電話 2
雄五郎たちの後をつけて入った店を確かめた真紀は、すぐに綾乃に連絡して教えたが、彼女にとりあえず自分のところへ帰ってくるようにといわれてため息をついた。
「これで解放されるとおもったのにぃ・・・・・・」
そう一人ぶつくさつぶやいたが、しかたなく綾乃の勤めるセブンシーズへむかった。
そこで真紀を待ち受けていたのは、人間ぬいぐるみとしての歓迎だった。
「わぁ、かっわいー! この子が姉さんの新しい彼女?」 「そうよ」
「えっ男の子!? うわぁ~うまく化けてるぅ!」 「でしょ? あたしがやったんだもの」
「いいなぁ姉さん。 あたしもこの子ほしい!」 「あら残念。 それはあげられないわねぇ」
控え室にいた、色とりどりの夜の蝶たちに、抱かれ撫でられ頬ずりされて、あげくの果てには物扱いである。
いくら元が男の子で周りが綺麗なお姉さんたちでも、さすがにげっそりした。
やがて店が始まってみんなが出て行ってしまったので、ほっとしたのも束の間。
すぐに誰かが帰って来て、根掘り葉掘り聴かれたあげくに、テディベアのように弄ばれてしまう。
すでにお気づきの方もおられるだろうがこの真紀。どうも女性の保護欲を刺激するタイプらしい。
彼の目の前のテーブルには、入れ替わり立ち代りやってくる彼女たちからの差し入れのオードブルや酒のグラスがまさに酒池肉林といった風に並んでいた。
実はこの状態は、現在店内の一番高いブースに座り、綾乃たちトップレベルの美女たちをそばに侍らせている某社長よりも豪華なのだ。
しかも真紀への差し入れの御代は、ちゃっかりとこの社長の勘定につけられていた。
今のセブンシーズで一番のVIPは、この女装子メイドなのだ。
店で適当に社長をあしらっていた綾乃は、化粧直しという名目で彼の手からのがれると、カウンターの奥から店の裏に入り、雄五郎が入店したオンディーヌというクラブへ電話をかけた。
出た黒服にある名を告げると、すぐにその人物の声が聞こえだした。
「ミキちゃん元気?」
「あ、綾乃ねえさん、ごぶさたしてまーす」
「ちょっと聴きたいんだけど、紅椿の相談役、そっちにいってないかしら?」
ミキという子の声が、あっと気まずいトーンに変わる。
雄五郎が綾乃の上客であることは、この街の夜に働く者なら誰でも知っている。
「すみません。ちょうどあたしがついちゃってて・・・・・・ でもなにもしてませんから」
「あらあらちがうのよ。そうじゃなくて・・・・・・ちょうどよかったわ。実は雄五郎さんのお連れさんなんだけど、ご同業の人かしら?」
綾乃が優しい声を出したのでミキはほっとした声になり、うーんと彼女の質問を考えていたが、やがて元気よくこたえる。
「いや、ちがうとおもいます。でもなんかヤバ筋っぽかったから、仕事とかきかなかったんですけど、チラッと話に彫玄って出たんで、そっちだとおもいますよ」
もっと詳しく探ろうかとたずねてきたミキに、できればお願いとたのんで綾乃は電話を切った。
キャリアの長い彼女だが、さすがにタトゥ系には詳しくない。
とりあえず休憩で入ってくる子にたずねようと控え室にいった
ちょうどそこで真紀と遊んでいた麗菜という子に聞いてみたが、彼女もよく知らないらしく、首を横に振った。
そのとき、ソファに横にされて撫で回されていた真紀が、顔をあげていった。
「パソコンあるならすぐ調べれますけど」
彼の言葉に二人の美女はああと手を打つと、すぐに黒服に店のノートパソコンをもってこさせ、真紀に与える。
少し時間がかかるというので、そのあいだに雄五郎が行きそうな店に次々と綾乃は電話すると、あの老極道の連れのことを探るように依頼した。
どの店にもかならず数人はいる彼女の崇拝者たちは、こころよくそれを引き受けた。
ヤクザとはまた違う夜の情報網を、この女帝は完全に握っているのだ。
そうしているうちに、真紀が彫玄の情報を探り当てた。
「えっと彫玄・・・・・・・いまは十二代目!? 江戸時代から続く関西の老舗彫り師で、おもに某広域暴力団の幹部を相手に腕を振るう、その筋では有名な名人である、ですって」
それを聞いて、綾乃は何か嫌な予感をおぼえた。
紅椿一家の二代目以下の幹部連は、全員中年から初老の男たちばかりで、ほとんどの者が背中にガマンを背負っていた。
なのでいまさら新たに刺青など入れようとなどという者に心当たりがないのだ。
胸騒ぎがして、綾乃はケータイを取り上げて洋一に電話したが、長いコール音のあとに留守番電話サービスにつながってしまい、そのまま切った。
----- まぁ急ぐ話でもないでしょうからね
また明日にでも連絡してみようと決めて、まだパソコンをいじっている真紀を弄ぶべく、彼の手を取った。