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電話 3


「ほォ。 本家の直系の二代目からお願いとは光栄ですなァ」

ざらざらと耳ざわりな声が、薄暗い応接室に響く。


義隆が身体を前に倒して、長くなっていた煙草の灰を大きなクリスタルの灰皿に落とすと、革張りのソファが猫が鳴くような音を立てて軋んだ。

耳に当てている受話器から流れ出す、優雅だが酷薄な若い男の声を、ふんふんとうなづきながら聞いている。


「はァ~歌手ねェ。そんな有名人がこっちにおったんですか。え、こっち出身? ははァー、ほんで帰ってきとるかもしれんて? ははは、しかし鬼小島さんとこも手広ぉやっとりますな。もちろん手伝いますわ、うちのもんにも声かけときます」


ジジッと煙草の赤い穂先をもみ消したところで、聞こえてくる男の声が低くなった。

それと同時に、死んだ魚のように光のない義隆の目が脂ぎった色を見せはじめる。


「これを機会にうちが本家の直系に?そらええ話やけど、まった銭がよぉけいるんでっしゃろ。あはは、まあそれはなんとかできますけんどなァ」


組織の本家-----本部に上がれば、もう田舎の地方大名ではなく、全国に力を及ぼす事も可能だ。

ただそうなれば、今まで以上に上納-----金がかかる。


その打算と慾。 ギラギラとした眼の奥では、それらがない混ざって、るつぼの中のようにドロドロと煮えたぎっている。

義隆は半ば楽しみながら、ゆっくりとそれをかき混ぜていた。


富とある程度の名声が手に入れば、次に権勢が欲しくなるのは当たり前。

極めて通俗だが義隆はそう考え、またそれを恥じる心などカケラも無い。

腹を空かせた赤子のように、欲しいものをひたすら貪欲に求める。 そして手に入れる手段に対する善悪の基準もない。


「無い」という単語が似合う男はヤクザにごまんといるが、空っぽの大きな虚無の空洞を内面に待つ義隆は、その慾の質量で他の極道たちを抑え、出し抜き、ここまで来たのだ。


「いやしかし、鬼小島の二代目は頭が切れますなァ。うちのボンクラと大違いですわ。 え?いやいや、あれはあんたと違ごぉて性根が座っとりませんのや」


義隆は新たな煙草を口にくわえたまま、組内の者には聞かせぬ愛想のよい口調で相手にしゃべりつづけている。

だが、闇のどこかを見据えたまま動かない眼は、何か次の獲物を見つけた猛禽のように、まばたき一つしない。


黒渦に似た、慾の闇に吸い込まれたように、カーテンがゆらりと揺れて、義隆の背中に張り付いた。











義隆が電話を終えた頃、彫玄をホテルに送った雄五郎は客の絶えたロビーにいた。

背後に付き人の組員を立たせ、ソファに深く腰を下ろして雄五郎は、トレードマークの三白眼を細めてどこかを見つめている。


「おい、煙草買ってきてくれや」


はいとこたえた付き人がガラス扉の外へと駆け出していくのを待っていたように、テーブルに投げ出していた携帯が震えだす。

ゆっくりと身体を起こすと、節くれだった手で掴み、耳に当てた。


表情を変えず、雄五郎は受話器の向こうで相手がしゃべる話を聞いている。


一分ほどして、一言も口をきかずに切った。

そして元の位置に携帯を置くと、また初めの姿勢に戻って、目を閉じて考えはじめた。


微動だにしない身体の中で、右手の指だけがじれるように動いている。

しばらくして、なんとも言えぬ唸りを一つあげると、またテーブルの上の携帯を手に取り、誰かに電話をしはじめた。

長い呼び出し音の後、相手がでたところで、背筋を伸ばす。


「ご無沙汰しております。・・・・・・ そちらはお変わりありませんか? は、いえ、若のこともありますが、実は・・・・・・」


野太い雄五郎の声が、めずらしく人をはばかる小声に変わった。

まるで無声映画の役者のように、口だけが動いている、そう感じられるほど低く聞き取りにくい声だ。

口調には普段の傲岸さがなく、逆に恐縮するようなものが混じっていた。


そうやって10分ほど会話の内容が聞こえぬ状態がつづいていたが、やがて話がついたのか、雄五郎の鋭いまなこに奇妙な明るい光が走った。

その後すぐにいつもの胴間声に戻っていう。


「申し訳ありません。組内のことでお手を煩わせしまいまして。 は? いえ、こちらこそ痛み入ります。はい、では失礼します」


見えぬ電話の相手が目の前にいるかのように、雄五郎はきっかりと頭を下げると電話を切った。

携帯をスーツのサイドポケットに落とし込むと、腕を組んで目を閉じる。


表でハイライトを買ってきた付き人の組員が、走って雄五郎のところへいって、渡そうとして目を見開いて動きを止める。

自分は極道です、といつもいっているような雄五郎の顔が、穏やかに微笑んでいたのだ。

彼は二年ほどこの老極道に付いているが、そんな表情は今夜はじめて見た。


気配で帰ってきたのを察して、目を閉じたまま口を開く。


「一本くれや」

「は、はい!」


あわててフィルムをはずすと、封を切って一本取り出し、口にくわえさせて火をつける。

くるくると唇を器用に動かして、ハイライトを口の端に持っていくと、穂先を下にたらして両手をスラックスに突っ込み、足を開いて煙を吐き出す。

ふかす紫煙と共に、つぶやきが漏れた。


「うめえ・・・・・・」


楽しげに口元が歪んだ。






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