電話 1
シンが失踪してしまった日の夜。
仕事にむかう綾乃のそばに、本格英国風メイドの姿があった。
ごきげんで小唄などを口ずさみながら、彼女はしっかりとメイドの手を握って歩いている。
輝きはじめたネオンに浮かび上がった顔をよく見てみれば、それは女装した真紀だった。そして着ているメイド服は、いつかの洋一が着ていたものと同じだ。
どうやら綾乃が女装ルームから勝手に凛コレクションを持ち出して、真紀に着せてあれからずっと連れまわっているらしい。
古風なメロディを奏でていた綾乃が急に唄をとめ、となりの真紀を見つめながらしゃべりだす。
「真紀ちゃん、どうしてもあたしの部屋にくるのいや?」
「あ、いえ・・・・・・いやとかそういうんじゃなくって、同棲っていうのはちょっと・・・・・・・」
「じゃ、真紀ちゃんの今の部屋、遠いし中も狭いから、あたしのマンションの近くに引越ししましょ!お金はだしてあげるから、あした不動産屋さんにいきましょうね、うふふ」
「ちょ、ちょっとそれは!それってヒモですよね?」
真紀の抗議は届いていない。
そうしましょそうしましょ、などと妙な節をつけて歌いながら綾乃は歩いていたが、ちょうど前からきた二人連れの男たちを見て、「あら、雄五郎さん」とつぶやいた。
真紀が彼女の視線をたどって、うっとうめく。
まともに雄五郎の三白眼と目が合ってしまったのだ。
「雄五郎さんご無沙汰してます」
丁寧にお辞儀して挨拶した綾乃は、仕事のくせですばやく連れの男の人体を確かめた。
四角い顔に小柄で痩せた身体。そして細い目をしている。
----- お仲間・・・・・・じゃないわね。それにしては怖モテじゃないし。頑固な職人って感じね
そう判断してから、また嫣然と目の前の二人に微笑みかけた。
「飲みにいらっしゃったの?」
「ああ、そうだ」
「じゃわたし今からお店だから、同伴してくださる?」
ほんの少しの間だったが、雄五郎の目にとまどいが走ったのを綾乃は見逃さなかった。
「おほほ。でもお客さまの都合もありますから、無理は言えませんものね」
「また後で顔だすよ」
「そうしてくださいな。では失礼します」
頭をさげた綾乃につられて真紀もひょこっと会釈したが、二人の男はそれを見ずにまた歩き出す。
「だれですか?あのこわそうなおじさんたち」
「あぁ、洋ちゃんとこのえらい人よ。お連れさんは初めてみる人ね」
「や、ヤクザですかっ、やっぱり!」
怯える真紀を無視して綾乃は何か考えていたが、やがて彼の方をむいた。
「真紀ちゃん。ちょっとあのおじさんたちつけて、どの店に入ったか見てきて教えてくれる?」
「ええっ、マジですか!?」
こくこくとうなづく綾乃に、真紀はものすごくイヤそうな顔をして見せたが、彼女には通じない。
強引に背中を押されてしまった。
勘弁してもらおうとしたが、にこにこしながらも拒否を許さない目をみてあきらめると、おどおどした足取りで雄五郎たちの後を追ってネオンの海に入っていった。
同時刻。組事務所を出た洋一は、女装ルームにいた。
じっとシンを待つことに耐えられなくなって、逃げるように事務所を出て、ふらふらとここにやってきてしまったのだ。
酒も煙草も口にせず、放心してソファに沈んでいると、玲の元気な足音が聞こえてきた。
リビングに飛び込んできた彼女は、洋一の姿をみて、大声でしゃべりながら近寄ってくる。
「凛花! あんた昨日なんかやったっしょ?アーケードでバニーが大あばれしたって・・・・・・・」
心ここにあらずとでもいうように、自分に目も向けずにじっとしている洋一に異変を感じて、途中で口をつぐむ。
「・・・・・・なによ、なんかあったの?」
「いなくなっちまった・・・・・・」
「だれが?」
「シンが・・・・・・」
うわごとのような声でつぶやいた洋一の口から兄の名前がでて、玲は眉を吊り上げた。
「ちょっと。それどういうことか聞かせなさい!」
語らせるのに手こずりながらも、昨日おこったことのあらましをだいたい聞き終えると、玲はケータイで兄を呼び出す。
だがコールして流れ出したのは、電源が入っていませんという不吉なアナウンスだった。
キッとした顔で玲が洋一に食って掛かる。
「あんた兄ちゃんになにしたのよ!」
「・・・・・・にいちゃん?」
「そうよ。あんたの部下の冴島心はあたしの兄ちゃんよ! そんなことはどうでもいいの。なんであんた逃がした兄ちゃんがいなくなんのよっ」
玲とシンの関係を聞いておどろいたのだが、それもすぐにしぼんでゆき、「わからねぇ、俺にもわけがわかんないんだよ・・・・・・」と力なくつぶやく。
ふぬけになっている洋一にこれ以上聞いてもなにも得られない。
そう判断した玲は、いそいで部屋から駆け出した。
----- とりあえず兄ちゃんがいなくなった警察署までいけばもっとくわしいことがわかるかもしれない
そう考えて、玲は勢いよく道を走り出した。
だが甘かった。
署まで行ったはいいが、事は暴力事件でシンはその主犯にされてしまっている。
女子高生がいくら食ってかかっても、どの警官も相手になどしてくれない。
あきらめきれずに、ロビーの待合いに座って考え込んでいた玲の前を、どこかで見たことのある男が通り過ぎた。
反射的に立ち上がると、大きなガラス扉を抜けて門の方へと歩いてゆく、頭に包帯を巻いた男の背中を呼び止めた。
「ちょっとまって!あんたあのときの大男よね? ・・・・・・たしか、牛島!」
「あァ?」
剣呑な声で振り返った牛島は、呼び止めたのが女子高生だったので妙な顔をした。
だがすぐに、あの夜カメラを構えていたこの娘のことを思い出して、こたえるより早く、彼女の肩をつかんで揺さぶる。
「あのチャイナの人、いや、バニーの人は?」
「え、いるけど」
「じゃ、うまく逃げれたんだな?」
「あ、うん・・・・・・たぶん」
すごい剣幕で質問されたのでついこたえてしまうと、「よかった・・・・・」そう万感の思いで牛島はつぶやくと、男泣きに泣きはじめた。
「ちょ、ちょっと!いいからこっちきなさいよっ。こっちまで変な目で見られてるじゃないの!」
玄関に立っていた警棒を持ったおまわりさんに睨まれて、玲はあわてて大男の手を引くと、重いその身体に舌打ちしながらも彼を引きずって警察署を後にした。