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二人の夜間飛行 2


凛花は、不敵な笑みを口の端に浮かべて、ゆっくりと左手に持っていたステッキを刀のように構えた。

さっと男たちが輪を作って取り囲んでくる。

いつもなら出鼻に2.3人倒してから逃げて少人数に分けるのに、凛花はそうせずにいた。

この場で全員を徹底的に痛めつけるつもりだ。


一時のにらみ合いの後、左右から木刀が襲ってきた。

腕の動きが見えないくらいの早さでステッキがそれを跳ね上げ、間髪をいれず、その先端が二人の男のみぞおちに埋まる。

だがそのときにはもう、前後から金属バットが唸りをあげて落ちてきた。

おそろしく重いはずの一撃が、ガキッという金属同士が擦れる音と共に止まる。

素早くステッキを手放した凛花が、両手首に仕込んである小柄で受けたのだ。


力任せに押し切ろうとするバットをなんなく弾きかえした彼女の両手の指のあいだに、ギラリと光る小柄がニ本づつ握られた。

途切れずにまた襲ってくる前後左右の4人に向かって、それが一斉に放たれた。


飛んできた小柄の動きを見切った男が、首を傾けてかわそうとする。

その時、矢のようにまっすぐに走っていた刃が急に下に向きを変え、男の股間辺りで跳ねて、峰の部分で急所を強打した。

他の三人に飛んだ小柄も、それぞれ鞭のように不規則な変化をして、腹・腕・顔を峰で薙ぐ。


一瞬生まれた空白の間に、凛花の手首が閃いて、放たれた小柄が、指に結わえた細引き紐に手繰り寄せられ、また元の位置に収まる。


予測できない動きをする小柄を紐で操る-----それが母・凛が洋一に残していってくれたものの一つ、菊池流小柄術だった。


8人の攻撃を退けたバニーに、男たちが怯む。

そんな彼らを見つめながら、余裕の笑みを浮かべて凛花は、平べったく横幅のある奇妙な造りの小柄をちょいちょいと爪のように動かして挑発した。


「ほら! まだまだこれからだよっ、ぼくたち」


天女ではなくディアブロ-----悪魔と化したバニーが叫んだ。









----- 熱い・・・・・・ さっきから奥が熱くてたまらない・・・・・・


ふたたび襲い掛かってきた男たちを軽く弄びながら、凛花はそう感じて、段々と息を荒げる。

小柄の峰や自分の手足が、男たちの身体のどこかに埋まるたびに、電流のような心地よさが全身を貫き、そしてその快感は、消えないでどんどん溜まっていくのだ。


しだいに手足が震えてきたのに気がついたが、その時にはもう快感の波は止まらなかった。

四本の小柄すべてが、一斉に殴りかかってきた男たちの顔面を叩いた時、それは頂点に達して、弾けた。


「あぁぁぁぁぁーっ!!!」

甲高い絶叫と共に、びくんっと凛花の身体が魚のように跳ね、目の前が真っ白になって崩れ落ちた。


仲間を倒したバニーが、なぜか自分で道にのびてしまったのを見て、一瞬男たちは顔をみあわせたが、恍惚の表情でピクピク痙攣している姿を見て、今がチャンスとまた近寄ってきた。


いつものシンならもっと早く助けに入っただろう。

しかし一時的に心神喪失状態だった彼が、目の前で倒れた凛花を見て、はっと我に帰った時には、もう何人かの男がバットや木刀を振り上げて、倒れている彼女に打ち下ろそうとしていた。


----- 間に合わない!

それでも駆け出そうとしたシンの視界に、大きな影がさっと脇道から走り出たのが見えた。


ドム、ボン・ドン!


硬い物が肉を打つ音に、失神していた凛花が目を覚ました。


ポタッ。

生あたたかいものが、上から彼女の白い頬に滴り落ちる。


「だ、だいじょうぶですか? チャイナの人・・・・・・」

そういって、血を流しながら微笑みかけてきたのは、あの牛島のごつい顔だった。


実らぬ恋と知りながら、牛島はあの夜からずっと、凛花の姿を探して夜の街を彷徨った。

そして凛花の危機を見て走ったのだった。


「うおぉぉぉぉ!」

きれいにバットや木刀が決まったのに倒れず、牛島は雄たけびをあげると、その場にいた男をかたっぱしから掴んで投げ、殴り飛ばしはじめる。


「てめえら! この人に手ぇ出しやがって、半殺しじゃすまねえぞ、ゴラァ!」

狂ったブルドーザーのような大男の乱入に、周りを囲んだ男たちがぎょっとしているあいだにも、暴風と化した牛島はめちゃくちゃに暴れまわる。


エクスタシーの余韻でふらつきながら立ち上がった凛花に、コンバットナイフを持ち出した男が、腰を落として突っ込んできた。

その殺気に、凛花の危険な部分がまた反応する。


回し蹴りでナイフを弾き落とすと、ジンジンとする奥のものに突き動かされるまま、手にした小柄の刃を男に向ける。

今度は峰打ちではなく、白刃を突き立てる気だ。


また高まってきた快感に押されて、必殺の一撃を放とうと構えた時、目の前を黒いものがふさいだ。


「どけっ!」

錯乱した凛花が、刃を横に薙ぎ払おうとした腕を、強い力が押えつける。

ぐいっと前に引き寄せられ、踏ん張った時、身体が熱く大きなものに包まれた。


「凛花さん、だめだ。 それだけはやっちゃいけない」


刃の先を自分の心臓に向けて、シンは言った。


信じられない声を耳元で聞いて、はっと身をこわばらせる凛花の身体をもう一度強く抱きしめて、シンがささやく。


「ずっと知ってたんです、見てました・・・・・・ だまっていてすみません」


凛花の全身から力が抜け、手から滑り落ちた小柄が、カラッと虚しい音をたてて道に転がる。


----- ずっと知ってた・・・・・・ 見てたってどういうこと?


「あなたを守れるのならなんでもします。 だから一線を越えてしまうのだけはやめてください。 俺は、おれはあなたを・・・・・・」


ピリリィィィィ!


笛の音がして、シンの言葉が途中で止まる。

音のした方を見ると、数人の警官がこっちへと走ってくるのがわかった。


「そこのおまえっ。 その人つれて逃げろ!」


牛島はそう叫ぶと、駆けてくる警官たちへと突っ込んでゆく。

足止めする気だ。だが遅かった。

その時には、アーケードに突っ込んできたパトカー三台に、凛花とシンは囲まれていた。

一斉にドアが開き、そこからまた警官がはきだされる。


凶暴さを失って、彼らに小柄を振るうこともできず、唇を噛み締める凛花を優しく離すと、シンは彼女を背中にかばっていった。


「俺が逃がします。 これ、かけといてください」


肩越しに顔を隠す黒い大きなサングラスを手渡す。

凛花がそれをかけるのを確認して、シンはすばやく前に走ると、目前まできていた三人の警官にむかって目の醒めるような連続突きを腹に食らわせると、うめく彼らのあいだをぬって、凛花の手を引いて駆け出す。


「まて、おまえ!」

すかさず追ってきた警官にかまわず、疾走してシンは脇道にはいると、エンジンをかけたまま路上駐車していた配達の軽トラック見つけて凛花をその中に押しこみ、自分も素早く飛び乗って急発進した。

間をおかずに追ってきたパトカーのサイレンとまぶしい回転灯が背後から迫ってくる。


----- この軽トラじゃ逃げ切れないっ

あせる彼のとなりで凛花は、異常だったさっきまでの自分と、すぐそばにシンがいるということにまだ混乱していた。

そんな凛花を、透き通った目でシンはちらっと見た。

ほんの少しの時間ためらい、そして口を噛み締めて何かに耐えたあと、いった。


「凛花さん・・・・・・」

「え?」

話しかけられて、おもわずシンの方を向いた凛花の腰が、彼の腕に引き寄せられる。

唇が一度、額をさわった気がした。


「凛花さん・・・・・・俺は」


つづく言葉をサイレンが掻き消した。


抱かれたことにとまどいながら、「え、なに?」と聞き返したが、もうシンは微笑むだけでこたえてくれない。


「次の交差点で車とめます。 すぐに外へでて走ってください」

「シンは、シンはどうするの?」

「逃がします。 大丈夫です」


ちゃんとした答えを聞く間もなく、すぐに交差点に軽トラックはさしかかり、シンがサイドブレーキを強く引く。タイヤが悲鳴と軋む音をあげ、車が横滑りして道をふさいで止まる。


「さあ、いって!」

シンの手にドンと突き飛ばされた凛花が、外へと飛び出してすぐに駆け出す。

それを追いかけようとした警官の前にシンが素早く回りこむと、足払いをかけて転倒させた。


「あっ、おまえ紅椿の!」

一人の刑事らしい男が自分を見て叫んだのに笑みでこたえると、シンはちらっとうしろを見た。

暗闇の中へと白く丸い尻尾が消えたのをみてから、シンはどかりと道に座り込むと、両手を上げた。

その腕に、鈍く光る手錠がかけられた。






『シン。 知ってたってどういうこと?』


出るはずの無い問いを続けながら、走って凛花は逃げる。

やがてサイレンの音も、追ってくる足音もないことに気がつき、もつれそうな足をとめた。

荒く呼吸しながら、サングラスをむしりとって路上に投げ出す。

顔を上にあげて、路地裏のほこりっぽいビルの壁にもたれかかった。

左手が持ち上げられて、自分の額を触る。


「あれは、あれはなんだったの?」


そうつぶやくと、強く抱きしめられた感覚までよみがえってきた。凛花はその場に崩れ落ちると、頭を抱え込んだ。










翌日。朝早く事務所にいった洋一は、シンが警察に拘束されたのを知り、すぐに弁護士の手配をすると、身柄引き受けのために組員を署へと向かわせた。


本当なら自分で飛んで行くはずなのにできなかった。いまシンと顔を合わせるのが恐かったのだ。

デスクの前で手を組んでじりじりと待っているあいだにも、きのうから頭を離れない疑問がずっと洋一を痛め続けた。


いつもと違う、殺気立った二代目に恐れをなしたのか、誰も入ってこない部屋の中で、おびえながら洋一はシンを待った。




夕日が窓から差し込む頃、デスクの上の電話が鳴りだした。 受話器をひったくって息を詰めてたずねた。


「シン、か?」

「いえ、狂介です。 二代目。シンの奴をなんとかガラ受けしてきたんですが、あいつ、少し目を離したらいなくなっちまって。もうそっちに帰ってますか?」

「え・・・・・・」


言葉を失ってしまった洋一の耳に、まだ狂介が何か話しかけていたが、もうその声は届いていなかった。


そしてシンは、洋一の前から姿を消してしまった。











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