、玲は兄が姿を消してしまった理由に見当がついていた。

そして、それに関することで、洋一が自分に話していない事があることにも。


今まではどうしてもそのことに触れたくなかったし、またそうしなくても見つけ出せると考えていた。

しかし今になっても手がかりすらわからないとなっては、もうこの問題を棚上げにしてはおけない。


玲はためらいながら、洋一に話しはじめた。


「あのね、兄ちゃんといっしょにあんたを尾行しだしたときね、あたしなんかおかしいっておもったの。 兄ちゃんの様子が」

目の前のソファに座る洋一の肩が、わずかに揺れた気がした。

静かにそれを見つめながら話をつづける。


「本人は気がついてないみたいだったけど。 そうやってつけてるうちにね、兄ちゃんはあんたを・・・・・・いや凛花のことを男って見てない気がどんどんしてきたの。 本当の女の子として凛花をみはじめてきてるんじゃ・・・・・・そうおもった」


洋一の目が大きくなり、動きが固まる。

弱い者を虐めるようで気が進まなかったがいった。


「あんたが暴れたあの夜。 それに気づくようなことがあったんじゃないの?」


一番いいにくいことをたずねた。


洋一はまだ固まっている。 いや、動けなかったのだ。

それを見て玲は、自分の予想以上のことがあったのだと悟り、そこから先の言葉を失った。

頭が次を考えることを拒否している。

無敵なはずの玲も、うつむいて目を閉じてしまった。


玲の質問を受けて、洋一の身体から頭だけが独立してしまったかのように、意思に反してあの夜の出来事を再現しはじめる。


やはり錯覚とかではなく、あの時のシンの行動はそういう意味だったのだ。


玲の話で、あらためてそれを認識させられ、洋一の混乱は頂点に達した。


もう何をどうしたらいいのかすらわからない。

ただわかったことは一つ。 自分のせいでシンは姿を消してしまったのだということ。


それに対して何一つ行動してやれないばかりか、考えることすら頭は拒否している。

シンが嫌になったわけではなく、その先を思うことが恐かったのだ。


「どうすりゃいいんだ、おれは・・・・・・」


初めて迷った子供のように、おぼつかない声が口から漏れる。

それを聞いて玲が目を開けて洋一を見た。

しかし彼女も同じで、言うべき言葉が見つからない。


重く苦しい沈黙が支配するこの部屋の中で、二人はそれぞれ黒い陰となって黙り込むしかなかった。








その翌日の昼間。 この街の空港に雄五郎の姿があった。

彼は運転手も付き人も連れず、自らの運転で年代物のロールスロイスファントムで乗り付けると、ロビー出口の脇に立った。


到着を告げるアナウンスが流れ、多くの観光客やビジネスマンが横を通り過ぎる中、雄五郎だけが直立不動で動かないでいる。

なにげなくその姿にちらっと目を向けた者も、スカーフェイスを見てあわてて目を背けると、足早に離れてゆく。

薄く目を開けて、雄五郎はじっとガラス越しに中に視線を注いでいた。


着便が到着してから30分がたち、機内から出てきた客はほとんどいなくなった。

地方都市の空港なので、迎えの人もまばらになったロビーは閑散としはじめている。


そこに突然、白い彫像が立った。

そんな錯覚をしてしまうほど、目に突き刺さる美しさをもった------ひとりの女性だった。


つばの広い純白の帽子を小粋に頭に乗せ、同色のシルクサテンで出来た、ボディラインにフィットした足首まであるドレスの裾が、優雅になびいている。

彼女はヒールの音も高く、出口に向かって歩みだした。

その姿はまさに西洋の類稀な彫像か絵画のモデル。


「だれあれ? 女優さん?」

「いや、海外のモデルじゃないか?」


そうささやきなから自分を見つめるロビー全ての人々の視線などどこ吹く風で、彼女は平均台の上を行くようにまっすぐな足取りで進む。

綺麗な曲線を描く口元が、わずかに微笑んでいた。


その白い天女がロビーのガラス扉をくぐった時、雄五郎は、この愛想のない男のどこにこんな声が隠れていたのかと怪しむほど優しい声音で彼女に呼びかけた。


「おかえりなさいやし、姉さん。 ご足労いただき恐縮です」


自分に向かって深々と腰を割る老極道を、彼女は輝く瞳で見おろした。その目には恐怖も疑問も浮かんではいない。


頭を下げたままの雄五郎の頭上に、教会の鐘のように澄んだ笑い声が降りかかった。


やっと姿勢を元に戻したその傷顔を、穴が空くほど彼女は見つめる。

何者にも動じない雄五郎が、鳶色の眼を見て逸らしてしまう。

その仕草を見て、彼女は形の良い口元を開いてまた笑うと、雄五郎に話しかけた。

躍動するフルートの声であった。


「ひさしぶりね、雄さん。 でも「あねさん」はないんじゃない?もう組とはなんの関係もないんだし」

「失礼しました。 ですが俺にとって、一生涯「姉さん」と呼ぶお方はあなたひとりなのでつい・・・・・・」


虎が照れるような顔をして雄五郎がそういった。

その答えを聞いて、彼女はとても可笑しそうに口に手を当てて上品に笑っていたが、やがてガラリと口調を伝法に変えると、久しぶりの日本の空を眺めながらつぶやいた。


「まァ、せっかくこうして帰ってきたんだ。 ここにいるあいだくらいは、あんたにあねさんって呼ばれるのも悪かないねェ」


青空を見る眼が細められ、瞳が女神のそれから、日本刀の冷たく冴えた輝きになる。


そう彼女こそ、旧姓・幽姫。 名は凛。


湿った空気を吹き飛ばす、爽やかな風をその身にまとい、洋一の母・凛が帰国したのだった。






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